第18話 執念の抜刀と、悪魔の微かな微笑み


 翌朝、心は燃えていた。


 昨日のボス戦。修行の成果を見せるはずが、ノクスの「お腹が空いた」という理不尽な理由で一瞬にして消し炭にされたあの屈辱を、忘れるはずがない。


「いいかノクス。今日は僕のリベンジだ。絶対に手を出さないでくれよ。本当に命が危なくなるまでは、絶対にだ!」


 ダンジョンへ向かう道すがら、肩の上の黒猫に何度も念を押した。


『チッ……昨日終わらせたのだから、今日はアニメの続きが見られたはずなのに……』


 ノクスが耳元で小声の文句を漏らす。


「全部聞こえてるからな! 」


 いよいよ地下五階、ボス部屋の扉の前。


 閃いたとばかりに作戦を提案した。


「……なぁ、リベンジだからさ。せめて取り巻きのゴブリン五匹だけでもノクスが倒してくれないか? ホブゴブリンとの一対一に集中したいんだ」


 するとノクスは、毛繕いをしていた手を止めてジロリと睨んだ。


『姑息なことを言うな。リベンジと言うなら、全部一人で片付けろ。我を便利使いするなと言ったはずだぞ』


「……はい。ごもっともです」


 結局、一人で全部やる羽目になった。気合を入れ直し、重厚な扉を開けた。


「ギギャアアアアッ!」


 現れたのは昨日と同じ布陣。ホブゴブリンと、五匹のゴブリン。


 迷わず『魔力纏い』を発動させる。淡い光の膜が全身を包み込み、身体能力を引き上げた。


「まずは雑魚からだ!」


 動きは昨日よりも鋭く、統制されたゴブリンたちの連携を掻い潜り、一匹、また一匹と確実に屠っていく。だが、ホブゴブリンの指示は的確だ。脇腹にゴブリンの爪が掠り、血が滲む。


 それでも止まらず、ついに五匹すべてを仕留めた。


 残るは、棍棒を構えて咆哮を上げるホブゴブリンのみ。


「さあ……昨日のリベンジだ!」


 踏み込み接近し、刀と棍棒が激突する。


 キィィィィィンッ! と甲高い金属音が響き、火花が散る。ホブゴブリンの筋力は凄まじい。力で押し切られそうになるのを、魔力纏いの瞬発力で回避し、カウンターを叩き込む。


 お互いの体に傷が増えていく。息が上がり、汗が視界を遮る。


 そんな死闘の最中、肩の上から呑気な声が降ってきた。

 

『おい、まだなのか。我はもう昼飯を考え始めているぞ』


「くっ……今、集中してるんだから話しかけないでくれ!」


『ふん。そういえば、新しい技がどうとか昨日言っていなかったか? さっさと見せたらどうだ』


 ノクスの煽りに、口角が不敵に上がった。


「……言われなくても、今からやる所だよ!」


 一度大きく距離を取り、重心を深く落とした。

そして、握っていた刀をあえて鞘へと収める。


(全身の魔力を、右腕……いや、刀の柄に一点集中させる!)


 体内を巡る魔力を強引に操作し、鞘の中で眠る刃へと凝縮させていく。魔力纏いの応用。一点にのみ全魔力を注ぎ込む、文字通り「今の全霊」を込めた一撃。


 ホブゴブリンが咆哮と共に、巨大な棍棒を振り下ろしながら突進してくる。


「――はあああああっ!」


 抜刀。


 放たれた一閃は、魔力の奔流となって空気を切り裂いた。


 ガシュンッ! という硬い音と共に、ホブゴブリンが構えていた棍棒が豆腐のように真っ二つにされる。刃はその勢いのまま、怪物の胴体を深く一文字に切り裂いた。


 一瞬の静寂の後、ホブゴブリンの巨体が崩れ落ち、黒い霧となって消えていく。


「……やった……やったぞ!」


 思わず拳を突き出し、ガッツポーズを決めた。昨日のリベンジを果たし、自らの手でボスを討ち取ったのだ。


 ふと肩を見ると、ノクスがため息をつきながら鼻を鳴らした。


『ふん。ようやく見られる程度にはなったな』


 そう言ったノクスの口元が、ほんの一瞬だけ、皮肉ではない「ニヤリ」とした笑みを浮かべたのを見逃さなかった。


 だが、ノクスはすぐにいつもの気怠げな態度に戻り、座り直した。


 部屋の中央に、勝利の証である宝箱が現れる。


「今度こそ……今度こそ良い装備を……!」


 期待に震える手で蓋を開けると、中に入っていたのは――。


「…………ゴブリンの腰蓑」


 昨日と全く同じ、薄汚れて異臭を放つ茶色の布きれだった。


 絶望の淵に立たされた瞬間。


『やはり不潔だ。消え失せろ』


 ボォォォッ!


 ノクスの放った火球が、宝箱ごと腰蓑を焼き尽くした。


「ああああっ! せめて売却できないか試させてよ!」


『あんなゴミ、どこも受け取らん。さあ帰るぞ。今日のお昼はハンバーグの残りでいいからな』


 リベンジには成功したが、結局最後はいつも通りのノクスに振り回され、微妙な顔でダンジョンを後にするのだった。


 ダンジョンの外に出ると、昼過ぎの眩い太陽が目を射抜いた。


 最深部での死闘を終えて戻ってきた身には、平穏な昼下がりの中庭はどこか現実味を欠いて見える。心地よい疲労感と、それを上回る達成感が胸を満たしていた。


 肩の上のノクスは、すっかり飽きた様子で大きな欠伸を繰り返している。


「よし、このままギルドに寄って換金していこう」


『さっさとせよ。我の胃袋が、ご飯はまだかと激しい抗議の声を上げている』


「わかってるって。今日はかなり稼げたはずだから、昼から奮発しよう」


 二人はその足で、冒険者たちが昼休憩や依頼の報告で賑わうギルドへと向かった。


「……本日の買取をお願いします」


 いつもの換金窓口で、バックパックから今日の戦利品をカウンターに広げた。


 ゴブリンの魔石が60個。

 ホブゴブリンの魔石が2個。


 そして、ノクスに焼き払われる前に死守した『ゴブリンの剣』が一本。


「はい、査定いたしますね……」


 受付嬢が慣れた手つきで魔石を計量器にかけていく。


「まず、ゴブリンの魔石が60個ですね。こちらは1個500円ですので、合計30,000円になります。次にホブゴブリンの魔石が1個800円ですので、2個で1,600円。最後にこちらの剣ですが……状態が良いので、10,000円で買い取らせていただきます」


「えっ、さん……三万円!?」


 思わず声を上げた。


 以前は端金にしかならなかったゴブリンの魔石だが、数を狩れるようになるとこれほどの大金になる。剣と合わせて、本日の稼ぎは41,600円。


『ふん、たかだか紙切れ数枚で騒ぐな。……だが、それだけあれば今の昼食も期待しても良さそうだな』


 肩の上でノクスが、心なしか嬉しそうに尻尾を揺らした。


「あの、お客様」


 代金を渡そうとした受付嬢が、ふと手を止めて見つめできた。


「ホブゴブリンを二体も討伐し、最深部を突破されたのですね? でしたら……ランクアップの申請をされますか?」


「あ、はい! お願いします!」


 二つ返事で、自分のギルドカードを差し出した。


 受付嬢がカードを専用の魔道具に通すと、淡い光と共にデータが更新されていく。周囲にいた冒険者たちが「あいつ、もうFランクかよ……」「魔石の数、見たか?」と昼食の手を止めて驚きの視線を向けてくるのが分かった。


「お待たせいたしました。こちら、新しいギルドカードです」


 返されたカードのランク欄には、力強い文字で『F』と刻まれていた。


 最底辺のGランクを脱し、ようやく冒険者として一歩前進した瞬間だった。


 ギルドを出ると、街はまだ昼下がりの活気に満ちている。


「やったぞ、ノクス。これで僕もFランクだ。受けられるクエストも増えるし、ポーションももっと買えるよ」


『……ランクなどという矮小な基準で喜ぶとは、相変わらず安い男よな。それよりも飯だ。肉だ。肉を使った米の飯を所望する。昨夜のあの……「かっぷめん」とかいう魔法の麺を超えるものを用意せよ』


「あはは。じゃあ、今日は『カツ丼』っていう、揚げた肉をご飯に乗せたやつを食べに行こうか。ノクスも絶対気に入ると思うよ」


『ほう……揚げた肉か。悪くない響きだ。さっさと案内せよ』


 手に入れた大金と、新しいランク。


 新しいギルドカードを大切に懐にしまい、未知の美食に期待を寄せる相棒と共に、午後の陽光が降り注ぐ街へと歩き出した。

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