第8話 僕様と、ゴブリン討伐


 ノクスと契約を結んだ翌朝、意気揚々と『旧都廃ビル』へと向かっていた。肩の上には、契約によって小さな黒猫の姿に定着したノクスがいる。


 ノクスは相変わらず、その金色の瞳で周囲を鋭く見渡し、威厳に満ちた低い声で話しかけてきた。


「契約主よ。我と契約を結んだのだ。この世界で最も難易度の高い戦場へ向かうのだろう? 我の力を存分に振るう準備はできているぞ」



「ええと、ノクス。今日は『旧都廃ビル』ってダンジョンに行くんだ」と苦笑いを浮かべた。


 ダンジョンに到着するとノクスはピタリと動きを止め、金色の瞳を丸くした。


「ここは何だ? 我の召喚は、お前の人生を賭けた一大事業だったはず。にもかかわらず、なぜこのような荒廃した場所に連れてきたのだ?」


 ノクスは、その寂れたビルの外観と、周囲を歩く冒険者たちの身なりから、ここが魔界基準で言えば最低辺の場所だと直感的に察していた。


「今日は、修行に付き合ってくほしくてね。そしてここが、僕のホームグラウンドだ」


 そう言って、慣れた手つきで認証カードをダンジョンの入口にかざした。ノクスは終始不満げな様子で、肩の上で小さく唸っている。


 ダンジョンに入ると、すぐにゴブリンが出現した。反射的に刀を抜き、構える。ノクスは、そのゴブリンを鼻で笑うように見下ろしている。


 ゴブリンの動きを冷静に見極め、特級刀を一閃させた。刀はゴブリンの核を正確に捉え、ゴブリンは瞬時に霧散する。


 魔石を回収して、「どうだ、決まった」と言わんばかりにドヤ顔でノクスに振り返った。昨日の自分を越え、今日は落ち着いてゴブリンを倒せたという、ささやかな成長に満足していたのだ。


 ノクスは、その顔を見て、きょとんとした。ノクスの金色の瞳の上には、まるで漫画のように大きなクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えた。


 ノクスが何か尋ねようとした、その瞬間だった。


 瓦礫の陰から、もう一匹のゴブリンが飛び出してきた。ノクスに気を取られていて反応が遅れる。


「しまった!」


 刀を振り上げるよりも早く、ノクスが動いた。


 ノクスは肩の上から身を乗り出すと、小さな猫の爪を前に突き出した。その爪の先から、圧縮された透明な風の刃が放たれた。


 ヒュン!


 風魔法はゴブリンの身体を正確に貫き、ゴブリンは抵抗する間もなく、瞬時に霧散した。


 唖然としてノクスを見つめた。ノクスは平然と爪を舐めながら視線を戻した。


 ノクスは、不思議そうに尋ねた。


「それで、なぜあの程度の魔物を討伐しただけでドヤ顔なのか? 魔界で言えばスライムを退治したようなものだぞ」


 ノクスの圧倒的な実力(魔法)に唖然とし、そして顔を赤くした。ノクスの言葉が正しかったのだ。自分はゴブリンを倒した程度で得意気になっていた。


「いや、ノクス。君が強すぎるんだ」呆然としながらも、ノクスの問に答えた。「それと……正直に話すよ。僕は、戦闘スキルを持ってない。だから、この刀の性能と、レベルアップの恩恵だけで戦ってる。まだ、ゴブリンとしか戦ったことがないんだ」


 その告白を聞いたノクスは、目を真ん丸にした。


「……え、マジで?」


 その瞬間、ノクスの威厳に満ちた話し方が、まるで別人のように崩壊した。


「どうやって僕様を呼び出したの? 嘘でしょ? こんな弱っちい、言っちゃ悪いけど、レベルの人間が、僕様を召喚できるなんてありえない!」


 ノクスの急な口調の変化に思わず引きつった。


「僕様……?」


「うるさい! 今のは聞かなかったことにしろ! 僕様は普段は威厳があるんだぞ! それより問題はそこじゃない。君は低ランクで、ゴブリンしか倒せないのに、どうやって僕様を召喚したんだよ?」


 ノクスの驚愕は当然だった。これ以上秘密を隠し通すのは不可能だと判断した。ノクスは強力な相棒であり、味方のはずだ。


 ノクスの「僕様?」という口調に疑問を感じつつも、事実を正直に話した。


「僕には、【異界購買】っていうスキルがあるんだ。そのスキルで『召喚の書』を買って、君を呼び出したんだ」


 召喚の書がセールで10万円だったという、最も重要なチート要素だけは伏せておいた。


 ノクスは肩の上でグルグルと体を回転させ、混乱の極致にあった。


「スキルで召喚? そんな馬鹿な話があるか! スキルで物質を買って召喚できるだと? わけが分からない!」


 ノクスは頭を振ると、苛立ちを露わにした。


「とにかく、こんな場所でゴブリン相手に時間を浪費している場合ではない。僕様は帰る。」


「待ってくれよ、ノクス!」慌てて引き留めた。


「折角来たんだ。もう少し狩りたいんだよ。僕はまだ、ソロでは複数戦を安定して勝つ自信がないんだ」


 ノクスは深々とため息をついた。黒猫の小さな体から、やけに大きなため息が漏れる。


「はぁ……仕方ないね。契約主の頼みだ。いいよ。僕様のウォーミングアップだと思って、しばらくゴブリン討伐を手伝ってあげるよ。ただし、僕が魔法を使うときは、僕が状況を見て判断する。そして、ドヤ顔は二度と禁止だからね!」


 安堵し、心から感謝し悪魔ノクスとのゴブリン討伐が始まった。


 

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