永遠のようなスローモーション世界

おぐらあん

第1話

会場はスモークの効果で幻想的。色とりどりのペンライトが光り、すぐそこで大好きな人たちが歌い、踊っている。それなのに頭の片隅で「あと〇〇時間後には仕事…」と考えてしまう。やめたい。


ツアーが決まったその日から当落日までソワソワしせっせと徳を積み、グッズが発表されればかわいいと騒ぎ、会場に入れば緊張と楽しみでドキドキ。

それなのになぜ仕事のことが頭によぎるのか。

会場の空気に身を任せて全力で楽しみたい。

なのに、どうしても頭の中では仕事のことや職場の人のことがちらつく。

「こんなに純粋に楽しめなくなったのいつからだっけ」そんな思いが一瞬よぎる。

それでも大好きな人の笑顔や、ステージ上の輝きにやっぱり目を奪われ不思議と現実の怠さが薄れていく。

仕事の合間や休日に作ったファンサうちわとペンライトを手にし、お気に入りの曲たちを生で聴くと心の奥底で「うわー、生きててよかったー!」と幸せを噛み締める自分がいる。今日までにあった嫌なことも辛いこともこの瞬間全て吹っ飛んでしまう。その時トロッコでやってきて、目があった。

たった数秒がスローモーションのように長く、永遠に感じる。今の笑顔はわたしに向けられたものだ。この瞬間、このために生きていたんだなと本気で思う。


終演後、一歩外に出れば、会場の空気と人だかりに押されるように一気に現実世界に引きずり込まれる。さっきまでの時間が嘘みたいだ。

「あと〇〇時間後には仕事…」という思いに再び襲われながら、さっき聞いたばかりのセトリのプレイリストを作り、イヤホンで聴きながら電車に揺られ帰路に着く。

だけど仕事の怠さよりも「今日のこの時間しか見れない推しをこの目に焼き付けることができて幸せ!」「仕事やっててよかったー!」という気持ちが十分勝っていた。

好きなものがあって、それに没頭できる時間があるって素晴らしい。たった数時間、年に一回の事だとしても、その体験が明日から生きる糧になる。そしてまたこの感覚を味わうために仕事に向かう。

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