第3話 追放 セントポート
「国王様、伝令です! 被検体、エリー・ホーリーフィールドを発見! 既に討伐され、死亡を確認したとのことです!」
「まことか!」
王はホッと胸を撫でおろす。
だが、次の言葉に再び緊張が走る。
「え、ええ……。しかし、被検体を討伐した魔術学院の生徒が感染した模様。その後冒険者一名が交戦しましたが魔術学院生は逃走。感染した生徒はノア・アルバート。既に魔術学院生の氏名、容姿は各所に伝えています」
なんてことだ。
まだ終わっていない、しかも次の感染者は王である私も知っている。
ノア・アルバート。
アルバート卿の娘の一人であり、若くして魔術学院にて魔石による魔法の増幅、減衰機構を発見した天才。
そんな彼女が魔王化した。
アルバート卿になんと言えば……、いやいや、まずはこの事態の収拾が最優先だ。
「ノア・アルバートを討伐せよ……!」
これ以上国民に被害が及ばぬよう、国王は再び依頼を出すのであった。
♦
衛兵の聞き取りから解放され、俺は再びギルドへと向かった。
あの子の名前はノア、と言うらしい。クエストボードに新しく張られた依頼にそう書いてあった。
俺は、金も稼がないといけなかったので再び薬草の採取へと向かった。
ノアが教えてくれた薬草の見分け方、未だ毒消し草との違いが分からないが、ただひたすらに、気を紛らわせるように採取しまくった。
だけど、涙が溢れてくる。
人が、目の前で人ならざる者になったのだ。
それも冷たいながらもこんな右も左も分からない俺に親切にしてくれたあの子が。
――俺は、どうしてこの世界に召喚されたんだ?
魔物がいない世界ならこんな聖剣なんて宝の持ち腐れだ。
いや、そもそも転生ってのは若くして死んだ人への続きの人生自体が報酬なのか。
であれば、その世界が崩壊していない限り転生する世界はどこだっていいわけだ。
悶々としながら、クエストを終え、街に戻り宿屋へ行く。
異世界にきて初めてのベッドで睡眠だというのに、何の感情も湧かなかった。
♦
翌朝、街は大騒ぎになっていた。
あちこちでゾンビが発生しているらしい。
まあ、パニックものではありがちだがこういうのってネズミ算的に増えていくからな。
しかもこんな壁に囲まれた都市だ、下手をすれば一週間もかからずに全員感染するんじゃないか。
一晩寝て、俺にはなにも変化が無いようだからやはり俺は聖剣の加護で抗体でも作られたのだろう。
ギルドへ向かうと、ノアの依頼書は剥がされ、ゾンビ全体の討伐依頼書に変わっていた。
ノアは討伐されたのだろうか。
俺は今日も薬草採取の依頼書を手に取る。
俺は、これしか分からないから。
♦
「国王様、報告します――」
「国王! 各機関への対応は――」
「国王、現在他国との国交は一時停止していますが――」
ああ、頭が割れそうだ。
自分で撒いた種だが、もはや収拾が付かない。
我が国は、終わりなのか……。
「王よ、お言葉ですがショランドは滅亡の道を進んでいると存じます。魔王化した民はスラム街を中心に現在確認されているだけでも二十名。数名は討伐されていますが、感染報告が後を絶ちません。国民に、避難の命令を。近隣諸国へ難民の受け入れの連絡を」
「……そのように」
「ハッ! では王も避難の準備を」
「私は最後で構わない」
「しかし!」
「民を置いて逃げる王など国を統べるに値せん! ……いや、この国を滅ぼそうとしているのは私だったな。ともかく、私は全ての民が避難を終えるまでこの国に留まる。其方等は民とともに避難するがよい」
「何を仰いますか。王一人では城門は閉められないでしょう。私も残ります」
「大臣よ」
「あなたの我儘を通すのです。私の我儘も通して頂きたい」
「……好きにするがよい。馬鹿者め」
――王城は慌ただしく、しかし次第に静まり返っていった。
♦
クエストから帰還すると、街は朝よりも騒がしくなっていた。
「おう兄ちゃん! 聞いたか? 王からの勅令で避難命令が出たんだとよ! 兄ちゃんもさっさと身支度して馬車に乗んな!」
ああ、ゾンビに収拾付かなくなった事をようやく知った国が動き出したってところか。
ボーッとしながら一度宿屋へ戻る。
とはいえ、俺の所持品なんて聖剣となけなしの金だけだ。毒消し草も雑貨屋で全て売ったし。
手早く荷物を纏め、西の城門前で待機する。
城門前は人でごった返し、パニック寸前だったが、王立騎士団が辛うじて人の波を制していた。
女子供や老人が優先的に馬車に乗せられ、俺みたいな若者は歩いて隣国まで行くらしい。
その距離徒歩で一週間。
はは、ゲームだと一瞬だけど、これから一週間も歩くのかよ。
まだこの世界にきて三日目だ。
随分とヘヴィでハードモードだこと。
♦
一週間後、ようやく隣国の城壁が見えてきた。
水の都、セントポート。
移動中、王立騎士団による配給で食事を行っていたが、干し肉や味気ないスープなど。
西と東、国民を二分してなおこれだけ人数がいるのだ、しょうがないとは思うが。
聞くところによるとセントポートは海の幸が有名らしく、皆はそれしか頭にないようだった。
俺も、そろそろ心を入れ替えなきゃな……。
ショランド王国から連絡は入っていたが国民全員を城門を通過させるわけにもいかず、俺たちは城門横で難民キャンプを設営した。
逐次審査して少しずつ入国させるらしいが、やはり場所に限りがあり、移住できるのは貴族だけになるかもしれないとのこと。
食料は恵んでくれるし、水の都だから綺麗な水は使い放題だから最低限の生活は出来そうだ。
ショランド王国もセントポートも、大層な城壁を持っているが、これは魔物時代の名残であり、周辺の野生動物はそこまで危険ではない。
ある程度落ち着いたら、また隣の国を目指すか、俺たちで村を作る予定のようだ。
キャンプの設営を手伝いながら、城門へ入って行く馬車を眺める。
なんかあの馬車、荷台がちょっと腐ってないか――。
「キャアアアア!」
突然、耳をつんざくような叫び声が響く。
難民の間に動揺が走り、なにごとかと兵士が確認を取る。
人込みの隙間から見えた件の人物、煌びやかなドレスを纏った金髪の女性の、その首元から血が溢れている。
あれは。
何故、だって、あれは。
その足元を一つの塊がすり抜け、城門の向こうへと駆け出していく。
噛まれた貴族もみるみる豹変し、さらには兵士の首に噛みつく。
――最悪だ。
城門に集まっていた人だかりは蜘蛛の子を散らすように霧散し、兵士と貴族は手あたり次第に周囲の人に襲い掛かる。
ゾンビ化。
現代日本とは違い、国々が独立しているからこそ最悪の事態だって国一つで済んだはずなのに。
なぜ、ゾンビがここにいる。
呆然とする俺たちが眺める城壁の向こうでは、叫び声があちこちで上がっていた。
♦
俺たちは、残った兵士の指示で三日ほど歩いた地点に村を作ることとなった。
セントポートにて起こった事件は、セントポートにて解決するからと、半ば追い出された形だ。
まあ当然だとは思う。
俺たちが訪れなければ起こらなかった事件だ。
最前列で見ていた人の話によると、馬車の荷台の底から飛び出した物体が審査中の貴族に噛みついたらしい。
一週間だぞ? それだけの期間、ゾンビは荷台の底に張り付き、何もしなかったのか?
それに、セントポートに到着した途端、行動を開始した。
これじゃあまるで、全て理解しているみたいじゃないか。
そもそもあれはゾンビなのか? もし理性があって仲間を増やしているのなら、吸血鬼とかの方がイメージは近い気がする。
ああ、いや、これはしたくもない想像だけど。
もし俺があの時ノアを斬れていれば、セントポートでの事件も起こらなかったし、ショランドでの一連の騒動も早々に片付いていたんじゃないか。
――答えは出ない。
あの最初の被験者がノア以外に噛んでいた可能性もあるし、王立研究所とやらにはまだ被検体がいた可能性だってある。
答えは出ない、俺は、まだ異世界で独りぼっちなのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます