非モテプロデューサー色平くん ~モテない陰キャによるラブコメヒロイン育成計画〜

望米

第1話.安寧を求める色平くん


 新しい門出を祝福するかのように、照りつける眩しい太陽。

 ひらひらと散る満開の桜の花びらは一人の男の頭に落ちる。


「くっそ。乙葉のやつ……」


 不貞腐れたような面持ちで、歩みを進める色平いろひら郷音さとね


「高校生活初日がなんだってんだ。俺には家で待ってるヒロインがいたってのに」


 中学三年生の妹である色平乙葉に無理やり叩き出されたのだ。

 現在、郷音は一番家から近いからという理由で通うことに決めた私立 深峰ふかみね学園へ仕方なく足を運んでいた。


「少し寄り道していくか」


 目的地の学校へ行くには本来住宅街を抜けた先にある十字路を右に曲がらないと行けないのだが、郷音はのほほんとした顔で左へ。


「そういえば今日、あれの新刊が出てるんだっけ」


 ポケットから取り出したスマホでラノベの新刊情報を見ながら本屋へと歩みを進める。

 同じ制服を着た生徒たちとすれ違うたびに訝しげな視線を向けられていたが、全く気にしていない様子の郷音。


「あ、あのーーー?学校あっちだよーーー?」

「……はい?」


 眼の前に現れたのは自分より頭一個分小さい茶髪セミロングの美少女。

 いわゆるたぬき顔というやつで上目遣いのまま眉を八の字に歪めているその仕草も並の男ならぐっと来るであろう。

 だがしかし、この人はおそらく不審者だ。

 本屋に行く俺を止めようとするのだから。


「あれれ、おかしいなー。なんで不審者を見つけたような視線を送ってくるのかなー……?」

「え、いや何で学校に誘導するのかなと……俺は本を買いに行きたくて……」

「学校始まっちゃうよー?君見たところ新入生でしょー?初日からおいたはいけません」

「これコスプレです」


 可愛らしい仕草で、『めっ』っと眼前に人差し指を当ててくる眼の前の女生徒。

 俺が先端恐怖症だったら、どうなっていたことか。


「あ、そうだーーー私は二年生東雲桜。私これでも生徒会の書紀してますーーー」

「あ、これはどうも。わたくし新一年生の色平郷音ともうします」

「やっぱりうちの生徒だーーー」

「しまった罠か」

「何をふざけたことしてるの。君たちは」


 やれやれと呆れたように首を振り、ため息をつきながら東雲の後方から歩いてきたのは、彼女とは正反対のクール美女と呼ぶにふさわしい黒髪ポニーテールの美女だった。


「はじめまして、新入生くん。私は南城凛。一応生徒会副会長だ」

「げ」

「心の声が出ちゃってるよ。面白い子だね」


 にっこりと微笑む南城。

 きりっとした面持ちからは想像できない程の優しい笑み。

 これがギャップか。と思わず感心してしまう。


「あのね凛ちゃん。色平くんが学校にいかないで本屋さんに行こうとしてるの!!悪い子でしょ??」


 南城の方へと向き直り、両手で身振り手振り必死に伝える東雲。

 あの小動物のような愛らしさに一体何人がやられたのだろう。

 さて……


「あーーー桜」


 言いにくそうに、クイクイっと後方を指差す凛。


「その色平くんだが、君がこっちを向いてる間に逃げられたようだぞ」

「わー凄い、走り方に運動神経の無さが垣間見えてる……じゃなくて、こらーーー!色平くん!!」


 可愛らしく怒る桜の頭を苦笑しながら撫でる凛。


「あれ、今気の所為じゃなければ、俺の背中にぶっとい針が刺さったような気がしなくもないな」


 すでに小さくなった二人のシルエット。

 安心しきった郷音は、にっこり笑顔で手を振り煽る。


「ふぅ、なんとか回避した」

「なんとか回避した……じゃねぇよ!!なんでお前は登校初日から生徒会に目をつけられてんだよ!!」


 太陽に照らされ、いつもの五倍眩しく見えるこいつは幼なじみの桐山雅人。

 中学ではサッカー部のエースであり、成績優秀頭脳明晰という我が幼なじみながら、住む世界が違う人間代表の一人である。


「お前眩しいんだよ何なの?いつもいつも俺の横で光を放ちやがって、体にLEDライトでも埋め込んでんの?ふざけるなよ、お前がシャンデリアの明かりだとしたら俺はさながら蝿の集る街中の明かりですか?そうですか」

「急に何言ってんだよ、じゃなくて逆走してるんだけどお前」


 俺はただ俺の使命を全うしようとしているだけだ。

 それを妨げようとするこいつは俺の敵。

 今なら何かを成し遂げようとする時、やたらと妨げてくるライバルを疎ましく思う主人公の心情が手に取るようにわかるぜ……


「そうか、第二の難所が来たか幼馴染のよしみで見逃せ」

「それはできないな。乙葉ちゃんからお前のことを監視しろって命令がくだされている」


 なんと周到すぎる手回しか。

 あいつめ。我が妹ながら称賛に値する。


「はっ、あまり陰キャを舐めるなよ。いくらお前がカースト上位のリア充だとしても、こちとら毎日人外と戦ってるんだ」

「……それはゲームの中の話だよな?」

「日々仲間と研鑽しあい、とうとう俺は世界の頂きに立ってしまった」

「なぁ、ゲームの話だよな?」

「くらえ……かぁ、めぇ、はぁ……」


 これは俺の一世一代の大勝負。

 今まで本気を出すことを躊躇っていた俺とは言えど……男には退けない時がある。





















「よーし、じゃあ午前中で終わりといえど、帰りに羽目を外し過ぎないように!」


 時は瞬く間に過ぎ下校時刻。


「やれやれ。仕方なく折れてやったものの。やはり学校というものはつまらん」

「かっこつけるな。普段部屋にこもってゲームばっかやってる帰宅部が走りで俺に勝てると思うな。ってかお前あの走り方どうにかならないの?」


 逃げ足だけは自信のあった郷音だが、あっさり雅人に捕まり結局学校に連行されていた。


「さ、俺らも出るか」

「だな。俺は当初の目的通り本屋に行く」


 窓の外を見ると夕焼けに染まり、グラウンドには部活という青春を謳歌する生徒たちの影が。


 二人は通学用バッグを持つと、教室をあとにする。


「俺は高校でもサッカー部に入るし見学行ってくるわ」

「頑張れ期待のエース」

「気がはえぇよ」


 じゃあなと互いに手を振り、別れる二人。


「さ、行くか」


 階段を一段、また一段と降りる郷音。


「みつけたぁぁぁあああ!!」


 聞き覚えのある声……


「と、いうか今朝聞いたような」

「見つけたよーーー!色平くん?」

「う、うわぁ……」


 今学内で一番見つかってはいけない人物である東雲に指をさされた郷音。


「先輩?知ってますか人に指を指してはいけな「さーー!行くよ色平くん」あれ、え?ちょっと待って」


 郷音の制止など聞くことすらなく、ガッチリと腕を組んで連行する東雲。

 新入生が生徒会二年に連行されるその絵面を物珍しそうにみる視線と、おそらく学園の人気者であろう東雲と腕を組むその場面をよく思わない嫉妬の視線が半分といったところだ。

 いや、待て、嫉妬の視線がかなり痛い。


「はぁ……俺の安寧が……」


 郷音は早々にこの視線から逃れたいがために大人しく連行され、これからはできるだけこの人には目をつけられないようにしようと心に決めたのであった。

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