Fランク【異界購買】ですが、常識を無視した装備で成り上がります

セレネコ

第1話 Fランク【異界購買】と、1万円の砂糖


 三月の教室は、卒業式前のざわめきと、異様な熱気に包まれていた。


「へへっ、見てくれよ蒼真! 俺の配信、今日の同接(同時接続者数)が二千人超えたぜ!」


 クラスの中心で、豪快に笑うサッカー部のエース、赤城がスマートフォンを掲げる。画面には、赤城がダンジョンの魔物を【灼熱剣】で一刀両断する華々しい映像が映し出されていた。彼のスキルは間違いなく戦闘のプロ向きだ。


 ダンジョンが出現して五十年。この世界では、十六歳になると覚醒する「スキル」が全てを決める。そのスキルを使ってダンジョンに潜り、その様子を配信する『ダンジョン配信者』が、現代のヒーローであり、富と名声を得る王道だった。


(くそっ……俺だけが、まだ何も始まっていない)


 月神蒼真、十七歳。三月生まれの蒼真は、クラスで唯一、まだスキル判定を終えていない。クラスメイトたちは既にFランクからSランクまで様々なスキルを覚醒させ、配信者として既にファンを獲得し始めていた。蒼真は、配信による名声には興味がなかったが、幼い頃から、ダンジョンで手に入るアイテム、未踏の地への探求心に憧れが強かった。


 今日は運命の日だ。


 誕生日を迎えて18歳になったので一人、国営の冒険者組合「ギルド・アーク」へ向かうと、そこには白い巨塔のようなその建物が、立ちはだかる。


「どうか、俺にも……何か、強いスキルを」


 胸の中で何度も繰り返す。


 案内された判定室は、薄暗く厳かだった。職員はベテランの冒険者崩れのような、眼光鋭い中年男性だが、その表情にはどこか疲労の色が滲んでいる。


「月神蒼真さん。十八歳。迅速に済ませる為に、その測定器に手をかざして下さい」


 蒼真は震える手で、淡く光る測定器に触れた。体内の魔力が吸い取られ、目の前のモニターに文字が浮かび上がる。職員はそれを読み上げた後、複雑な表情で頭を振った。


 「確認されたスキルは……【異界購買(イカイ・マーケット)】」


【異界購買】。初めて聞く名前だ。


「効果:『現代の金銭を対価に、異世界の物品を購入できる』……ランクはF。戦闘能力はゼロだ」


 Fランク。最弱の烙印。


 職員は深いため息をつき、心底気の毒そうな目で蒼真を見た。


「【異界購買】ですか…。うーん、残念ながら、これは戦闘に使えるスキルではありません。冒険者や配信者として成功するのは、正直に言って難しいでしょう。本当に残念ですが、このスキルでは冒険者にこだわるより、普通の就職を探すのが現実的かもしれませんね」


 その声には同情と、どうにもできない現実に対する諦めが混じっていた。職員の言葉が優しかった分だけ、蒼真の無力さが際立つ。あれほど憧れた冒険者への道が、自分だけには閉ざされるのか。


 重い足取りで帰宅した蒼真は、自室のベッドに倒れ込んだ。


(Fランクでも、スキルはスキルだ。何か使い道があるはずだ)


 蒼真は最後の望みをかけて、心の中でスキルを発動させた。


【異界購買】


 カチャリ、と音がした気がした。目の前に、淡い青い光を放つ半透明の『ショップウィンドウ』が現れた。


 蒼真は震える指でウィンドウをスクロールする。


【低級ポーション】:1,000円 (市場の安値は5,000円)


 しかし、次のアイテムを見た瞬間、希望は粉砕された。


【純粋な砂糖(100g)】


「ふざけるな……」


 思わず口を開いてしまった。その横に表示された価格が、あまりに現実離れしていたので。


価格:10,000円


「バグだ。壊れてる。ポーションは安いのに、なぜ砂糖は一万円!? 高級品でも100円で買えるものが!このスキルはなんてガラクタなんだ!」


 無力感が更に絶望感へと変わった。


 そして翌日、学校へ行くと、昨日までの「無視」が一変していた。Fランクという事実は、既にクラス全員の知るところとなっていた。


「おい、Fランクのツキガミ。お前、なんのスキルだったんだよ?」


「まさか、回復役でもないだろ?」


 蒼真は、日陰者だった立場から、今度は「イジりの対象」へと変わってしまった。追い詰められたので意を決して「砂糖1万円」の話をしてしまった。


 教室に響き渡ったのは、凄まじい大爆笑だった。


「マジかよツキガミ! 配信者ブームなのに、お前のスキルは通販サイトかよ!」


「しかも、砂糖100グラムが1万円!? お前がダンジョンに潜ったところで、配信映えするのは砂糖の値段だけだろ! バグスキル!」


 屈辱だった。冒険者にも配信者にもなれない上に、スキル自体が「壊れた無能スキル」だと見なされた。完全に無価値な存在として、クラスから放り出されてしまった。


 誰もいない夜の自室。頭を抱えながらも冷静になろうとした。


(待て。バグなら、全てがおかしいはずだ。ポーションは安い。砂糖は高い。この矛盾に、何か意味があるはずだ)


 ショップウィンドウの武器カテゴリをスクロールする。


【並級の刀】:5,000円

【中級の剣】:10,000円

【上級の刀】:50,000円


 最も安価な【並級の刀】の詳細を確認する。そこには「現代の技術で精製された刀よりも高純度。異世界品質。」という記述があった。


 蒼真の思考が、まるで回路が繋がったように点と線で結ばれた。


「そうか……! スキルは『異世界の市場価値』で取引をしているからか!」


• 砂糖: 現代では安価だが、異世界では超希少品だから、1万円でも安い。


• 武器・ポーション: 異世界では量産できるアイテムだから、極端に安価。しかし、異世界基準の品質だから、現代の市場で売れば高値がつく。


【異界購買】は、現代の金銭で、異世界の物を買える能力だったのだ。


「Fランク? 冒険者になれない?」


 瞳に強い光が宿る。嘲笑したクラスメイトの顔が、次々と脳裏に浮かんだ。


「いいだろう。お前らが命を懸けて潜るダンジョンで、手に入るはずの素材や武器の全てを、誰の助けも借りず、このスキルで金を稼ぎ、このFランクの底から、クラスメイトを見返す成り上がりを誓う」


 すぐさまショップウィンドウを開いた。財布の中には、貯金していた五万円がある。これが初期資金だ。最初の目的は、憧れの冒険者になるため、最高の装備を整えることだった。


 他のアイテムには目もくれず、残金がゼロになることを厭わず、最も高価な【上級の刀】(50,000円)を一本だけ購入した。


 次の瞬間自室に、銀色の光を放つ現代の鑑定基準で【特級】クラスに分類されるであろう、完璧な一本の刀が現れた。その刀を手に取り、静かに笑った。



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