5. 燃え上がる殺気

 そして、赤髪の少女へ。


「ルナ」


「なっ……なによ……」


 小さな体を震わせて、ルナが後ずさる。その緋色の瞳には、恐怖と困惑が渦巻いていた。


「君の魔力は、竜をも屠る。古代の伝説にしか登場しない、神話級の力だ」


「あ、あたしの力は、ただ暴走するだけの……。力だけあっても制御できなきゃただのゴミだわ!」


「そんなことはない」


 レオンは、穏やかに、しかし力強く告げた。


「君の炎は世界で最も美しい。その炎は、二度と君を裏切らない。僕が、そう導いてみせる」


「え……? えっ?!」


 ルナの大きな瞳から、涙が溢れそうになる。


 最後に、銀髪の弓使いへ。


「シエル」


「……なにかしら?」


 男装の少女は、警戒心を剥き出しにしてレオンを睨んでいた。だが、その碧眼の奥には、かすかな期待が揺れている。


「君の弓は、神域に達する。一度視た標的は、決して外さない。神弓の継承者。それが、君の真の姿だ」


 シエルの目が見開かれる。


「性別も、身分も、関係ない。君は君だ。籠の鳥は、いつか自由に空を翔ける。僕に手伝わせて欲しい」


 シエルの唇が、わずかに震えた。


 四人が、息を呑んでいた。


 路地裏に、沈黙が落ちる。


 風の音すら止んだような、張り詰めた静寂。


 生まれて初めてだった。


 本当に、生まれて初めて。


 彼女たちは、自分の価値を認めてもらえた。


 誰も見向きもしなかった。誰も信じてくれなかった。才能がない、役立たずだ、落ちこぼれだと、何度も何度も言われ続けてきた。


 なのに、この傷だらけの男は、初対面で。


 こんな薄汚れた路地裏で。


 彼女たちの「本当の姿」を、言い当てた。


 ルナの大きな瞳から、堪えきれなかった涙が一筋、頬を伝って落ちた。


「そ、そんなの……」


 震える声で、ルナが呟く。


「信じられない……信じられるわけ、ないじゃない……」


「信じなくていい」


 レオンは静かに答えた。


「今は、信じなくていい。でも、一つだけ言わせてくれ」


 レオンは、魂を込めて告げた。


 この言葉だけは、絶対に届けなければならない。


「君たちの才能は本物だ――」


 四つの宝石のような瞳が、レオンを見つめている。


 警戒と、期待と、恐怖と、希望が入り混じった、複雑な光。


「――世界すら、ひっくり返せる」


 沈黙が、路地裏を支配した。


 風が吹いた。


 少女たちの髪が揺れる。黒と金と赤と銀が、薄闘の中で儚く舞った。


 やがて、シエルが苦笑を漏らした。


 男装していても隠せない、その優雅な仕草。公爵令嬢として育った気品が、ふとした瞬間に滲み出る。


「世界をひっくり返す?」


 シエルは呆れたように肩をすくめた。


「随分と恥ずかしいセリフね。正気なの?」


「正気だ」


 レオンは臆さずに答えた。


「僕には未来が視えるんだ。信じられないかもしれないけど、本当に、君たちとなら――」


「嘘つき!!」


 突然、エリナが叫んだ。


 その美しい顔が、怒りで歪んでいる。


 いや、違う。


 あれは怒りじゃない、とレオンは気づいた。


 恐怖だ。


 また傷つくことへの、期待を裏切られることへの、恐怖。


「どうせあんたも同じでしょ!?」


 エリナは腰の剣に手をかけながら、叫び続けた。


「優しい言葉で近づいて、信用させて、利用して、最後には売り飛ばす! そういう奴らを、あたしは何人も見てきた! 何人にも、騙されてきた!」


 シャリン、と金属音が響く。


 錆びた刀身。手入れが行き届いていない、粗末な剣。


 だが、その構えは本物だった。


 五年間、復讐だけを糧に生きてきた戦乙女の構え。隙がない。


「そんな甘い言葉、信じられるわけないでしょ!!」


「男なんて、みんなクズよ!」


 ルナも立ち上がった。


 涙を拭いながら、その小さな手に不安定な炎が宿る。


 揺らめく赤い光。制御しきれていない、暴走寸前の魔力。


「あたしの力を見て、みんな逃げていった! まるで爆弾みたいに腫れもの扱いだわ! なのに今さら、信じろなんて……!」


「あらあら」


 ミーシャは微笑みを崩さない。


 だが、その空色の瞳は氷のように冷たく凍りついていた。


「優しい言葉で近づいてくる人は、必ず裏があるものですわ。ふふっ、聖女を演じてきた私には、よーく分かります。あなたの目的は何かしら? 私たちを売り飛ばすつもり? それとも、もっと――――下品なこと?」


 聖女の仮面の下から覗く、毒を含んだ言葉。


 シエルも弓を手に取り、矢をつがえた。


「悪いけど、ボクたちはもう騙されないよ」


 その碧眼が鋭く光る。


「消えて! 今すぐ立ち去れば、命だけは助けてあげる」


 四人の殺気が、レオンを包んだ。

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