水魔法の使い道

大沢ピヨ氏

第1話 届けこの想い


 この世界には魔法がある。



 何もない場所に火柱を発生させたり、地面に一瞬で大穴を開けたりと、それはまるで神の奇跡を再現したかのような、人智を超えた究極の力。




 ──と、話には聞いているが、この世界に落とされてからというもの、魔法なんて一度も目にしたことがない。



 城に仕える大魔導士が、国境の川を魔法で堰き止めただとか、隣の国には空を飛ぶ魔女がいるだとか、その手の話はいくらでも耳にするものの、最近では『人心を掴むための、よくあるホラ話じゃないか』と思い始めていた。



 日本にいた頃は、ガチガチの科学に囲まれていため、海を割ったり滝を凍り付かせたような話は、昔の人が作った人心掌握の一環だったことが知れている。



 この世界でも、単に地球よりも文明が進んでいないだけで、それと全く同じなんじゃないのか? そう考えてしまうのも無理はない。




 とはいえ、街の外ではが闊歩する、まごう事なきファンタジー世界なんだけどね……。





◻︎◻︎◻︎



「次の方どうぞー」


「えーっと依頼の完了報告です」


「はい、お疲れ様です。確認しますので少々お待ちください」


「宜しくお願いします」



 カウンターに置かれた椅子へと腰を下ろし、書類をめくる受付嬢の手元を見つめると、いつもは必ず身につけていた、銀色のブレスレットが無くなっていることに気付く。


 以前この冒険者ギルドの中で、彼女が身に付けているあのブレスレットは、交際中の男性からプレゼントされたものであると、他の冒険者が話していたのを小耳に挟んだ。



 ……なるほど。


 これは俺にもチャンスが巡ってきたか?



 そんな下世話な妄想を膨らませていると、書類の確認を終えた受付嬢から声を掛けられる。



「はい確かに。ではこちらが今回の報酬となっています。この場でご確認をお願いします」


「ありがとうございます」


 そういってカウンターに置かれた硬貨を数えながら巾着へと詰め込み、受付嬢に軽くお辞儀をしてから冒険者ギルドを後にした。




 さて、これからとある飲食店で夕飯を食べるつもりだが、その前に一つやっておかないといけないことがある。







 それは『祈り』だ。






 冒険者ギルドを離れ、街の中心部に向かって進んでいくと、この街の顔でもある荘厳な礼拝堂へと辿り着く。何を祀っているのか、またどういった教義なのかも全く知らないが、とにかくこの建物には日頃から世話になっており、いかなる信者よりも頻繁に足を運んでいる自信がある。



 扉を開けて中を進み、顔馴染みの司祭さんに会釈と寄進をする。そして人とも獣とも思えない謎の彫像の前で跪くと、両手を組んで真摯に祈りを込めた。






──どうかお腹を下しませんように──






 そう。この中世ヨーロッパを彷彿させる、古ぼけた文明では、衛生観念のレベルは地を這うように低く、市場で並ぶ食材には虫が集り、レストランでは『これ本当に洗った?』と言いたくなるような食器で料理が出される。


 そんな小汚い食べ物を口にしようものなら、お腹を下すことは必至。ともすれば数日間に亘って下痢が続くことすらあった。



 これでもこの世界に来てから一年くらいは経つので、色々と腹痛対策は講じてきた。だがしかし根本的に不衛生なこの世界では、自炊をしようが薬を飲もうが、腹痛を完全に遠ざけることは無理だった。



 食材が汚い、食器が汚い、そもそもあらゆる空間が汚い。こんな世界でお腹を下さない方法なんてもう何もない。




 そして最後に辿り着いたのは『祈り』だった。



 この鼻が長い猿顔をした、神だか女神だか分からない謎の彫像に祈りを込め、『お願いですから下痢になりませんように』と願うことしか、やれる事は残っていなかった。




 ただ、ここで祈りを込めると明らかに下痢となる確率は減った。猿顔の神様本当にありがとう。





 だから毎日、真摯な祈りを心掛けている。




『どうか下痢になりませんように』





◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

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