猫科戦隊ニャーレンジャー
舞嵐(ぶらん)
第1話:運命の咆哮
陽光が差し込む、首都近郊の特殊災害対応レスキュー基地。
オレンジ色の制服に身を包んだ隊員たちが忙しく行き交う中、一際存在感を放つ隊員たちがいた。
広い訓練スペースでは、隊長の橙野 大虎(とうの だいご)が、厳しい視線で隊員たちの訓練を見守っている。
その傍らには、隊長補佐として冷静に機器をチェックする青木 蒼真(あおき そうま)の姿。
「青木、あのエリアの風速予測は?」隊長の声に、蒼真は視線を訓練中の隊員から離さず答える。
「予測値は安定しています、隊長。ですが、赤澤隊員がもう少し早く脱出経路を確保する必要があります」 その視線の先で、ロープ降下に挑んでいたのは、赤澤 吼輔(あかざわ こうすけ)。
彼は熱血漢のリーダー気質だが、技術は確かだ。
「ちっ、あと一歩が縮まらねえな!」 吼輔が口惜しそうにヘルメットを脱ぎ、額の汗を拭う。
彼を上からからかうような声が飛んだ。
「リーダー、レスキューは根性だけじゃダメよ。もっとエレガントにね!」
訓練用壁面を登り切ったのは、黄山 樹菜(きやま じゅな)。彼女はタイガーのような躍動感あふれる動きで、隊員の中で最も明るいムードメーカーだ。
「樹菜の言う通りだ、吼輔。力任せはいつか足を引っ張るぞ」 静かに声をかけたのは、資材庫の点検を終えたばかりの黒谷 雄夜(くろたに ゆうや)。彼は無口だが、特殊潜水や夜間捜索のエキスパート。彼が着用する黒い作業着は、他の隊員のオレンジとは一線を画している。
そして、隊員たちに飲み物を配る桃園 愛(ももぞの あい)が、朗らかな笑顔で吼輔に声をかけた。
「ほら、吼輔。無理しすぎ。愛が足りてないわよ?」
「桃園、うるせえよ。俺はまだやれる!」
愛はフフッと笑い、隊長に近づく。
「隊長、皆しっかりやってますよ。午後からは何を?」
橙野隊長は、彼ら5人を見つめながら、静かに答えた。
「午後は非番だ。だが、この世界はいつ何が起こるか分からん。
常に最悪の事態を想定しておけ」 橙野の瞳の奥には、何かを知っているような、深い憂いの色が宿っていた。
彼が知る「最悪の事態」が、すぐそこまで迫っていることを、まだ誰も知る由もなかった。
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レスキュー基地の訓練終了直後。
隊員たちが休息を取る中、突如、基地内の緊急警報が一斉に鳴り響いた。
「緊急事態発生!エリアX-7、上空に特異な空間歪曲を確認!」
訓練室の大型モニターに映し出されたのは、青空に突如開いた、不気味に揺らめく巨大な漆黒の裂け目だった。
「空間歪曲だと?ただの地震や火災じゃない!」蒼真が真っ先にPCに駆け寄り、データを解析する。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
裂け目から、異形の影が次々と落下し、街の幹線道路やビル街に着弾。それは、全身を黒い装甲に覆われた獣の形をした兵士たちだった。
幻獣兵ゾルダである。
彼らは無秩序に建物を破壊し、市民をパニックに陥れる。
その混乱の中、さらに巨大な光が裂け目から迸り、ゾルダたちの着弾地点から少し離れた、静かな公園に降り立った。
「なんだ、今の光は!?」吼輔が叫ぶ。
その瞬間、基地内の全てのモニター、隊員たちの携帯端末、そして街中のビジョンが一斉にジャックされた。
画面に映し出されたのは、漆黒の玉座に座る、威圧的な黄金の鎧を纏った巨躯の姿。幻獣界の支配者、黄龍皇帝である。
「愚かな人間どもよ。私は黄龍。この世界の支配者だ。」
全世界に響き渡る、冷徹で絶対的な声。
「私の規律と絶対的な秩序を拒んだお前たちの世界は、既に終焉を迎えている。抵抗は無意味である。我々は、人類が過去に犯した全ての過ちを断罪し、新しい宇宙の秩序を確立する。今日をもって、世界は我が支配下に入る。跪け。」
宣言と共に、ゾルダたちの破壊活動が一層激しさを増した。
橙野隊長は無線越しに、公園に降り立った光の座標を確認すると、一瞬、目を見開いた。
その顔に、今まで見せたことのない焦燥の色が浮かぶ。
「おい、第一班!目標を市民の避難誘導に切り替えろ!戦闘は警察と軍に任せる。絶対にそちらの特異点に近づくな!」
「隊長!?あの未確認生命体、ただの警察じゃ止められません!」吼輔は訴えるが、橙野隊長の声は固い。
「命令だ!赤澤!お前たちの任務はレスキューだ!それを忘れるな!」
隊長の固い命令に渋々従い、吼輔たちはレスキュー車両に飛び乗る。
しかし、ゾルダはすでに避難経路のすぐそばまで迫っていた。
その頃、公園に降り立った光の中心には、全身に傷を負い、光の粒子を撒き散らす麒麟の姿があった。
その優しかったはずの瞳には、絶望と、親友を失った深い悲しみが宿っていた。 麒麟は、残された最後の力を、自身の魂の欠片に集中させ始める。
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吼輔たち第一班は、ゾルダの群れを避けながら、市民を安全な場所へ誘導していた。彼らはあくまでレスキュー隊員。武器は持たず、持てる技術と体力で命を繋ぐ。
「桃園、そっちの避難ルートは!?」吼輔が叫ぶ。
「だめ!ゾルダの群れに塞がれてる!蒼真くん、次の経路を!」愛が焦燥の声を上げる。
蒼真はタブレットを操作しながら冷静に指示を出す。
「黒谷、瓦礫の下の家族を優先。黄山、東側の建物の崩壊を食い止めろ!」
その時、一体のゾルダが、瓦礫の下から辛うじて脱出した幼い兄妹に気づき、巨大な腕を振り上げた。
「くそっ!」吼輔は避難誘導を任せていた市民を蒼真に託し、真っ先にそのゾルダに向かって走り出した。
レスキューの道具しかない吼輔に、ゾルダは容赦なく拳を振り下ろす。
ガキィン!と激しい金属音。ゾルダの攻撃は、吼輔の身を挺した体当たりによって、わずかに逸れた。
「大丈夫か!走れ!」吼輔は兄妹を突き飛ばして逃がし、自らはゾルダの装甲に覆われた巨体に組み付く。
レスキュー隊仕込みの関節技を試みるが、ゾルダの力は人間のそれを遥かに超えていた。
ゾルダが吼輔を吹き飛ばそうとした、その刹那――。
まばゆい金色の光が、ゾルダの影を飲み込んだ。
吹き飛ばされた吼輔が地面を転がり、視界に入ったのは、先ほど隊長が警戒した特異点の光。その中心に立つ、全身から光の粒子を溢れさせる白銀の獣の姿だった。 「キ…リン…?」
麒麟は、ゾルダが吼輔に致命的な一撃を加えようとした瞬間を捉え、最後の力でゾルダをその場に縫い留めた。
麒麟の優しさに満ちていたはずの瞳は、今、深い悲しみと決意に満ちていた。
麒麟は力を失い、光の粒となって崩壊を始める。
その麒麟の視線が、吼輔を捉えた。
『すまない…私の親友は…正しい道を見失った。私は、この悲劇的な運命を止められなかった…』
麒麟の切実な声が、直接、吼輔の頭の中に響く。肉体は光に変わりながらも、麒麟は自らの胸から、五色の光を放つ五つの結晶を取り出す。
『君の中に、あの優しく正義に満ちていた王の輝きを見た。
その熱き魂を、私の最後の願いの器としてくれ…支配者を討つのではない。
彼を、私の親友を…解放してくれ!』
麒麟の肉体は完全に光の粒となり消滅した。
五色の光の結晶は、吼輔に向かって飛来する。
吼輔の胸に飛び込んだのは、ライオンの姿を象った、燃えるような紅の結晶。
同時に、他の四人の隊員たち、蒼真、雄夜、樹菜、愛にも、それぞれの素質に合った結晶が吸い込まれていく。
・蒼真へは、チーターの姿を象った蒼色の結晶。
・雄夜へは、ジャガーの姿を象った漆黒の結晶。
・樹菜へは、タイガーの姿を象った黄色の結晶。
・愛へは、パンサーの姿を象った桃色の結晶。
結晶が彼らの体に吸い込まれた瞬間、吼輔の脳裏に、幻獣界が何者かに支配されている光景と、麒麟が命をかけて逃走する姿がフラッシュバックする。
「これが…麒麟の…願い?」吼輔は呆然と立ち尽くす。
しかし、麒麟に動きを止められていたゾルダが、麒麟の光が消滅したことで再び動き出した。咆哮と共に、ゾルダが吼輔に襲いかかる!
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麒麟の光が消え、その場には五つの結晶の輝きだけが残された。
麒麟に縫い止められていたゾルダが、咆哮と共に吼輔に襲いかかる。
吼輔の身体には、まだレスキュー隊員としてのプロテクターしかない。
「吼輔!」他の四人が駆け寄ろうとするが、別のゾルダの群れに阻まれる。
「クソッ!レスキューの道具じゃ、こいつらには…!」吼輔は瓦礫を避けながら、絶体絶命の窮地に立たされていた。
その瞬間、吼輔の胸に宿った紅のライオンの結晶が、激しく脈動する。
『解放してくれ!』—麒麟の切実な願いが、再び吼輔の心臓を叩いた。
「解放…?俺たちの力で、あの王を…?」
吼輔は、手に何も持たないまま、ゾルダの突進を真正面から見据えた。
彼の熱き魂が、結晶と共鳴し始める。
「俺は…レスキューのプロだ!誰かを諦めるなんて、絶対にできねえ!」 吼輔が強く叫んだその時、腰にライオンのエンブレムを冠したベルトが実体化する。
そして、胸に宿った紅の結晶が、自動的にベルトのバックルに吸い込まれた。
ベルトから、五人の頭上へ、獣の咆哮のような電子音声が響き渡る!
『 WILD MODE ACTIVATION!』 吼輔は本能的に、ベルトの横のスイッチを叩きながら叫んだ。
「Wild Change!」
紅の光が吼輔を包み込み、光が晴れたとき、そこにいたのは、力強いライオンモチーフの戦士。メタリックレッドのスーツに、たてがみを模した金のプロテクターを纏う姿だった。
「情熱のライオン!ニャーレッド!」
「嘘…だろ…?」青木蒼真が、冷静さを失いかけている。
しかし、彼らの腰にも、それぞれチーター、ジャガー、タイガー、パンサーのエンブレムを冠したベルトが出現していた。
ゾルダは、未知の存在となったニャーレッドに対し、さらに獰猛に襲いかかる。 「くっ!」レッドは戸惑いながらも、身を翻して攻撃を避ける。
その動きは、先ほどまでの人間の動きとは比べ物にならない、鋭く、しなやかな野生の反応だった。
「待って、私たちにも力が…!」桃園愛が、自分の腰のベルトを強く握りしめる。 蒼真は一瞬で事態を理解した。「これが…麒麟が託した力…!制御不能でも、今はこれを使うしかない!」
蒼真がベルトにチーターの結晶をセットし、吼える。
「Wild Change!」
蒼い光が弾け、スリムなチーターの戦士が出現。
「知性のチーター!ニャーブルー!」
「吼輔!敵は正面だ!」ブルーは高速でゾルダの背後へ回り込み、その行動でレッドを援護する。 残る三人も、決意を固めた。
「Wild Change!躍動のタイガー!ニャーイエロー!」(樹菜)
「Wild Change!神秘のジャガー!ニャーブラック!」(雄夜)
「Wild Change!解放のパンサー!ニャーピンク!」(愛)
五色の光が一つに集まり、猫科戦隊ニャーレンジャーがここに誕生した!
初変身の戸惑いはあるものの、彼らはレスキュー隊員として培った連携と判断力を武器に、ゾルダの群れに立ち向かう。
「レスキューの訓練と同じだ!一瞬の判断で、敵の弱点を突け!」レッドの指示が飛ぶ。
イエローとブラックがパワフルな連携でゾルダを押し留め、ブルーとピンクが俊敏な動きで翻弄。
そしてレッドは、ライオンの爪を模したクローでゾルダの装甲を切り裂く。
「いくぞ!ワイルド・クロー・ストライク!」 レッドが必殺の斬撃を放ち、五人の連携攻撃の末、ゾルダは爆炎と共に消滅した。
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爆炎が収まり、ニャーレンジャーの五人は、変身したまま互いを見合った。
マスクの下には、驚愕と興奮が入り混じった表情が隠されている。
「…これが、麒麟の力。」ブルー(蒼真)が、自身の身体を構成するスーツの感触を確かめるように呟く。
「すごい…体が軽い!こんな力、訓練じゃ手に入らない!」イエロー(樹菜)が、跳び上がってその躍動感を確かめる。
「しかし、あのゾルダとやらは、一体…」ブラック(雄夜)は、消滅したゾルダが残した、禍々しい闇の残滓を見つめていた。
その時、彼らの頭上に、静かで、氷のように冷たい声が響いた。
「麒麟の残滓を宿した、愚かな人間どもめ。」 五人が声のした方を振り向くと、爆炎の向こう側、瓦礫の上に一人の男が立っていた。
彼は全身を黒と銀の装甲で覆い、雲豹(ウンピョウ)を思わせる、鋭く優美なデザインの戦闘形態をとっている。その瞳は冷酷な青い光を放っていた。
「お前は…!」レッド(吼輔)が警戒して構える。
男は、彼らの存在そのものを侮蔑するように口を開く。
「まさか、あの王が、自らの力をこのような脆い器に託して逃げるとはな。お前たちに、我が王の力がどれほどのものか、理解できるはずもない。」
「我が王だと?お前が、あの麒麟を…!」レッドの怒りが爆発する。
「誤解するな。私は王ではない。私は王を救い、王と共に世界を統べる者だ。お前たちが持っているその力、それは所詮、哀れな亡霊の遺産。すぐに回収させてもらう。」
男は、その言葉と共に漆黒の波動を放つが、それは警告のようで、本気の攻撃ではない。
彼は深く睨みつけると、音もなくその場から姿を消した。
残された五人は、その圧倒的な力と存在感に戦慄する。
彼らが今対峙しているのは、もはやレスキュー隊が相手にする災害ではない。
その直後、五人の耳に橙野隊長の固く沈んだ声が響いた。
「赤澤、聞こえるか。全員、すぐさま基地へ帰還せよ。これは極秘、レベルSの事態だ。」
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変身を解いた五人は、重苦しい空気の中、橙野隊長の前に立っていた。
隊長は、普段の陽気な振る舞いを完全に消し去り、鋭い目つきで五つの結晶を見つめる。
「お前たちが目撃したこと、そして手にいれた力。全ては最高機密だ。これはただの怪人騒ぎではない。我々の世界が、別の次元の勢力から侵略を受け始めた、その始まりだ。」
隊長は吼輔の目を見て、静かに告げた。
「いいか。お前たちの日常は、今日で終わった。お前たちはこれからも表向きは優秀なレスキュー隊員として市民の安全を守り続ける。」
隊長は吼輔の目を見て、静かに告げた。
「だが、お前たちはもう一つ、裏の顔を持つ。麒麟の願いと、幻獣の力を受け継いだ戦士として、世界を守り抜くこと。それが、お前たち猫科戦隊ニャーレンジャーの真の使命だ。」
「隊長…その使命、俺たちが必ずやり遂げます!」吼輔は、麒麟の悲しい瞳と、去り際に現れた男の冷酷な視線を思い出し、決意を新たにした。
こうして、レスキュー隊員たちの運命は、世界の危機と共に、静かに動き出したのだった。
—第1話 運命の咆哮 完—
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