元社畜、魔族に転生したので悪事でストレス発散します!……のはずがなぜか全て善行扱いに!?
葉柚
第1話
「……疲れた。」
こんなはずじゃあなかった。
都会でバリバリ仕事をこなしてキャリアを積んでキラキラとした生活を送るはずだった。
そう思って4年間有名私立大学に通い、なんとかIT大手の企業に内定をもらい日々仕事に打ち込んできた。
ただ、この仕事というのが思い描いていたことと違って。
もっと仕事というのはキラキラとしたイメージだった。けれど蓋を開けてみれば残業だらけの毎日。
あちらこちらで怒号が飛び交い、気づけばいつの間にか出社してこなくなってしまった社員もいる。
夜勤はないけれど、終電まで残業をすることもザラだった。
働き方改革だなんて言うけれど、うちの会社にはまったく当てはまらなかった。
それどころか残業代ですら36協定を超す分については支払われていない。36協定で決められた残業時間を超えた場合は自動的に残業時間が繰り越されて翌月分として支払われることになっている。
翌月になればなったで、前月からの繰り越しの残業分で36協定で決められた残業時間を越してしまうため、また次月に繰り越し……と永遠に残業時間が繰り越されていき結局は36協定で決められた残業時間を超えた場合は残業代が支払われないなんてことになっている。
毎日仕事が山のように積みあがっていれば、ちょっとした雑務は誰も手をつけたがらない。雑務は評価に繋がりにくいからだ。
でも、誰かが雑務をしなければ、雑務がたまっていくばかりで……。
「あ、安居さん。明日の会議の資料コピーしておいてくれないかしら?」
「は、はい。わかりましたっ。」
「ありがとう。まったく、パソコン皆持ってるんだから、パソコンで資料共有すればいいのに、パソコン苦手なおじさんたちは紙がいいんだって。嫌になっちゃうわよねぇ。」
2年先輩の梶原さんに言われてしまえば、後輩の私は了承するしかない。
昔みたいにお茶出しをしなくなっただけマシだなんてお局の三井さんは言っていたけれど……。
「あ、安居さん。オレ、コーヒー飲みたい。買ってきてよ。お礼に飲み物おごるからさ。」
「……わかりました。ブラックでいいですか?」
「うん。ブラックで。」
1年先輩の吉井さんにお使いを頼まれてしまった。
広々としたフロア内には自動販売機がすみっこに用意されている。
そこまで行くのも歩いて3分はかかる。だだっ広いフロアは端から端まで結構離れているのだ。
「……コーヒー売り切れてる。」
急ぎ足で自販機に来てみれば、コーヒーは売り切れていた。
それもそのはず。
女性社員は皆終電で仕事を切り上げているが、男性社員の中には家に帰るよりも会社に泊まり込んだ方が楽だと言う人もいる。それゆえ、コーヒーの消費が激しい。
激務による激務。その疲れと眠気を飛ばすためにも皆がこぞってコーヒーを買い求める。
フロアを出た12階と13階の中間地点にある階段の踊り場にもう一つ自販機が置かれている。
もしかして、吉井さんは自販機のコーヒーが売り切れていたことを知っていて私にお願いしたんじゃないでしょうねぇ。なんて疑心暗鬼にかられる。
仕方なく、13階から階段を下りて自販機に向かう。
けれど、疲れからか階段を降りようとしたところで言いようのない眩暈に襲われて、バランスを崩してしまった。階段を降りようとしていたので、右足は宙に浮いており、そのまま階段を転げ落ちていったーーー。
☆☆☆☆☆
「……安居さん…‥‥安居紗耶香さん。」
誰かに名前を呼ばれて私はうっすらと目を開けた。
階段にしこたま打ち付けた身体が痛…‥‥くない?
あれ?
階段から落ちたはずなのにどこも痛くない。それどころか階段から落ちる前に感じていた眩暈もない。
いつもあった倦怠感のようなものもなく、ひどく頭がすっきりとしていた。
「ああ、目が覚めましたね。」
真っ白な空間に真っ白な人影が浮かぶ。
陶器のように白い肌を持つ美人さんが私を覗き込んでいる。この世の物とは思えないほどの美人さんに私は目をぱちくりとさせた。
「さて、突然ですが、あなたは過労でお亡くなりになりました。ご愁傷様です。で、生前あなたは誰よりも仕事を頑張っていたことを評価して、このままその魂を消滅させたくはないと考えたえらいえらーい神様が、あなたを異世界に転生させることを決めました。」
「は、はあ。」
異世界転生……?
私は階段から落ちて頭でも打ったのだろうか。
「はい。で、頑張ったあなたのために、生まれ変わる種族を選ぶ権利を差し上げますってえらいえらーい神様が言ってました。」
「は、はあ。」
種族……?選ぶ……?
人間じゃないの?
大学時代に読んだ小説では異世界の人間に転生して俺つえーをするのが流行っていた。まさか自分がその立場になるだなんて。
でも、大体が異世界に転生してその異世界のために最善を尽くすような話だった。
夢の中でも誰かのために尽くすのはもうやめたい。
だって、私は疲れてしまったのだ。
毎日遅くまで続く残業に、みんなのためにと雑用をこなしていく日々。
感謝はされど会社からの評価はあがらず、消耗する日々。
今度は自分のために生きたいとそう心から思った。
「やっぱり人間かなぁ?」
随分とフレンドリーな美人さんだ。
「どんな種族が選べるんですか?」
どうせ夢だ。現実じゃあない。
現実の私はきっと階段から落ちて気を失っているんだ。死んで転生なんてありえない。
夢の中くらい自分の自由に生きてもいいだろう。
そんな軽い気持ちだった。この時は。
「人間、獣人、エルフ、竜神、それ以外にも望めばなんにでもなれます!ってえらいえらーい神様が言ってました。」
誰かのために尽くすのはもう疲れた。
それならば……。
「魔族って選べますか?」
誰かのために犠牲にならなくていい種族。
誰かのために動かなくていい種族。
私は、それを選んだ。
選んだ……はずなのに……。
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