40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役貴族に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします
@DTUUU
第1話
人生とは、勝ち続けるゲームだと思っていた。
俺、桐生恒一の半生は、まさにその証明だったと言えるだろう。
1998年、14歳でインターネットの海に触れ、Windows 98の青い画面に未来を見た。サッカー部のエースとしてフィールドを走り回りながらも、脳内では常にコードを走らせていた。
大学進学と同時に、「次は動画と個人の時代が来る」という確信だけで学生ベンチャーを起業。周囲が就職活動に勤しむ中、俺は未開の荒野を耕し続けた。
転機はiPhoneの登場だ。俺はすべてのリソースをスマホアプリへ全振りした。
2011年、動画共有アプリ『ViiD』が大ヒット。
2014年、30歳でマザーズ上場。「最年少クラスのイケメンIT社長」「メディア・イノベーター」――そんな仰々しい肩書きと共に、俺の顔はメディアに露出した。
だが、俺にとって最大の功績はビジネスではない。
2017年、映画祭のアフターパーティーで出会ったトップ女優、深月玲奈。彼女との出会いこそが人生のハイライトだ。
スクープすらも逆手に取り、堂々とした交際宣言で世間の好感度を掌握。2021年の結婚は「世紀のセレブ婚」と騒がれた。
そして2025年。
プライム市場への鞍替え、海外展開の成功。都心の豪邸には愛する妻と二人の子供。週末は軽井沢の別荘で過ごす。
41歳にして、俺は盤石の地位と家庭の幸福、そのすべてを手に入れていた。
はずだった。
「……また、バッドエンドか」
深夜の書斎。ブランデーを片手に、俺はモニターに映る「GAME OVER」の文字を眺めていた。
最近の俺の密かな楽しみは、レトロゲームの発掘だった。特にこの『想い出の桜を君に』――通称『サクラキミ』。1999年から2001年という、俺が青春を捨てて仕事に没頭していた時代を舞台にしたギャルゲーだ。
俺のお気に入りは、メインヒロインではない。一癖も二癖もあるサブヒロインたちだ。
ワガママ放題だがプロ意識の高いアイドル、天童くるみ。
不器用で狂犬のような元ヤン、早坂涼。
芸能界に絶望したクールなモデル、霧島セイラ。
そして、異常な忠誠心を持つ秘書、如月舞。
彼女たちの不器用な生き様は、効率だけで生きてきた俺の心に妙に刺さった。
そして何より、このゲームの悪役――西園寺玲央。
容姿端麗、文武両道、実家は超絶金持ち。スペックだけなら俺以上だ。性格が最悪なせいで破滅するが、俺ならもっと上手く立ち回れるのに、と奇妙なシンパシーを感じていた。
それに、彼の母親であるハリウッド女優の西園寺ソフィアや、姉の摩耶もキャラが立っていて嫌いじゃない。
「俺も、こんな馬鹿みたいな青春を送りたかったのかもな……」
攻略本を閉じ、ふと呟いたその時だった。
ドクン、と心臓が早鐘を打った。
かつてない激痛が胸を貫く。視界が急速にブラックアウトしていく。
呼吸ができない。指先から力が抜ける。
(まさか、死ぬのか? この俺が? まだ長男が生まれたばかりだぞ……)
走馬灯すら見る余裕もなく、俺の意識はプツリと途絶えた。
「……ん」
目を開けると、そこは病院のベッドでも、天国のお花畑でもなかった。
北欧スタイルのシックなモノトーンで統一された、やけに広いリビング。俺は黒いコルビュジェ(LC2)の革張りで、銀色のパイプフレームに囲まれた四角いソファで寝落ちしていたらしい。
部屋を見回すと「イームズのシェルチェア」があり、TechnicsのターンテーブルでR&BやHipHopのレコードを流し、間接照明でムードを作っている。
明らかに俺の部屋ではない。
「助かった……のか?」
体を起こし、洗面所へと向かう。
顔を洗い、鏡を見る。
そこには、見慣れた「塩顔のIT社長」の顔はなかった。
色素の薄い茶髪にツイストパーマ。切れ長の瞳。陶器のように白い肌。
鏡の中から俺を見つめ返していたのは、ついさっきまで画面の中で見ていたキャラクター。
「……西園寺、玲央?」
『サクラキミ』の悪役、その人だった。
呆然とする俺の脳内に、濁流のように記憶が流れ込んでくる。
41歳までの桐生恒一としての記憶と、15年間を生きてきた西園寺玲央としての記憶。
二つの人格が混ざり合い、溶け合い、そして一つの結論へと至る。
俺は、死んで転生したのだ。
リビングに戻り、つけっぱなしになっていたテレビに目をやる。
流れていたのは懐かしいバラエティ番組。そして画面の隅に表示された日付。
『1999年 4月3日』
サイドテーブルに放り出されていたシルバーのNTTドコモ「N501i」を開く。
日付は間違いない。
西園寺玲央の記憶を照らし合わせるなら、明後日は私立秀明館学園の入学式だ。
「タイムスリップかと思ったが……ここはゲームの世界か」
状況は理解した。理解してしまった。
普通ならパニックになるところだが、俺の精神は41歳の経営者のままだ。まずは状況整理よりも優先すべきことがある。
「……状況は理解した。だが、まずは腹ごしらえだ」
時計を見れば夕方の6時。
俺は広すぎるアイランドキッチンへと向かった。
冷蔵庫を開けると、ハイクオリティな食材が揃っている。そして棚には、前世の趣味と同じく、世界各国のスパイスが瓶詰めでずらりと並んでいた。
どうやら西園寺玲央もまた、料理を「実験」として楽しむタイプの人間だったらしい。
「今の気分は……これだな」
俺が選んだのは、世界で最も美味しい料理とも称される『マッサマン・カレー』。
だが、ただの再現では芸がない。日本人のDNAに響く、「和」の要素を取り入れたアレンジを加える。
俺は手慣れた手つきで調理を開始した。
まずは厚手の鍋にココナッツミルクの固形分(クリーム)だけを入れ、弱火にかける。
水分を飛ばし、油分が分離してくるまでじっくりと加熱する。これがスパイスの香りを爆発させるための、タイカレーにおける最重要工程だ。
「よし、分離したな」
油が浮いてきたところに、カルダモン、シナモン、スターアニス(八角)のホールスパイスを投入。
香りが立ったところで、マッサマンカレーペーストを加え、焦げ付かないように炒める。
キッチンに、甘く濃厚で、エキゾチックな香りが充満する。
一口大に切った鶏もも肉を投入し、表面を焼き付ける。
そして、ここからが俺流の「和風」アレンジだ。
「水の代わりに、これを使う」
俺が注いだのは、あらかじめ引いておいた「濃厚な鰹と昆布の合わせ出汁」だ。
ココナッツミルクの濃厚なコクに、魚介のイノシン酸とグルタミン酸の旨味を掛け合わせる。
さらに、ナンプラー(魚醤)の独特な癖を抑えるため、隠し味に「醤油」と「本みりん」、そしてコク出しの「白味噌」を小さじ一杯。
具材にはジャガイモと玉ねぎ、そしてローストしたピーナッツをたっぷりと。
タマリンドの酸味と、パームシュガーの甘み、そして出汁の旨味。
複雑怪奇な味のレイヤーを、弱火で煮込みながら一つに統合していく。
「完成だ」
皿に盛り付けたのは、黄金色に輝くスープカレー。
一口食べると、ココナッツの甘い香りの後に、鰹出汁の染み渡るような旨味が広がり、最後にスパイスの刺激が鼻を抜けた。
プロの店でも出せない、計算し尽くされた味だ。
「……悪くない」
スプーンを運びながら、俺はニヤリと笑った。
かつての俺は、青春を犠牲にして成功を掴んだ。
だが、この二度目の人生では違う。
「当て馬? 破滅フラグ? 知ったことか」
俺は西園寺玲央のスペックと、桐生恒一の知識をフル動員して、全力でこの「ギャルゲー世界」の青春を謳歌してやる。
ヒロインの攻略なんて主人公に任せておけばいい。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。
そう決意し、俺は至高のマッサマン・カレーを平らげた。
まずは明後日の入学式。
かつて画面越しに見ていたあのヒロインたちが、現実に動き出す日が楽しみで仕方なかった。
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