第一章

警邏部の新人1

 王国騎士団は近衛部、総務部、警邏けいら部の三つに分かれている。大まかな職務内容としては、近衛部は国の中枢である王宮と周辺、議会の警備、王族や外国要人の警護を主に担当していて、総務部は騎士団全体の事務局としての役割を担当している。最も所属する騎士の人数が多いのは警邏部であり、警察的役割も担っている。第一部隊から第十三部隊に細分化されていて第一から第五までは王都を、第六から第十一まではその他の王領が管轄となっている。第十二部隊は国内全域の街道の安全と、インフラ整備を請け負っている。残りの一つ、第十三部隊は臨機応変に全国を飛び回っている。


「ルーク、また遅刻か」


 低い声が不機嫌に響く。今年度警邏部に配属されたばかりの新人騎士のルークは、肩をすくめて眉尻を下げた。


「すみません、部隊長、ちょっと腹が痛くてトイレにこもってたら遅くなっちゃって」


「昨日は頭痛で一昨日は腹痛、三日前も頭痛で五日前も腹痛だったか」


 ルークが王都を担当する第一部隊に配属されて三か月、部隊長のランスロットは彼の勤怠に何度も苦言を呈している。


「いやあ、最近天気が悪いからか、朝の調子が出ないんすよ」


「何日も体調不良が続いているな、医局へ行って診てもらえ」


「ええ、いや、そんな大げさなもんじゃなくて」


「大げさかどうか判断するのは部隊長である俺の役割だ。遅刻の言い訳が真実なら何かの病の前兆かもしれんし、嘘なら正規採用を見送るよう、総務に申し送りする」


「ええ、そんなあ、明日からは遅刻しませんから」


「昨日も一昨日も三日前もそう言っていたな」


 ランスロットの声は硬い。細く骨ばった長い指が、ルークの勤怠表に何かを書き込んでいた。


「そうでしたっけ、すみません、いや、えっと、申し訳ありません」


 背中を丸め、少年らしさを色濃く残す新人騎士の謝罪に、ランスロットはため息を吐いた。


「謝罪はいいから、さっさと医局へ行け。一人じゃ心細いと言うなら俺が付き添うが」


「いや、いえ、一人で行きます」


 上司の子供扱いに不服を押し殺して生真面目に答え、ルークは部隊長執務室を退室した。気乗りしない様子が彼の足取りをのんびりとしたものにさせる。


「おい、ルーク、今日も遅れてんのか」


 階段を駆け上る騎士にすれ違いざまに声をかけられた。


「あ、メル先輩、お疲れ様です。違うんす、部隊長の命令で医局に行くんですよ」


 不貞腐れた口調で答えるルークに親しみを込めた笑い声が上がる。足を止めた男は、ルークと同じ第一部隊の先輩騎士かつ新人騎士の教育係で、ルークの芳しくない勤怠を鷹揚に許容している。


「寝坊を病気かもしれねえって、ランスの奴は本当に心配性だな」


 上司である部隊長を愛称で呼ぶ彼は、ランスロットとは正反対の大雑把な質であるようだ。


「そうですよね、俺が怠け者なのは病気じゃねえし。メル先輩も部隊長に言っておいてくださいよ」


「お前って結構図太いよなあ、だが部隊長の命令には従え。上司の命令には疑問を挟まず即行動だって教えたろ」


「へーい」


「返事ぐらいしっかりしろ、いい機会だから頭痛と腹痛の薬でも貰ってこいよ」


 軽く肩を小突きながら、言いたいことを言い終えたとばかりに階段を上るメルヴィンの大きい背中を横目で見送り、ルークは肩をすくめて再び足を進めた。騎士棟を出て怒号が響く訓練場を横目に王宮の本殿に続く回廊を歩む。本殿に近づくに連れて回廊脇の庭の景色が華やいで行くのだが、花鳥風月を愛でる年ごろではないルークの目は楽しめない。回廊を抜けて本殿へ通じる門扉は、王国騎士団でもエリートと言われる近衛部の騎士が護っている。


「警邏部第一部隊所属、ルーク・レコメンドです。部隊長より医局へ出向くよう命じられています」


「承知しました。お通りください」


 門扉を守る近衛騎士のうちの一人はルークとは学園の同級生で、彼と同じく新人騎士で顔見知りである。緊張した面持ちで答える同級生に親しみを込めた笑顔を向けるが、彼は隣の先輩騎士の目を気にしてか、軽く頷くだけに留めた。重い門扉が軋んだ音を立ててゆっくりと開く。本殿に足を踏み入れたルークは振り返って同級生の背中に声をかけた。


「あ、ヒース、ちょっと」


「なんですか」


 隣を気にして他人行儀な口調の同級生に、ルークは困り切った顔を作って見せる。


「医局ってどこの階段上るんだっけ」


「案内してやれ、ヒースレッド」


 門番のうちのもう一人である近衛騎士が親切にも提案をした。


「持ち場を離れることになりますが」


「もうすぐ交代の時間だ。かまわない」


「わあ、マジっすか、ありがとうございます」


「ルーク、全く君は」


 初対面の所属違いの近衛騎士に向かっても臆せず人懐こい笑顔を向けるルークに、ヒースレッドは口角を下げて口の中だけでため息を吐く。


「先輩、お気遣い、ありがとうございます。はあ、仕方ない。こちらだ、ルーク」


「悪いな、ヒース」


「卒業しても全く変わらないな、君は」


「そうかあ? 背は伸びたぜ」


「中身の話だ。本殿内の主要施設は一度案内されているだろう」


「そうだけどさ、ヒースじゃあるまいし、一回じゃ覚えられねえよ。ただでさえ方向音痴だし」


「仮にも王宮に侍る騎士がどこに何があるのか覚えていないなどと恥ずかしげもなく暴露するな。いくら警邏部とはいえ、非常時には警備にも駆り出されることもあるんだぞ」


「うん、すまん。ヒースは真面目なあ」


 叱られても嬉しそうなルークの気安さに、学園生時代癒されていたことを思い出し、ヒースレッドは苦笑を浮かべた。王国騎士団の花形である近衛新人騎士として三か月、ヒースレッドは門番として全力で緊張して勤めており、毎日肩の力が抜けることがなかった。


「私が厳しいのではなく、ルークがのんき過ぎるのだ。だが、それは君の長所でもあるが」


「おお、そうだろ」


 おどけたルークに、ヒースは静かに笑った。二人が学園の同級生だった頃の雰囲気に戻ったところで、医局の受付にたどり着く。


「ところで、医局に用事って体調でも悪いのか」


 受付を示しながら問いかけるヒースレッドに、ルークは笑顔で首を横に振る。


「いや、全然。部隊長が心配性だから、仕方なく来ただけ」


「話が全く見えないが。まあ、良い。またな」


「おう、あんまり頑張りすぎんなよ、ヒース。今度非番がかぶったら飯でも食いに行こうぜ」


 首肯するヒースレッドを見送り、ルークはため息を飲み込んで、医局の受付に名前と用件を告げた。


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