存在税未納は即消滅。神でも容赦しない俺は《是無官》だ。
@yukino_mabataki
第1話
「……また、消すだけの日か」
心の中でだけ、何度も言い訳をしている。
けれど手は止まらない。
いつからだ……“消すこと”に慣れてしまったのは。
「是無官(ぜむかん)だ――動くな!」
俺は古びた木製の扉を蹴り上げた。
勢いよく、中へ入る。
身分は、是無局 特殊捜査部門 是無官。
俺の仕事はシンプルだ。
“存在税”を払わねぇ奴は――消す。それだけだ。
人を殺したいわけじゃない。
ただ、この世界で“在るため”には、こうするしかない。
存在税の未払いは“存在の取り消し”。
……未納で生きれると思うなよ。
この世界は、俺にも……優しくねぇ。
ここは、灰色の2階建てで石造の建物だ。
ハッとした数人は、こちらを振り返る。
だがそれは一瞬だけ。
おいおい、動いていいのは心臓だけだぜ?
……走るなら――最後の運動だな。
「存在税、未納。――悪いが消えてもらうか」
思わずニヤリとしちまう。
「払わねぇだけで殺すってのかよ!?」
「殺すんじゃねぇ。“生きれねぇ”だけだ。
……お前も知ってんだろ、存在証明の維持には税がいるってな」
「チッ……そんな理屈、知ってるさ。だが払えなきゃ終わりかよ……!」
十数名は、一気に全力猛ダッシュ。
蜘蛛の子を蹴散らすかのように、四方へ散っていった。
跳躍し隣家の屋根へ、ぶっ飛ぶやつまでいる。
「もう……なんでそこでニヤリとするのかしら? やらしいわ」
俺の相棒、天嶺在香(あまね・ざいか)はため息交じりだ。
まあ、そう言うなや。
こいつら相手にしゃーねーよ。
でもまぁ……こいつ、俺のことが嫌いじゃないのかもしれねぇな。
そう思ってしまう自分が、一番やっかいだ。
それにしたって、見た目も、誰一つとして同じヤツはいねぇ。
まあ、寄せ集めってヤツだ。
全員違う種族のな。
待てよと言った所でな、俺の声なんざまるで無視。
奴らはアレ運べ急げと叫びながら逃走する。
やっとここまで突き止めて、手ぶらじゃちと困る。
隣で一緒に踏み込んだ女、在香も叫ぶ。
「待ちなさい、あなたたち。脱税は魔導犯罪よ」
ああ、やれやれ。お役所口調が出た。
……気のせいか、あいつの声が少し震えて聞こえた。
確定課じゃねぇんだよ、在香。
俺たちの仕事はひとつだ。
“存在をごまかすクズ”を始末する――それだけだ。
思わず俺は小さなため息がでる。
あああ、何言っちゃっているんだこの女は。
ヤベェことして、ばれたから逃げんだろうが。
おっと、こんなこと構ってらんねぇな。
目先のヤツをこのまま追い詰める。
扉をぶち破り、裏口にでるとそのまま路地裏に出た。
盛大にすっころびやがった。
おっ。何も拾わずまず逃げたか。
なんだかわからねぇ筒と書物が転がったままだ。
俺は、さらに奥へと駆ける。
おーおーやな天気だな。今にも雨がふりそうだぜ。
雷もなりだした。こいつは、うまくいけばごまかせるな。
後ろから、在香はまだ追いついていない。
一人締め上げているんか?
まあ、在香の勘だけは当たる。
……実際、最初にこのアジトを嗅ぎ当てたのも、あの女だ。
でもな、在香は俺を信用しちゃいねぇ。
それでも“俺なしじゃ困る”って顔は隠せてねぇ。
「クソっちっとは見逃せ、是無官のあんちゃんよぉ」
「死ぬ前に納税しろよ」
俺は、ニヤリとしちまう。
……そうでもしなきゃ、やってられねぇ。
目の前のやつは袋小路だ。
在香もいねぇし、やっちまうか。
……ったく。誰がこんなやり方、望んだってんだ。
俺だけが使える技能、是零掌を使えば奪えちまう。
まあ、こいつは“世界の裏側”で拾った裏技みてぇなもんだ。
……生きるための“在り証”を、な。
「お? お前、何する気だ? 本当に是無官なのか? 目つきが」
「いんや、俺は存在証明が欲しいだけさ」
「なんだと!」
手のひらを俺はヤツに向けて引いた。
この瞬間、空気が止まる。
鳥はさえずりをやめる。
草木は、微動だにしない。
「是零掌(ぜれいしょう)!」
掌底が胸を貫いた瞬間、光の札のようなものが手の中に吸い込まれた。
次の瞬間、そいつは粒子になって四散した。
――消した。
ほんの一瞬だ。
声など上げる時間は与えない。
「……また、奪っちまったな」
胸の奥が、ひどく冷えていた。
同時に頭上がタイミングよく光りやがる。
ズッ! ガーン!
轟音とともにうまいこと、ヤツの位置に落雷しやがった。
「ちょっと、是明(ぜみょう)! 今のは何を――」
後ろから在香が駆け寄ってくる。
「……あー、面倒くせぇな。ほら、終わったんだからいいだろ?」
黒い大きな目の鋭い視線が俺の眉間をつきさしてきやがる。
「いいわけないでしょう! あなた、今、存在を――」
在香は視線だけ一瞬そらし、握った拳は震えていた。
「消した。まぁ、帳簿的には“未申告者ゼロ”。これで完了、ってやつだ」
存在証明――世界に“在る”ことを許されてる証票だ。
税を滞納すりゃ、札は赤く染まり、いずれ消える。
規則は単純だ。存在はタダじゃない。
「……あんた、本当に是明なの?」
「さぁな。少なくとも、“在る”って押された覚えはねぇ。ただ、俺は“俺で在る”つもりだ」
俺の名前は……最初からこの世界の帳簿に載っちゃいねぇ。
――帳簿にいない俺だからこそ、できるやり口でもある。
存在は払うものだが、奪うこともできる。
……俺の場合は、な。
証明書だの手続きだの関係ねぇ――。
まあ、いわなきゃ、ばれねぇ。
ばれなきゃ、存在も罪も曖昧なもんだ。
記録の帳簿にも、もう残らねぇ。
……これが是無官、俺のやり口だ。
こんなところで押し問答もばからしい。
腹も減ったし、こいつらの残した金でも拝借し、飯食うか。
あ、米と焼きウインナーもいいな。そっちにすっかー。
片手を後ろ手に在香へ手を振り、その場をあとにする。
「あなた、一体誰なの?」
在香の声が、雨にちぎれて消えた。
――さあな。俺にもまだ答えはねぇ。
ふと脳裏に、“最初に出会ったあの女”の目がよぎる。
光の中で、俺の存在を値踏みするように笑っていた――あの目だ。
雨粒が、手の甲の刻印を叩く。にじんだ光が、一瞬だけ“あの時”と重なった。
『……存在証明を奪って、どうする気?』
光の中で笑っていた“あの女”の横顔が、雷光に焼き直される。
この世界は、俺を“在る”と認めちゃいねぇ。――だから俺は、俺で在るしかねぇ。
俺は――あの女神に、一度“在り方”をねじ曲げられた最初で最後の一人だ。
答えは出ちゃいねぇ。
出す気もねぇ。
あの時、俺は……“何か”を選んだ。
何かを奪い、何かを捨てた。
その結果、今の俺が在る。それだけで十分だ。
……少なくとも、“俺が俺で在る証拠”だけは、誰にも書き換えさせねぇ。
びちゃ、びちゃ。
……足、つめてぇな。
冷えてきた。
あああ、納税しろよな。
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