第24話 禁断の転売計画と、スキルの鉄槌


「一〇万……我様の価値が一〇万……」


 月明かりが差し込む自室。ベッドの隅で、真っ白な灰のように燃え尽きて固まっているノクスを視界の端に追いやり、デスクで電卓を叩いた。


 脳内には、深夜の部屋に響くキーを打つ音と、自身の重いため息だけが充満している。


「……教習所の費用が、キャンペーン価格で二八万。スキルレベルアップまでが、残り七五万。合計一〇三万円、か」


 数字として書き出してみると、その重みに目眩がしそうだった。


 昨日の探索で稼いだのは五万円。Fランク冒険者の日銭としては破格だが、これでも「あと二十日間」は毎日ホブゴブリンを狩り続けなければならない計算だ。しかも、その間は一円も生活費や装備のメンテナンスに回せない。


(もっと効率よく、爆発的にお金を稼ぐ方法があればいいんだけど……)


「……おい、蒼真。我が、存在の根幹を揺るがすほどの絶望の淵に沈んでいるというのに、何を一人で計算に耽っているのだ。貴様、血も涙もないのか? さては悪魔か?」


 いつの間にか「灰」から復活したノクスが、恨みがましい目で睨みつけていた。


 電卓を置き、椅子を回転させてノクスと向き合う。


「ひどいな。誰のせいで、深夜に中級ポーション代の無駄な出費(三千円)がかさんだと思ってるんだよ。こっちはその分を取り戻すために必死なんだ。それに悪魔はどっちさ」


「ぐっ……。そ、それは、我様の肌のツヤを妬んだ不届きな輩が……」


「はいはい。自慢して煽ったら返り討ちに遭ったんだろ? 自業自得だよ」


 真っ当な正論で切り捨てると、ノクスはバツが悪そうに鼻を鳴らした。その表情には、先ほどまでの「一〇万円のショック」は微塵も残っていない。立ち直りが早いのか、図太いのか。


「あ、起きたんならいいや。これからどうやってお金を稼ごうかと思ってさ。何かいい案ない?」


 ノクスの絶望にはこれ以上触れず、事務的に本題を切り出す。すると、ノクスは待ってましたと言わんばかりに、金色の瞳を怪しく輝かせた。


『安心しろ。我は閃いたぞ、蒼真。貴様のその、反吐が出るほど性格の悪い【異界購買】……あの中の『ポーション』をこの世界のギルドに売れば、大儲けできるのではないか?』


「……え?」


 手が止まった。目から鱗が落ちる、とはまさにこのことだ。


 自分のスキル内ショップでは、下級ポーションは一本一〇〇〇円。だが、この現実世界において「傷を瞬時に癒やす薬」は超希少品だ。


「……確かに! ギルドの買取価格なら、安く見積もっても一本五〇〇〇円は下らないはずだ。差額で四〇〇〇円……十本売れば四万円の純利益……!」


「そうだ。狩りをするより、よほど効率がよかろう? 早く買え。買うのだ、蒼真」


「なるほど、その手があったか……!」


 期待に胸を膨らませ、即座にスキルのウィンドウを展開した。


 しかし、現実はそう甘くはなかった。


『ポーション』の項目を選択した瞬間、今までは存在しなかった、血のように真っ赤な警告文が画面を覆い尽くした。


【警告:本ショップで購入した商品の転売、ならびに商用利用は規約により固く禁じられています。違反した場合はスキルの利用停止、あるいは強制徴収が行われる可能性があります】


「……ノクス、ダメだ。はっきりと『転売禁止』って書かれてる」


『何を馬鹿なことを。そんなもの、黙っていればバレはせぬ。少しくらいの規約違反など気にするな。システムなど、出し抜くためにあるのだ!』


 ノクスの悪魔らしい、それでいて非常に真っ当(?)な誘惑に、「確かに、バレなきゃいいんだよな」と頷きかけた。


 だが、購入確定のボタンを押そうとした瞬間――ウィンドウが激しく明滅し、鼓膜を劈くような冷徹なエラー音が響いた。


【通知:ユーザーの不正利用の意図を感知しました。転売対策のため、緊急の購入制限を発動します。本日よりポーション類の月間購入上限を『50本』に設定します。なお、悪質な場合は価格を引き上げます】


「うわっ!? 見透かされてる!? しかも脅された!」


『チッ、どこまでも性格の悪いスキルめ……。所持者の顔が見てみたいものだ』


「……僕だよ。」


 力ないツッコミに、ノクスは「あ、そうであったな」と間の抜けた顔で沈黙した。


「そもそも僕のスキルなんだから、所持者は僕なんだよ。……性格が悪いのは、僕じゃなくてこの『システム』の方だと思いたいけど」


 溜め息をつきながら、制限された画面をじっと見つめ、逆にあることに気づいた。


「……待てよ。制限があるってことは、逆に言えば『月五十本までなら、どう使おうが文句は言わない』ってことじゃないかな?」


「ほう? ほうほう、なるほど。貴様もなかなかに悪知恵が働くようになってきたな」


「三十本を売りに回しても、二十本は自分用に残せる。一本四〇〇〇円の利益なら、月間で一二万円のプラス。……十分すぎる副収入だ」


 しかし、最大の難問はここからだった。


「でもさ、ノクス。ポーションをどうやって売るかが問題だよ。絶対に不審に思われる」


『ギルドに直接持ち込めばよかろう。あやつらは魔石だけでなく、素材も買い取っているのだろう?』


「それが無理なんだよ。この世界でポーションが市場に出るのは、最低でもEランク以上のダンジョンの宝箱からだけなんだ。今の僕が行ってるFランクダンジョンじゃ、逆立ちしたって手に入らないアイテムなんだよ」


 もし、Fランクの地下一階でホブゴブリン二匹相手に四苦八苦している駆け出しが、突然大量のポーションをギルドに持ち込めばどうなるか。


「どこで盗んだ」「不正に入手したんだろう」と疑われ、最悪の場合、拘束されてスキルの秘密まで暴かれかねない。


『……ふむ。なら話は簡単ではないか』


 ノクスは不敵に笑い、膝の上に飛び乗った。


『貴様がさっさとFランクなど卒業して、Eランクダンジョンを涼しい顔で攻略するようになれば良いのだ。誰よりも早く地下へ突き進み、誰にも見られぬ場所で「宝箱を掘り当てたフリ」をする。これならば、誰も文句は言えまい?』


「簡単に言うなあ……。まだ地下二階への階段すら見つけてないのに、Eランクなんて……」


 深くため息を吐いたが、その瞳には諦めではなく、新しい挑戦への火が灯っていた。


 ポーション転売を成立させるためには、単にポーションを買うだけでなく、それを持っていることが不自然ではないだけの「実力」と「地位」が必要なのだ。

 

「……わかったよ。要は、怪しまれないくらいの実力をつけて、早く上のランクへ上がれってことだね」


『そうだ。なに、案ずるな。この大悪魔ノクス様が直々に鍛えてやるわ。明日からはダンジョンの地下一階の生ぬるい場所ではなく、さらに下の階層で叩き直してやる』


 ノクスの瞳に、獲物を見つけた時のような冷酷で愉悦に満ちた光が宿る。


 背筋に冷たいものを感じながらも、力強く頷いた。


「……善処するよ。絶対に、一〇〇万円稼いでレベルアップしてやる」


 深夜の子供部屋。


 皮肉屋の悪魔と、一〇〇万円の借金のようなノルマを抱えた少年。


 二人の奇妙な共犯関係は、ポーション転売という「禁断の果実」を求めて、さらなる加速を始めるのだった。


本日のリザルト


• 【異界購買】累計使用額: 253,000円(ポーション補給分含む)

• スキルレベルアップまで: あと747,000円

• 新たな制約: ポーション月間購入制限(残り50本)

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