第102話 友情崩壊ゲームと、真っ白な置き物たち


 黒オーガとの死闘を制した僕は、文字通り全身の魔力と体力を使い果たしていた。

 人型に変身したフェンに肩を貸してもらいながら、なんとかダンジョンの外へと這い出る。


「主、大丈夫か? ギルドへ寄って報告していくか?」

「……ううん、今日はパス。このまま家に帰ろう」

「そうですわね。主様はよく頑張りました。今は休むことが最優先です」


 フェンとクオンに労われながら家に辿り着いた僕は、自室に入るなりベッドへと倒れ込んだ。

 着替える気力すらない。泥のような疲労感に包まれ、吸い込まれるように深い眠りへと落ちていった。


 ――僕が爆睡している間のこと。


「ノクスちゃーん! FPSの特訓の続き、やろ……おや?」


 部屋の扉を開けた優香姉は、モニターの前にノクスだけでなく、クオンとフェンも揃っているのを見て目を丸くした。

 そして、プロゲーマーの血が騒いだのか、彼女は底知れぬ笑顔を浮かべて提案したらしい。


「三人揃ってるなら、みんなで『いつもの友情崩壊ゲーム』をやろっか!」


 それは、サイコロを振って日本全国を回り、物件を買い占めて資産を競う、あの有名なデジタルボードゲームのことだった。

 その提案に、三者はそれぞれ異なる反応を示した。


「ふん! FPSでは後れを取ったが、このゲームなら別だ! 今日こそ貴様に我が魔界の知略を見せつけてやる!」

 ノクスは前回の屈辱を晴らすべく、リベンジの炎を燃やしてコントローラーを握る。


「あの頃のわらわとは違いますわ。ルールは完全に把握いたしましたので、優雅に勝たせていただきます」

 クオンは静かに微笑み、密かに腕を磨いていた自信を覗かせる。


「ククク……前回、兄貴と姐御を完膚なきまでに叩きのめした我に死角はないのだ! 主の姉よ、泣かしてやるぞ!」

 フェンは前回二人を相手に圧勝していたため、完全に調子に乗ってふんぞり返る。


 三人の自信満々な態度に対し、優香姉はただ「ふふっ」と、全てを飲み込むような優しい(恐ろしい)笑顔を浮かべるだけだった。


 ――そして、開戦。


「出たぞ! 特急カードだ! ふははは、見たか女悪魔! 我の資産が一番だ!」


 前半戦、ノクスは神がかったサイコロの目とイベント運を発揮し、順調に物件を買い占めてトップを独走していた。

 有頂天になるノクス。余裕の表情を崩さないクオン。焦り始めるフェン。

 しかし彼らは知らなかった。それが、プロゲーマーである優香姉が仕掛けた「後でまとめて刈り取るための罠(泳がせ)」に過ぎないということを。


「蒼真ー。夕飯できたよー」


 体を揺すられ、僕はゆっくりと目を開けた。

 激闘の疲れも取れ、すっきりと目覚めると、優香姉がベッドの傍らに立っていた。時計を見ると、僕が寝てからすでに三時間が経過している。


「ふぁ……わかった。起きるよ」

「ん、じゃあ先に行ってるねー」


 優香姉は足取りも軽く、ご機嫌な様子でリビングへと向かっていった。


「……よく寝たぁ」


 僕は大きく背伸びをして、ベッドから立ち上がる。

 部屋の中は妙に静かだった。いつもならゲームの音や、ノクスたちが騒ぐ声が聞こえるはずなのに、物音一つしない。みんなも優香姉と一緒にリビングへ行ったのだろう。


 そう思い、部屋を出ようとした僕の視界の端に、それは映った。


「…………え?」


 僕は一瞬で残っていた眠気が吹き飛んだ。

 モニターの前に、真っ白になった動物(?)の置き物が三つ、綺麗に並んで座っていたのだ。


「ノ、ノクス……? クオン? フェン……?」


 よく見ると、それは置き物ではなかった。

 完全に魂が抜け、文字通り「真っ白な灰」と化して燃え尽きた、三人の姿だった。ピクリとも動かず、虚空を見つめている。

 僕は恐る恐る、彼らの正面にあるモニターへ視線を移した。


 そこには、残酷なリザルト(最終結果)画面が映し出されていた。


 天文学的なプラススコア(総資産)を叩き出し、ぶっちぎりの一位に君臨する優香姉の名前。

 そしてその下には、見事なまでにカンストした『マイナススコア(莫大な借金)』を背負い、スッカラカンになった三人の名前が、赤字でデカデカと表示されていた。


 優香姉が手に入れた「物件を奪うカード」や「借金を押し付ける凶悪なキャラクターカード」によって、三時間かけて築き上げた彼らの資産は、たった数ターンで全て更地にされたのだろ

う。


「……あー、なるほどね」


 全てを察した僕は、触れてはいけないものを見たように静かに苦笑いした。

 勝負の世界は非情である。


「……先に行くね」


 僕は、微動だにしない真っ白な三つの置き物にそっと声をかけると、彼らのご冥福を祈りながら、温かい夕飯が待つリビングへと向かうのだった。

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