08/13話:仲直りのビン
スペースコロニー内で、黒百合が舞っている。
ナデシコが必死になって、弓矢をつがい、放つ。
カタナに持ち替える。
ガンプラバトル用の粒子、「GM粒子」もふわりと舞う。
「セイィ!」
ナデシコの覇気が相手のAGE-1タイタスを捉えた。
斬撃がタイタスのショルダーアーマーに食い込む。
「やったか!?」
「くぅぅ!?」
…ではない!?フラグを立ててしまったか!
カタナが肩で止められている。
斬撃が通らない、あそこだけ硬い。
対策され始めたのか……それくらいナデシコは、強い。
対ナデシコへのメタ戦術が研究され始めている。
「だああああ!!」
タイタスのカウンター、ビームラリアットを避けたナデシコは、カタナすら捨てて殴りはじめた。
殴る蹴るの大乱闘でスマッシュなアレだ。
で、でも…それをゴリゴリ格闘機のタイタス相手に!?
大破!! WINNER:"The"Jin !!
「対戦、ありがとうございました!!」
…できらぁ!って、できるんかい!?
確かにアレなら、対策のしようはない。かなり前にナデシコは「頭のバルカン撃つくらいなら殴る!」とガッツポーズしていたが、割とそれは本当だったのか。いまさら不思議でもないけど。
しかし、このままではダメだ。
明らかに限界が来ている、カタナや弓がもう持たない。
予備をいくら持ち込んでもムダだ。黒百合も、もうそろそろ寿命と見る。
そう、このままでは、ダメだ。
「おつかれ、ナデシコ、ごめんね。」
缶コーラを対戦が終わったナデシコに手渡す。
「うん、でも”ごめんね?”」
「カタナとか弓ね。不甲斐ない。」
黒百合をそっとケースに戻しながら労る。
もちろん、カタナや弓も。
「そう、だね。さすがに、そろそろ厳しい。」
そう思う。そしてそろそろ、いろいろ限界だ。
武器方面は、特に、早く対策を打たないと危ない。
「一回、休もう。」
「賛成!」
一度、お互いの家に帰って、休むこととなった。
自分の部屋、プレハブの掘っ立て小屋、そこに灯りをつける。
なんだか、久しぶりのワタシの部屋だ。
相変わらず、好き勝手に散らかっている。
コレが落ち着いたら、綺麗に片付けよう。
ナデシコをここに呼びたいけど、今は流石に見せられる状況じゃない。
もう、日も落ち始めている。
仕込んでおいた試行錯誤の確認と、分析と、調べごとを、ほんの少しだけして、今日は早く寝てしまおう。
早く寝てしまいたい、とても疲れた。
だが、そうは、ならなかった。
ならなかったんだよ。
「どういうことだ?サカキ!」
今ワタシは応接室の机を挟んで、サカキさんとワタシで向かい合い座っている。
今のワタシはとても冷静さを欠いている。
ウチの…おとーさんの山田製作所の平凡ないちスタッフ「サカキさん」こいつは、とんだタヌキだ。とんでもないホコリを、ワタシの知らない「何か」をここに持ち込んでる。
書類を叩きつけて、サカキさん…もうサカキだ、サカキでいい、を問い詰める。
数十枚のコピー用意を叩きつけた。これはおかしい。
まるで尋問だ。
すっかり日も落ちてしまった。
「……。」
サカキは書類をひたすら読み続けている。
書類、1つの英語の論文と、それに近い特許申請、そして拒絶…拒絶…拒絶…最後に無理やりだけど、通っている。
別名義だ。なにかの権利争いかもしれない。
大学の研究室と、「GM粒子」の大元、大きな企業。
「コレの秘密が、そこにある。」
小さなビンをふたつ、机に置く。
ひとつは、今までアソビ道具に使っていた「GM粒子」のサンプルだ。
これは現行でガンプラバトルに使われている「GM粒子」。
これがあるから、ガンプラが生きているように素晴らしく動く。
その素晴らしい仕組みの火種が、ビンの中で粒子とその活性化剤が分散しきれずに、層をつくっている。
「知ってる?」
もう片方のビンを指差す。
粒子記憶型再構成:最初の論文では「P.R.I.S.M.(Prismatic Residual Imprint System Matrix)」と略されていた。
”原初の論文”、”オリジナルの素材”、”はじまりの火種”。
そう…すべてのはじまり。
その溶液。そうとは明かされなかったけど、これはそれとしか思えない。
だが、サカキは応えない。
オトナを、まだ高校生であるワタシが、こういう風に責めていいのか、わからない。でももう手段がない。これしかない。
この素材は…「黒百合」のカタナや弓のために、おとーさんが用意してくれたものだ。
だがちがう、これはネットでいくら探しても「GM粒子」に、こんなものはない。
おとーさんに聞いてもはぐらかされるだろうが……。
これは権利争いに勝った、企業の「GM粒子」じゃない。
敗北者の”P.R.I.S.M.”だ、これは。確信がある。
最初は小さな違和感だった。「GM粒子」より少し軽い。それだけだった。
使い込むうちに、疑惑は核心に変わりつつある。
ナデシコの動きに、カタナや弓が食らいつきすぎている。その仕組みを追っていたら、この論文にたどり着いた。
だけどこれの正体とかは、本当は割とどうでもいい。新しいチカラのために、コレの…敗北者のオリジナルが必要なんだ。
食らいつくためのチカラを宿した、最初に気付いた「誰か」。そのチカラを借りたい。
現にサカキは書類を見て固まったままだ。
ワタシは…アタリを引いている。
敗北者のビンに目を落とす。
”疑惑のビン”の中身はとても美しく混合されていて、時間を置いてもそのままだった。
層ができない、分離しない。
だいぶ前から試行錯誤してたけど、さっき帰ったときのまま。それでも綺麗に混ざっている。
ここまでするのにだいぶ苦労した。ここまでしないとムラが出過ぎて安定して扱い物にならない「ワガママな失敗作」というのは事実なんだろう。
コンコン。
と、控えめな音でドアがノックされて
「さくら…きたけど…?」
ナデシコが来た。ワタシが呼んだ。
気がかり、心当たりがもう一つあった。
「ナデシコ、帰ったばっかりでごめんね。座って、お茶もある、お菓子も。」
「ぜんぜん!あ、最中、もらっていい?」
ナデシコにも座ってもらう。
サカキと向い合せ、まるで尋問か、それこそ面接のような。
ナデシコと親子あんかけスパゲティを食べた日を思い出す。
もう随分懐かしい。
時間が流れる。
ナデシコは最中を頬張っている。
「だんまりか…しかたない、ナデシコにも聞く。」
「私?」
最中のあとのお茶を手に取りつつ、ナデシコが驚く。
ナデシコには何も話してないから、そりゃそうだろう。
「お茶飲みながらでいいよ、ゆっくりきいてね。」
「うん。」
事情を説明する。
”GM粒子”の事、”P.R.I.S.M.”の事…それがある大学の研究室で始まったもので……。
ナデシコも興味を持ったのか、ビンを手にして光にかざしたりし始めた。
そこに……ひとつのピースをはめる。
「カズタツ・サカキ」
論文の連名に指を指す。
サカキの肩が揺れる、やはり何かを知っている。
でも答えないだろう。
ナデシコはビンを置くと、すました顔で、居心地が悪そうにお茶に口を付けている。
埒が明かない、イチカバチかだ。その手前の、ドイツ語っぽいお名前ふたつ、さらにその手前、教授の次。
やぶれかぶれだ、どうにでもなれ。
「ハジメ・ミョージン」
ぶっ!!
慌てて振り向く。そこには飲んでいたお茶をお約束のように吹き出す、ナデシコの姿があった。
ミョージン…まさかと思ってはいたけど、親戚か、お知り合い?
アタリだ。世間は狭い。
珍しい苗字だもんなぁ……。
「おにいちゃん…私の……」
『はぁ!?』
ワタシとサカキの声がハモった。
世間が狭すぎる。
いったん、ナデシコ・ミョージンの粗相の始末をつけ、落ち着いて話を聞くことになった。
夜が更け始めている。
残された時間は少ない。
次のマッチは3日後だ。その1日もじきに終わる。
相手はよりによって、あの「ガンプラギャング」。ランナーを求める「ガンプラギャング」。
強敵の難物だ。ココは落とせない。負けるとランナーを渡さないといけない。負けるとランナーをあげないといけないオヤクソク。いや、別にそれはあげてもいいけど。
でも、何より今度のステージは「模型店 ホライゾン」、地元、ここのすぐ近く。時間をフルに使える。手札があれば勝てる。逆に、今のままでは、まず勝てない。
そしてここで勝てば、ファイナルステージに行ける。
負けられない。サカキに全てが、かかっている。
「1つ確認したい、サカキ。このハジメさんは、知ってる?」
その手札を抱えているであろうサカキが、おずおずと答え始めた。
「知っている。」
「どんなヒト?時間がない、全部教えて。」
観念したようにサカキが語りだす。
やっとだ、やっと止まった歯車が、回り始めた。
「多くは知らない……僕が研究室に入って、1年でゴタゴタして、解散しちゃったんだ。」
「研究室の解散?あるの?そんなこと?」
「解散は珍しいことじゃない。でも…その粒子の研究が原因だ。その途中で、研究室枠ごと消えた。」
「で、そのあとに、この特許攻勢?」
「そう、だから、なにか大きな力が働いたと思った。裏切られて、失望して、努力を無碍にされたような。」
「だから留年した、一龍、イチリュー…ってネタにしてたわけか……」
「うん、明神さん、ハジメさんは、とてもすごい人だった。自分よりずっとオトナで……」
「まった」
やはりそこがひっかかる。頭の中で、うだつの上がらない弁護士が顎をさわり始める。あのヒトはどっちかっていうと探偵だろと思いつつ……、違和感の震源地、そう、ここで出てきた登場人物、その中で1人だけオカシイ要素を持つヒト。
違和感の塊。
ナデシコ、その人へ振り返る。
「また…私?」
ナデシコが疑問そうにこちらをみる。
そうだ、違和感の正体。ここだ。
「おにいさん…だよね?」
「うん」
あきらかにおかしい。
ワタシはひとりっこだから、そのへんがわからない。だから、ちがうのかもしれない。
でも……。
「異議あり!」
頭で逆転BGMが流れ始めた、ここだ。ここになにか、おおきなピースが隠れている!
「だってサカキ、今年25歳でしょ!?だよね!?ハジメ・ミョージンさんはそれより年上ってコトにならない!?だって!ナデシコまだ17よね!?」
俯いたナデシコが恥ずかしそうに漏らす。
「12さい…離れてる…離れてた。おにいちゃんと」
……繋がった。
なにが繋がったのか、わからないが、つながった。なるほど、小中高まるまるか。ようやくでっかい違和感を、釣り上げて仕留めた。
カチカチと応接室の時計、その秒針の音が流れる。止まった時間も進み始めた。
ハジメさんは2年前に亡くなったらしい。ナデシコには聞けない、傷つけるなら聞きたくない。ワタシだって、おかーさんを思い出すのは、辛い。同じように家族を亡くして…重なる。
嫌な考えにアタマを支配されそうになった。ぶわわと、頭が真っ白になる、アタマが支配されてゆく。ああ、あのイヤな感覚だ。だが、もういい、下がれ、フラッシュバック。どうせまた寝床で来るんだろう?なら今は下がれ。後にしろ。
ふぅ、とため息をつく。ここで強引にすることも出来るけど、たぶんワタシへダメージが来る。こうかはばつぐんだ!ってレベルに。そしてそれは、みんなのためにもならない。ならば、しかたない、手を変えて丁寧にやろう。
「で、サカキ、観念しろ、どこまで知ってる。」
サカキが天井を仰ぐ。
「守秘義務もあるし、全部は言えないんだ。それに…義理や、約束もある。」
「持って回った言い方だね。」
「ゆるして欲しい。」
「…ナデシコのことは?」
サカキは応えない。
ナデシコは顔を伏せる。
「…ごめん」
明らかな地雷を踏んだ。
でも、やはりコイツはタヌキだった。その答えは何かあると同義。でも深くは知らなかったとみる。
どうにも、悪いタヌキではなさそうだ。
「さっきも言ったように、時間がない。」
ワタシが切り出す。
ナデシコは何も知らなかった。知らなくてよかったのかも。
「話を聞こう。」
サカキの声が越後屋と悪代官のような、悪いヒトのトーンに堕ちる。
たぶん「新しい巧みを思いついた技術屋」ってみんなこうだ。
だから勘違いされる。
「…や、やめてよ?危ないコトは?」
おろおろするナデシコを、手で静止する。
大丈夫、一線は越えない。
「”P.R.I.S.M.”のオリジナルだけ、ほしい。レジンとして扱うために仕方ないんだろうけど、粘度が上がりすぎてる。」
「ダメだ」
「守秘義務?今更?」
「ちがう!分散できないんだ!渡してもムダ!上手く使うには、高粘度で!撹拌して!すぐに固めてしまわないと!活性化剤が分離して!アレの配合がベストで!それでも!どんなに!どんなに!!微粉化しても!どうしても!分散が!不十分で!そこで!解決できずに!!あれから何度も!何年も!ずっと!その中身…みたいに…?」
ナデシコが手遊びしている、ビン。”P.R.I.S.M.”の入った敗北者のビンを指差す。
水のようにさらさらして透き通る、光を通す綺麗な液体……それで「敗北者のビン」は満たされていた。
「あ、あれ?層になってない…どうして……どう…して……?」
バカめ、そこはもう「潰した」。コイツはもう生まれ変わった。”P.R.I.S.M.”と活性化剤の不仲には、ワタシも手にしたときから気付いていた。
ドンッ!
と、おとーさんの日本酒の一升ビンも机に置く。
「さくら…お酒は……」
「ちがう!中身!」
「お酒…」
ナデシコがわたわたしている。ちょっとカワイイ。
そしてサカキは、はっとする。
カンのいいやつめ。目の色が変わったのを、ワタシは見逃さない。やはりタヌキだ。だが、いいタヌキだ。いいぞ、食いつけ。
「”P.R.I.S.M.”溶液内でも麹菌は、活きた。レジンを抜くのに苦労した。でも添加剤が邪魔。」
最後のピースをワタシがはめる。飲み会で、不仲なふたりを仲直りさせた。ワタシはまだお酒を飲んだことがないので、想像でしかない。
「あ…あみ…の…アミノ酸…!?ああああああ!!」
だが、それを見て、サカキは、崩れ落ちた。何年間分もの、積もりに積もった慟哭が応接間に響く。恐らくだけど、トラウマだったのかも。この不仲が。サカキの心のなかで、ずっとふつふつとせめぎ合っていたのかもしれない。それが大きくなりすぎて、動けなくなって、心残りで。もしかしたら、ずっと、やってたのかもしれない。でも、ヒトの心や真実は分からない。これも、想像でしかない。
今、ナデシコが手にしているビンの中では、麹菌クン達が大暴れして、”P.R.I.S.M.”と活性化剤の因縁を混ぜ混ぜして解きほぐし続けている。
正確には「仲直りのきっかけ」を作り続けている。発酵が進んでいる間だけは安定分散する。突拍子もなくて自信がなかったけど、その専門家のサカキの、この反応見る限り。正解を引いたと見ていい。たぶん、この話は終わった。
「サカキ…さん、ごめん、ありがと」
”原初のP.R.I.S.M.”、ソレの提供に同意してくれたサカキさんは、嗚咽を漏らしながらただ頷くだけだった。ワタシはその肩を、優しく撫でることしかできなかった。
だが謎は残る。
ウチ、山田製作所とサカキ(さん無しに戻った)の接点が無い。ナデシコの事も、少しは知ってた。元から。
あとは「ナデシコ」と「おにーちゃん」…「ハジメさん」…なにか、因縁がありそう。だけど、なにかはわからない。
でもそれらを、見つけられていない。ワタシは探偵じゃない。それに、それをさぐるのは悪趣味だ。ふたりの古傷をえぐってしまうのだろう。傷つけたくない。
それに、何より、それが「イイモノ」に関係があるとは思えない。
その日はすぐに解散になった。
マッチ会場は「模型店ホライゾン」…因縁深き「ホライゾン」だ。
ここから逃れられない気がする。
そこで「ガンプラギャング」と一大デュエル。
さすがに落とせない。落としたくはない。
ナデシコのためワタシのためもあるけど、”P.R.I.S.M.”が「勝たせてくれ」と囁いている、ワタシのなにかに。
その晩、フラッシュバック……ヤツは来なかった。あんだけ皆を巻き込んだのに。だれもワタシの名前を呼んでこない。ワタシを叱る声が聞こえない。
ソレが妙に落ち着かなくて、スマホをつつきたくなった。でも、それもやめた。だから寝袋で少し丸くなる。手足をもぞもぞと動かす。フラッシュバック、ワタシを叱る謎の声、それらがないならないで、なんか落ち着かない。ワタシの一生をココまで苦しめてきた悪友だ…だった。でも心地良い、嬉しくて、少しホッとしている。でもすこしさみしい。はじめてのワタシがそこに居た。
日が明けた。清々しい。
2日で武器も機体もはムリだ。
だからせめてカタナと弓だけでも、最終バージョンにあげることになった。でないと、負ける。
この際、命名もしてしまおうという話になる。
カタナ、弓、無銘ではだめだ。もうその範疇を超えた。
カタナは「インガ・ゼツ」太刀のインガと脇差しのゼツ。
弓は「リンネ」。
ナデシコの命名で、なにか思うところはあるらしい。
深くは聞けなかった。
それくらい、この界隈の世間が狭すぎる。何かの呪縛めいたものすら感じてしまう。
だれかが、ずっとそばで見守ってくれているような、優しさがつきまとっている。
ひるがえって。
カタナ、弓、それぞれの素材はレジンなんかの樹脂ではもう持たないだろう。
そこはわかっていた。
「主要部分に金属を使いたい。」
そうつたえると、おとーちゃんもサカキも製作所の皆も笑い出した。
でも目が燃えている、そういう人たちなんだろう。夢と希望が溢れている。本当は言いたくなかった。ワタシたちの遊びに巻き込みたくなかった。でも、高精度の金属加工は、ワタシにはできない。頼るしかない。
寸法…長さとかカタチのデータを、製作所のヒトに渡すと、あっというまにNCプログラム(金属を加工するのに必要な形式)に作り直してくれた。それどころか、そのまま近所の別工場へデータを送ってから車を走らせて、すぐに取ってきてくれるらしい。本当にありがとうございます。
”P.R.I.S.M.”を収めるケースは、100均のアルミパイプ、ストローででっち上げた。それにネジを切る。
そこへ例の”秘伝のP.R.I.S.M.溶液”を収めるのだ。
「マゼモン無しの”P.R.I.S.M.”です。出処は聞かないで。」
”P.R.I.S.M.”の元をサカキがそう茶化しながら手渡してきた。夏の日差しでキラキラ光る”P.R.I.S.M.”の粉末、そして因縁の活性化剤。粉だったのか、元々は。
「やっぱり危険な香りするんだけど!?」
それらを眺めていると、後ろのナデシコが茶化す。和やかな笑いが、工場に吸い込まれてゆく。ここの不和も、少しだけ無くしてくれたみたい。
でもまだ、なんだろう。ナデシコの胸の奥には、何か……深い陰、哀しみのような何か…それを感じる時がある。前よりずっと良くなってる気がする、笑顔がとても増えた。でも何か、燻っている。ワタシの気のせいかも、しれないけど。たぶん「おにいちゃん」「ハジメさん」の事かも。聞けない、聞けるはずがない。
さて。
山田製作所、いや、みんなのチカラ結晶。
敗北者たる”P.R.I.S.M.”
それが、リンネ・インガ・ゼツ。
それがこの、生まれ変わった、敗北者たちだ。
怒涛の2と1/2日間が過ぎた。
ワタシたちの中で大きくなり過ぎた「模型店 ホライゾン」、そして相手はあのガンプラギャング。高ランカーだ。勝てばファイナルステージ、そして優勝に相当近くなる。外せない。
カレは本気の機体「HG(ハイパー・グレート)バスター・ガンダム」を引っ提げてやってきた。
アレは手強い。ような気がする。名前は…そんなに好みじゃないけど。
あと、ここを落としたら、何かが崩れる気がする。
さて……時間だ、はじまる。
LAUNCH!! ガンプラバトル!スタート!!
「対戦、よろしく
「フハハハ!再び舞い戻ったか!ワコード!!」
お願いします!」
「うれしいぞ!」
「それはどうも!!」
「ホライゾン」がやかましい。
話によると、ナデシコはギャングと因縁があるらしい。
あんなに燃えている「ナデシコ」をみるのは久々だ。
リンネ・インガ・ゼツ
いいものにできてよかった。
「フハハハハハ!!キサマのランナーも!いただくぞ!!」
ギャングのHGバスターが月面を飛んでいる。
速い!たしかあの機体は、「GAU」って箱型の拡張ユニットを詰んでいたはず。
いま肩についているアレ。今はブースターモードで、キレイな「GM粒子」の尾を引いている。「GAU」アレの完成度は危険だ。アレだけ取っても他の参加者とはレベルが違う、比較にすらならない性能を誇っている。強い。
ナデシコの黒百合は、静寂の月面で凛とリンネの弓を「押している」。音が聞こえてこない。だが、ビンの活性化が始まった。静寂の中に光が漏れる。
静と動で対称的。
「みつけたぞ!ワコード!さぁ!ランナーをよこせ!!」
動というより慟だな、コリャ。
ビュッ!
ナデシコの矢が空を裂く。
「パンツァー!アブヴェーア!コンヴェルゲンツ!!シュプリッター!カノーネ!!!」
訳:対装甲収束散弾砲!(ドイツ語)
やかましくガンプラギャングが叫びながら放つ。もうちょっと短い名前にしろ。
だが、そのやかましさ。それを掻き分けて、リンネの矢がHGバスターをかすめる。
「ぬぁにぃ!?」
そうそう打ち消すことは出来ない。
カラクリはこうだ。
素材強度を上げるためには樹脂ではなく、金属にするしかなかった。だが金属にマゼモノはできない。だから、カタナの鞘、弓のつがえる部分。ここに”P.R.I.S.M.”の入ったビンを取り付ける。
鞘に納めたり、矢を放つとき、刀身なんかの金属部分に”秘伝の高純度P.R.I.S.M.”をまぶせる。これなら短期間だけだけど、このガンプラバトルのシステム下、たとえそれが金属であってもチカラを発揮できる。塗装で、これは真似できない。
ここでまぶせるモノにムラがあると、弾道が歪む、斬撃が鈍る。あの分散は絶対に必要不可欠だった。
そこが大事な部分だった、よかった、機能している。想像以上だ。感動すら覚える。
「よし!では!!」
HGバスターが「GAU」を組み替えてはじめた。
なにかまずい、マズい気がする!
「ナデシコ!にの矢!さんの矢!」
「了」
「あまいぞ!ワコード!!」
HGバスターも応射する。
キレイな「GM粒子」が舞う…いや?
「ウルトラ!!」
いや、ちがう!あれは!!
「ホッホプルス!フェルンライヒ!ヴァイテン!!
「よけて!ナデシコ!!」「了」
インター!ヴァルフォイアー!プロイェク!ツィオンス!カノーネッ!!」
訳:超高パルス波長射程断続投射砲!(ドイツ語)
ガンプラギャングが叫ぶ、ワタシが言う。それより先にナデシコは舞うように避けていた。
あとやかましい。
だめだ!「リンネの矢」が負けてる!!
飛び退いた黒百合の位置に、一際美しいビームの放射光……「GM粒子」の発光では、とても説明できないもの……異質な光源が突き刺さる!
そうだ、あれは”P.R.I.S.M.”だ!
でないと”リンネの矢”をかき消すなんて出来ないはず!
HG(バイパーグレート)バスター、あれの目玉装備「GAU」ガンバレル・アンプ・ユニット……アレにだけ”P.R.I.S.M.”が混ぜ込んである!
でもなぜ!?カレも"P.R.I.S.M.”を持っている!?
「フハハハ!流石だ!だが!この距離ではな!!」
やはりやかましい。
でもだめだ、やかましいのもあるが、いまはあっちの"P.R.I.S.M.”とか気にしてる場合じゃない。
「どうする!?」
ナデシコも異常に気づいたらしく、悲痛にワタシに問いかけてくる。でも、もう時間を使いすぎた!今、距離を詰めても決め手に欠ける!攻めちゃいけない!
「よけて!あと24秒!」
「了!」
心苦しい。どうか……。
ナデシコが、黒百合が、なりふり構わず避ける。
ギッギッと関節、股関節が軋んでいるのが判る。
そろそろ、機体の寿命が近い。
もって、黒百合……。
「ぐぁ!」
脚に散弾があたった!
マズい!見ていられない!このままじゃ……!
タイムアップ!
ポイント!ガンプラギャング!
現実に引き戻された、時間を見られなかった。
救われた。
だめだ、急げ!!
「どうする!?」
今度はワタシがナデシコに問う。
「斬るしか無い」
「それしかないね」
会話も短く、機体を修理する。
そのうえで股関節の動きを重点に診る。よさそうだ。けど厳しい。動かしすぎて、根本が白化してる。
「黒百合…もうだめ?」
ナデシコの心配そうな声。
「今回は、やれる」
気休めにしかならない。でも、やるしかない。
少しヒートガンで温めて、強引になおす。
今回だけだ、やってくれ。
黒百合。
「できた!いって!!」
「了っ!」
ナデシコが駆けてゆく。
今度はワタシが動けない、すっからかんだ。イスの背もたれに身体を投げ出す。でも、それじゃダメだってわかる。
LAUNCH!! ガンプラバトル!リブート!!
とびおきてモニタにかじりつく。
ナデシコは……稜線を上手く使って、距離を詰めてる。
見えない位置で、相手を読んで……サポートすべきだろうか?
いや?
「がんばって!!」
「応っ!」
野暮だ、2:1はいけない。
「ワタシに追いついたか!ワコード!!」
「なんとか!」
ナデシコ、そして黒百合が全力で駆けて、ようやくガンプラギャングの位置に追いついた。
ナデシコがカタナのハバキに手をかける。
インガのビン、あれで刀身が満たされてゆく。
ナデシコがじわりと脚をさばく。今なら届く!バスター、相手は改造機とはいえ、近接用武装のない、ばすt…
「フハハハハ!!」
ガンプラギャングが「GAU」を両手に装着し始めた。
そんなのアリ!?
「行くぞ!ハィパァー!モォードゥ!!」
ギャングがボクサーのようにファイティングポーズをとった。
バスターガンダムがマックスターになってる。
原作ファンが激怒しそうだ。
「インガ!」
ナデシコもカタナを抜いた。
刀身の”P.R.I.S.M.”が尾を引く。
「ほう!?」
ガンプラギャングが止まる。
「キサマも”P.R.I.S.M.”…まさに!インガ!」
ガンプラギャングの両手、GAUが光り始める。
勝負は恐らく、一瞬で…!
「クーゲルシュラーク!」
訳:弾丸打撃!(ドイツ語)
先に動いたのはガンプラギャングのHGバスター。
「くっ!」
ナデシコはそれをあっさりとかわしてみせた。
ヒュッ!!
だがナデシコの斬撃も虚しく空を断つ。
また距離が空く。
「万全ではないか!嬉しいぞ!ワコード!!」
「その節はどうも!」
あのふたり…知り合い!?
そういえば、ドイツ語?最近…どこかで…?
”P.R.I.S.M.”……
「決着をつけよう!その!インガと!!」
「ええ!」
両者が加速する、ぶつかり合う……。
だめだ、目が離せない。
「インガ!!」
「クーゲルファウスト!!」
訳:弾丸拳!(ドイツ語)
「ゼツ!!!」
ナデシコのインガも、ガンプラギャングの拳も、お互いには届かなかった。
でも、脇差し…ゼツが、ガンプラギャングの「HGバスター」の脇腹を、捉えている。
このインガを、絶った。
「……みごと!」
ガンプラギャングが、アワレ、爆発四散した。インガオホー!
大破!! WINNER:"The"Jin !!
「対戦、ありがとうございました!!」
ガンプラギャングは散った。
対戦後、話を聞こうとバトルポッドに駆け寄ると、すでにもぬけの殻だった。
慌てて外へ飛び出すと、高笑いとともに、デカいバイクで去ってゆく彼の背中が夕日に光っていた。
あ、赤信号に捕まってる。
まぁいいか、放おっておこう。
店内に戻ると、ナデシコが彼の座っていたバトルポッドのシートから名刺のようなものを見つけたと伝えに来た。そのままにしてあるそうなので、中へ見に行くことになる。えらい!でかした!現場保持できるとは!できる探偵助手になったな!ナデシコ!
Schreiber Ursprung(シュライバー・ウアシュプルング)
肩書は、「GM粒子」…あの企業の…研究主任。
そして、この名前は覚えている。あの論文の、ハジメ・ミョージン。その後に、名前のあった、ドイツ語の人物だ。2人のうちのひとり。
裏面には……。
Danke, Sakura-Forscherin !!
と、ドイツ語の筆記体で書かれてある。ありがとう、さくら?ここまでは読めた。でも、なんだろう?この単語……。
「ありがとう、さくら……研究員…」
ナデシコがつぶやく。研究員と読むのか…え?ワタシ?筒抜け?なんだ?どうして?
バトルポッドにナデシコとふたり、首をっ込んだまま顔を合わせる。
「帰りましょうか、ふたりとも」
後ろから急に声をかけられた。振り返ると、サカキが優しくほほえんでいる。
くっ、このタヌキから……か。と思いつつ、深呼吸をする。いかんいかん。HGバスターのGAU、アレも元からしてああいうべらぼうな強さだった。化けの皮が剥がせたのは大きい。
ああもう!仕方ない!本音では癪だ。思えば、ワタシもなんでサカキに…コイツに、強く当たるのか自分でもわからない。コイツと居ると、妙に落ち着かない!でもこのままじゃ、筋が通らない。
「ありがとう、サカキさん。あと、おつかれさま」
しかし、世間がすごく狭い。
でもおそらく、何かが、ずっとここで起きている。
やさしい、何かが起きているんだ。あたたかい、誰かの遺した仕組みが。
3日後、山田製作所にいよいよ来た。
宛名は「ブロッサム・ワークス」ナデシコとワタシと、みんな…あと、サカキの、みんなで掴んだ。ファイナルステージへのチケットだ。
ファイナルステージ、東京、臨海のバトルフィールド。
もう戻れない、仕組みとかは関係ない。もう、進むしか無いんだ。
あと、もう一つ、大きな事が判明した。
麹菌クン達の活躍は、最後の一押しでしかなかった。
サカキの長年の…執念のような、ヘビのような食らいつく努力。
その”努力賞のP.R.I.S.M.”
麹菌クン達のお気に入りはソレだけらしい。
「サカキ……これ、誰かに、伝えたの?」
「"小さな研究員に手柄を取られた"とだけ。だってコレは、さくらさんのモノですし」
「……」
サカキの胸を軽く、どついた。
やっぱりコイツ、可愛くない。
次回!!
ガンプラバトル・ジェネレーションズ
09/13話:フルメタル・ギャング・ジャキット(Jackit)!!
乞う ご期待!!
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