第10話「新生パーティ」

 ジョージの宣戦布告から一夜が明け、新生希望の灯リバティファイアのお披露目配信当日。



◇◆◇


 この世界では、Dランク冒険者までは攻略済ダンジョンで魔力アバターを使った下積みを行い、Cランク以上から未攻略ダンジョンの探索を正式に許可される。


 未攻略ダンジョン=魔力アバターを使わない命懸けの配信。

 Cランクに昇格したと同時に皆が俺を追放した、その最大の理由でもある。


 だからこそ今日のお披露目配信が、本当の意味での冒険者デビューと言えるだろう。



◇◆◇


 ​俺はアパートの自室から、宙に浮かばせた二台の万能カメラ越しに【北広島ダンジョン】前に集合したメンバーの姿を見ていた。


 盗賊の丈志ジョージがトレードマークの短い顎ヒゲを撫でながら、皆に向かって話し始めた。

​「……俺のせいで急な配信になっちまって、改めてすまねぇな」


 申し訳なさそうなジョージの言葉に、リーダーである赤髪の勇者燈真トウマが首を振る。

​「謝りたいのはこちらの方さ。ジョージのためにも、今日の探索は絶対に成功させよう」


 ​トウマの言葉に、聖女の遥歌ハルカが美しい金色の髪を揺らしながら強く頷いた。

 いつもは眠たげな魔法使い絵舞エマのジト目も今日はキラリと輝いており、気合十分といった様子がモニター越しにも伝わってくる。


 ​ふとジョージが万能カメラの一つに視線を合わせた。


「でもよヒロ、昨日の今日で本当に【黒曜の牙】が襲撃してくるのかね?」

『うん。SNSで告知もしたし、金賀なら必ず何か仕掛けてくると思うよ。来ないなら来ないで、強くなったパーティの冒険を見せるだけさ』


 俺の言葉にジョージは、ああそうだなと決意を新たにする。

 そんな様子を見ていたトウマが思い出したように、自分のマジックポーチから一枚の大きな紙を取り出した。


​「ところでヒロ。昨日くれたこのスクロールだけど、本当にただ持ってるだけで良いのかい?」


​ トウマの手には、広げれば大人の上半身ほどもある大きな紙──複雑な魔法陣が描かれたスクロールが握られている。

 これは俺が「念のための切り札」として、事前にトウマに渡しておいたものだ。


​『ああ。お守り代わりにマジックポーチに入れておいてくれ。効果は……その時が来てからのお楽しみだ』

​「お楽しみ、ね。……わかったよ」

 トウマは頷くと、それ以上は何も聞かずにスクロールをマジックポーチへとしまう。


​「よしっ」

 スクロールをしまったトウマが、パンッと両手を叩いた。乾いた音が響く。


​「さぁ、希望の灯リバティファイアの新たな門出だ──僕たちの冒険で、この世界を希望のひかりで照らしてやろう!」

「『「「おう!」」』」


 ​声が一つに重なる。

 皆はジョージを先頭に、【北広島ダンジョン】の暗い入り口へと迷いなく入っていった。




 パーティーが足を踏み入れた1階層──【妖精の森】と呼ばれるフロア。

 ​ダンジョンによくある薄暗い森ではない。

 森全体がほのかに明るく、木漏れ日のような光が常に満ちている、幻想的な場所だ。


 ──​とはいえ、この【北広島ダンジョン】は未攻略ダンジョン。

 安全装置である【魔力アバター生成魔石】が設置されていないため、探索は生身で行うしかない。

 一歩間違えば死に直結する、命懸けのフィールドだ。


 ​俺は万能カメラ越しに映る皆の姿を、全国に生配信している。

 画面の端に表示される視聴者数は……いつも通りの「0」のままだ。


​(ここからだ。ここから生まれ変わった姿を見せれば、必ず視聴者も増えるはず!)


 ​​俺は意識を集中させ、魔力で五感がリンクしている二台のカメラを遠隔操作しながら、その様子を撮影していく。


 ​俺の仕事は臨場感あふれるカメラワークで皆をかっこよく映し、配信することだ。

 改めて気合を入れ直し、二台のカメラを操作していく。




 ​モニターに映るのは、周囲を警戒しながら先頭を歩くジョージの姿。

 彼がふと足を止め、道の脇にある茂みの中を覗き込んだ。


​「ん? こいつは……『痺れキノコ』だな。胞子が使えるかもしれねぇな」

 ​ジョージは慣れた手つきでキノコを採取すると、腰に下げたマジックポーチの中へ収納していく。


 ​さらに森を進むと今度は水辺でしゃがみ込み、何かを空の小瓶に詰め始めた。

 その背後から金髪の聖女ハルカが、不思議そうに手元をのぞき込む。


​「ねぇジョージ。それ何を採っているのよ?」

「ああ。これは『ネバネバ草の粘液』だぜ」

「わっ、すっごいネバネバ。……で、そんなの集めてどうするのよ?」

「色々使い道はあるが……ま、その時が来てからのお楽しみさ」

 ​ジョージは素材を採りながら、ハルカに向かってウインクして見せた。


 ──その時。


 ジョージの表情が一変し、冗談めかした空気が消えた。彼は真剣な目つきで、森の奥を鋭く見据える。


​「魔物だぜ。……ゴブリンだな、5体いる」


 ​パーティに緊張が走る。

 後方にいた勇者トウマがトレードマークの赤髪をなびかせ、ジョージが見据える先──パーティの最前線へと躍り出た。


​「僕が迎え撃とう」


 ​トウマが剣の柄に手をかけたのとほぼ同時──ガサガサと草を踏む音が急速に近くなり、茂みから緑色の魔物が飛び出してきた。


​「ギャギャ!」

 ​ゴブリンだ。ジョージの見立て通り、きっかり5体。


 ​トウマは冷静だった。

 彼は迷いなく大地を蹴って飛び出すと剣を一閃──4体のゴブリンが両断され、血しぶきを上げて崩れ落ちた。


​「すまない、1体逃した!」

「問題ありません──【ファイヤーボール】」


 ​トウマの謝罪と重なるように、魔法使いエマの声が響く。


「ゲギャッ!?」


 彼女が得意とする無詠唱魔法が即座に放たれ、高速の火の玉が最後のゴブリンを正確に捉えた。

 甲高い悲鳴を上げて燃え上がったゴブリンは、瞬く間に消し炭となる。


​「ありがとうエマ」

「ふふん。この程度、朝飯前です」


 ​トウマが血を払った剣を鞘に戻しながら礼を言うと、エマはジト目をキラリと光らせ、得意げに答えた。


​(うん、皆良い動きだ。お披露目配信だからといって変な気負いはなさそうだな)


 俺は皆の連携に満足しつつ、メインカメラを再びジョージに戻す。

 彼は戦闘の熱気が残る中で、もう他の素材を採取し始めていた。


 ​やがて一行は森を抜け、1階層の出口にたどり着いた。

 そこは地面にぽっかりと口を開けた洞穴で、地下へと続く薄暗い階段が見えている。


​(1階層は、なんの妨害も無かったな……)


 ​今のところは順調な探索だ。

 だがこのまますんなりいくとは考えづらい。金賀の怒りようからいって、必ず手を打ってくるはず。


 そしてもし盗賊団が俺たちを潰しに来るとしたら、それは【妖精の森】じゃない。

 もっと視界が悪くて、ヤツら盗賊が得意とする奇襲が最大限に活きる場所のはずだ。


 ​──つまり、2階層【濃霧の渓谷】は、襲撃場所としてうってつけと言える。


​『皆……ここからが本番だぞ』

 俺はカメラに映る仲間たちを見ながら、静かに呟いた。



​◇


 ​階段を降りた先は、2階層【濃霧の渓渓】。

 その名の通り、フロア全体が視界を遮る深い霧に包まれている。

 一寸先も見通すのが難しいほどだ。


 道は左右を切り立った崖に囲まれた、一本道の渓谷になっている。


 ​まだ2階層ということもあって出現する魔物はゴブリンやコボルト程度。

 慎重に真っ直ぐ進みさえすれば、基本的には問題なく攻略可能なフロアだ。


 ​しかし問題は、この霧と地形。


 所々に生えている木やゴツゴツした岩、そして左右の崖には無数の横穴が空いており、身を隠せる場所には困らない。

 今回の探索では盗賊団【黒曜の牙】の襲撃にも気をつけながら進んでいく必要がある。


​(こういう場所こそ、ジョージの索敵能力の見せ所だな。頼むぜ、切り込み隊長)


 パーティはジョージを先頭にした基本陣形のまま、深い霧に包まれた渓谷をゆっくりと進んでいく。


 ​しかし──やけに静かだ。


 魔物が一匹も姿を見せない。

 霧で湿った空気の中、聞こえるのは仲間たちの足音と、不気味な風の音だけだ。


​「なんだか……何も出てこないわね?」


​ パーティーの後方にいるハルカが呟いた、まさにその瞬間だった。


​ ──ボンッッッ


 ​渓谷の奥、霧の向こう側から大きな爆発音が響き渡った。フロアの空気がビリビリと震える。


​​「なんだっ!?」

「嫌な音ですね……!」

 ​トウマとエマが鋭く警戒の声を上げる。それとほぼ同時だった。


 ──ドドドドドッッ


 今度は何かの大群が走ってくるような地響きの音が、フロア中に鳴り響きはじめた。


 その音に誰よりも早く反応したのは先頭にいたジョージだった。彼は片膝をつき、地面に手のひらを当てて目を閉じる。


 シーフの索敵スキル【振動感知】だ。


 ​数秒の沈黙。


 ──やがてジョージがカッと目を開けた。

 モニターに映るその顔には強い焦りと怒りが滲んでいる。


​「おいおい……とんでもねぇことしてくれるじゃねぇか……!」

​「何か分かったのか、ジョージ?」

 トウマが剣の柄を握りしめ、真剣な声で尋ねる。

 ジョージは立ち上がり、地鳴りが響いてくる渓谷の奥──深い霧の向こう側を睨みつけ、忌々しげに吐き捨てた。


​「ああ……。盗賊団の襲撃なんて生易しいもんじゃねぇ。下の階層のモンスター、それも尋常じゃねぇ数がこっちに向かってきてる……こいつは、モンスタートレインだ……!」

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