第2章 天才、学生になる

第10話 学び舎の門をたたく

「き、緊張します⋯」


「大丈夫。ユリウスが合格出来なかったら他の人も無理。」


 星の館の前、ルシアさんが見送りに来てくれた。


「あらあら、ユーちゃん緊張してるの〜?」


「アストレアさん。おはようございます」


 ちょうどアストレアさんも出てきた。最近は、一緒に料理することもあって、呼び名がユリウスちゃんからゆーちゃんに変わった。


「おはよぉ〜。ユーちゃんが不合格なら誰も合格出来ないよ〜」


 既視感、数秒前に全く同じことを言われた。


「不安があるのは座学?」


「はい。さすがに高等教育を受けている人には負けます。それに王立魔術学園の生徒は完璧に対策してるって聞きました。」


「アルちゃんに勉強教えてもらってなかった?」


「最新の論文や未解決術式のアプローチ方法は学びましたけど⋯」


「じゃあ大丈夫だよぉ〜。逆に実技がね⋯」


「アスねえと同じ意見。手加減しないと不味い」


「え?」


「そうよぉ。折角情報が非公開になってるのに、巷で噂の極星級が学内にいるかも〜なんて事になるかもよぉ〜?」


「た、たしかに」


「魔術のレベルを制限するべき」


「ど、どのくらいまで落とせばいいですか?」


「そうねぇ。実技試験は毎年変わるから、上級魔術の無詠唱位でいいんじゃないかしら?術式の改編も多分大丈夫ね。首席の子はそれくらいしてくる。」


「木刀も大丈夫。イヤリングは念の為外した方がいい」


「分かりました。もうそろそろ時間なので⋯い、行ってきます!」


「はーい、行ってらっしゃい〜」


「頑張って」


 僕は、身バレ防止のための作戦と、激励の言葉を貰って星の館の外へ出た。


 ⋯⋯⋯


「風刃の魔術師様、おはようございます。いよいよですか?」


「あ、おはようございます。はい、今からです―」


 王城の門を出る時に、門番さんから話しかけられた。緊張していた僕を気遣ってくれたのかもしれない。


 今日はやたら王城の人達に話しかけられた。


 お掃除してたメイドさんや、書類仕事をしていた執事さん、ちょうど納品の時間でばったり会った商人さんにも言われた。いや誰ですか?


 いつの間にか広まった僕の魔術大学入試は、色んな人に知られてると思うと、治まってきた緊張がまた湧き上がってきた。


 あれ?期待に答えるのってこんなにしんどいんだっけ?


 ⋯⋯⋯


 先月、ルシアさんから誕生日プレゼントとして貰った万年筆と、木刀を持って魔術大学の門を潜った。


 王立魔術大学の門は通称「始まりの門」って呼ばれている。数々の著名人がこの門を通って出席への階段を登っていったらしい。


 合格者は毎年120人と決まっているが、王国全土から集まる受験者は毎年約1200人。うぅ、余計にお腹が痛くなってきた!


 僕の同僚、極光の魔術師アルバスさんや、境界の魔術師ベイルさんもその1人だったりする。

 そう考えると、極星級その2人以外は僕も含めて魔術大学に通っていなかった人達だ。案外、自由に魔術を研究している人の方が成功するのだろうか?

 今の校長も元宮廷魔術師長の人だったらしい。


 学舎の入口には【第260回 王立魔術大学入学試験】と書いてあった。

 そういえばアストレアさんは魔術大学ができる前から王国に住んでるって言ってたけど、何歳なんだ?腰まで伸ばした綺麗な黒髪は、所々紺色が見えるけど、老いているようには全く見えないけど⋯


 そんなことを考えてたら背筋がちょっと寒くなってきたので、この話題はここで終わり。試験のことでも考えておこう!


「邪魔だ平民!」


 ドスッ


「痛っ、何するんだよ!」

「おい、大丈夫か?!」


 なんだなんだ?


 校舎の入り口までの大きな道のりを歩いていると、真紅の髪を揺らす僕と同じくらいの年齢に見える受験生が、2人組の少年を押し倒した。


「あぁ?俺様に口答えするつもりか?!」


「ん?あ、もしかして⋯」

「バーミリオン家の⋯」


「よく分かってんじゃねーか。んで?どーすんだよ?未来の極星級であるレオン様にもしもの事があったらただじゃすまねぇぞ?」


「いや、でもぶつかってきたのはそちらで⋯」


「あぁ?平民ごときが俺様に逆らうのか?そうだなぁ、靴でも舐めたら許してやるよ!ほらよ!」


 外の世界はこんな茶番劇を日常的にやっているのか。みんな凄い演技力だな〜。


「さ、さすがにそれは⋯」

「か、勘弁してください!」


「あぁ、だったら今すぐここでくたばれや!フレアバースト!」


「遅っ⋯」


 さすがに目の前そんな大規模魔法を使われたら僕まで巻き込まれる。一応遮断レオン様?の周りだけ空気を遮断しておこうかな。


 ブホォッ


「「え?」」


「ん?あ?なんで届かねぇんだ?」


 火魔術は無酸素の場所では発現出来ない。常識のはずなんだけどな⋯


「君たち、何をしているのかな?」


 いかにも大学教授って感じの試験管さんが来た。


 今のうちに退散しよ。


「そこの君?」


「僕ですか?」


 くそぅ見つかっちゃった。


「一部始終を見ていたなら何があったか教えてくれないか?」


「僕まで途中から見てたので分かりませんでしたが、赤髪の子が火魔術でドッキリをしてたみたいですよ。まさかの威力で僕も騙されてしまいました。」


「き、貴様!」


「ん?そうだったのかい?」


「えぇ、そこの赤髪の輩がマッチの火みたいな魔術を使ってましたわ。私もすこし驚いてしまいました。」


「エリシア・アイスフィートォ!お前まで俺様をコケにする気かぁ!」


 後ろから聞こえた声に振り返ると、僕と同じくらいの真っ白な髪を紺色の髪留め紐を使い側頭部で結った女性がいた。水晶のような瞳の中には、白や紺、橙色があり、色んな時間の空模様を閉じ込めているようだった。


「何も無かったのなら良いのですが⋯一応怪我人がいるかだけ確認しても?」


「怪我人もいませんわ。マッチの火で怪我する人なんてこの大学に受験出来ませんもの。」


「クソっ!お前ら覚えとけよ!絶対に後悔させてやるからなぁ!」


 激動のクライマックスを迎えた茶番劇は、エリシアさんによって閉幕した。


「あなた、中々面白かったですわよ?」


「ん?ありがとうございます?」


 何が面白いのか分からなかったけど、彼女が機転を効かせてくれたお陰で早く片付いたので、一応は感謝しておこう。


 よし、気を取り直して、まずは筆記試験からだ!


 ⋯⋯⋯


 自分の受験番号が割り当てられた教室に入って試験開始の合図を待つ。


 周りの受験生も緊張してるみたいで、深呼吸してる人や、机の上に伏せてる人、明らかに目が泳いでる人がいた。格好も人それぞれ。貴族っぽい人達から、ローブを羽織った魔術師っぽい人、村の伝統衣装っぽい人もいる。


 僕もルシアさんに勧められた街中潜入用の服装で受験してるから、見た目だけじゃ貴族だって分からないだろう。


「それでは、試験を開始してください。」


 髪をめくる音が四方八方から鳴り出し、僕の万年筆は真っ先に走り出した。周りの静寂を切り裂くように、筆先は最後まで止まることは無かった。



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