在追崎病棟備忘録
@Kanoshiro
或る男
この世界は狂っちまったみたいだ。
今朝だって、せわしなく歩き回る丸眼鏡は木人形に絶えず話しかけて、薄桃色の肌の生物は、善意か悪意か分からないが、とんでもない色のナニかを差し出してくる。正直手を付ける気にならない。
俺自身の居るところも不気味だ。影との境界が曖昧になるくらい明るい部屋で、しかもそれこそ踏み固められた雪みたいに白くて冷たい。それでいて海の見える丘の上に建っているってのが謎だ。この程度の部屋、コンクリートオーシャンにはありふれているだろうに。
なにより、自分がこの状況を理解できていないというのがあまりにも末恐ろしい。何が嬉しくてこんな不可解な世界に身を置いているんだ。
外の景色はあまりにも綺麗で、透明で、無垢で、多少の残酷さを孕んでいる。屋根の下は綺麗で、それでいてどこか濁っていて、各々が思惑の交錯するのを、ふぅっと浮かびながら眺めている。でも、第三者でいることなんてできないんだな。
どうやらもう数十分経っていたようで、出されたものに手をつけようとしない俺を見てか、あの謎生物は悲しげな後ろ姿とともに持っていった。
孤独だ。孤独。どこまでも一人でいる。
同種の存在しなくなった世界に生きる最後の一匹は何を思うのか?問いだけが駆け巡って、言葉にはならずに同化していく。
人生は問いの連続だなんてよく言ったものだが、問うてばかりで答を渋り続けていたら、その瞬間に人生は終わり無き迷宮となる。
いや、もとから人生は終わりなんてない迷宮なんだろうけど。それを認識しているのとそうでないのとじゃあ、前者があまりにも冷酷すぎる。
さて、今私は部屋に存在している。それでも足が浮いているのは、閉鎖されているからだと信じたい。
理由は知るよしもないが、さわやかな風の吹きそうな丘が眼下に広がっているのに、少しも外に出たいとは思えない。謎の力で部屋に押し留められているのを、何の疑問もなく享受している。
精神は疑問を呈しているが、本能は受け入れた。
直感的に分かるのだ。従う方が痛い思いをしないと。
まあ、どちらにせよ変わらん。どうせいづれ果てるだけの話だ。
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