第2話
そこから6年の歳月が流れた。
結論だけ言うと、17歳になる今年、私は父の暮らす鎌倉に戻ることになった。
窓際に置いてある年季の入った勉強机から、リュックサックを取ると、
私は、六畳の殺風景な部屋に別れを告げた。
一階の居間に戻ると、ちょうど祖父が仕立ての良いコートを羽織っているところだった。
祖母はというと、さっきよりも少し機嫌悪そうに、
ダイニングテーブルに座っていた。
「おい、本当に行かないのか?」
「行きません」
祖母は、きっぱりと答えた。
「なぜ私たちが、行かなければならないんですか。向こうから迎えに来るのが本当
でしょう」
「千早くんも忙しいのだろう」
祖父はご機嫌が悪い祖母をなだめたつもりだったが、
その言葉は更に祖母を煽った。
「忙しいものですか! あの男は、いつだって、ふらふらしてるじゃないですか!
それに、この子が、ここで暮らすのを承諾したのに、何を、今さら……。好き勝手
に生きている人間に、気を使う必要はありませんよ。それに、この子も! 情とい
うものがないのかねぇ。何不自由なく暮らせたのは、私たちのお陰だというのに、
涙のひとつも見せやしない」
そう吐き捨てた。
こういった嫌味のひとつふたつは、いつものことだった。
これが祖母のコミュニケーションの取り方なのだ。
私はこんな祖母に育てられたことを、決して後悔していない。
むしろ感謝しているくらだ。
下手に気を使われて、申し訳ない気持ちで暮らすよりは、この方がずっとよかった。
祖母は口を窄めると、更に言葉を続けた。
「それに、あんたも、そんなに帰りたかったらひとりで帰ればいい。私たちの手を
煩わせることもないだろうに」
祖父は、そんな祖母の背中に向かってため息をつくと、
襟を正しながら私に言った。
「里早、そろそろ行こうか。おい、夜には戻から」
長年の経験から、
これ以上、妻の愚痴に付き合っても埒が明かないと踏んだのだろう。
祖父は、私の重い方の荷物を二つ持ち上げた。
「それと、たまにはあの子の墓にも参ってあげたい」
祖父は、小さく呟くと、玄関に向かった。
祖父の言葉に、祖母は顔を少し上げたが、とうとう、
こちらを向くことはなかった。
私は、背を向けている祖母に頭を下げると、
コートを羽織り、リュックとボストンバッグを持つと、玄関へと向かった。
下駄箱からスニーカーを取り出し、手際よく履く。
祖父はもう玄関の外に出ていて、私が出てくるのを待っていた。
4月も終わりなのに、首筋をひやりと冷たい風が撫でるので、
私はコートの襟をぐいっと引き上げた。
玄関を出た私は、もう二度と、戻ってくることはないこの家に、
小さく頭を下げた。
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