第2話 超えなければならない壁

 エメラルディア公爵城の地下訓練場。

 真剣構える僕。20m先の対面で、全く同じ構えをするのは父上、ライオス・エメラルディア公爵だ。


 前回父上と模擬戦をしたのはちょうど1年前。結果は僕の負けだけど、「1年後に真剣で挑んできなさい。」と言ってくれた。遠回しに今度はこっちも本気を出すと言ってくれたのだ。嬉しさ半分、半殺しにされるんじゃないかという恐怖半分だ。


 父上との親子中は悪くはないと思う。素面では口数も少なく、口を開いていない時は厳格そうに見える方だ。しかし、気遣いが上手で使用人や家臣を大切にされている、世界で1番尊敬していると言っても過言ではない。

 僕が10歳になった年の春、母上は亡くなった。元々体の弱かった母上は霧楼の森から伝染した流行病で命を落としたのだ。一時期は僕も父上も立ち直れなかった。城内の雰囲気も悪く、食事も味がしない。

「こんな暗い城じゃあ亡き妻に顔向けできないな。」

 と、前を向いた父上に触発されたのは僕だけじゃ無いはずだ。


 それから父上は僕の剣術訓練に熱心に付き合ってくれた。本当に感謝しているし、いつか超えなきゃいけないことも分かっているが⋯⋯王国の剣聖候補として名を上げた父を超えなきゃいけないのだ。公爵家という肩書きがなければ間違いなく当代剣聖の1人として活躍されていただろう。


 ――今日がその日になるかもしれない。


 正しくは、今日から壁を超える機会が与えられるのだ。今までは刃が潰してある剣や木剣を使って訓練してきたが、今日からは真剣だ。もう戻れない場所まで来てしまった。


 開始の合図が発されてから何分経っただろうか。心臓の音が妙にうるさかった。


 いつもとは違う重み。誰かに刃を向けるのはこんなにも抵抗があるのか⋯。たった1人の家族に刃を向けるのは尚更しんどいものだ。


 わずか剣先を下げてしまった隙を父上は見逃さなかった。もちろん剣先を数cm下げてしまった自覚はあったが、王国剣術は攻守攻防、相手が先に攻めたらこちらは守りに徹するしかない。反転なんて狙おうものなら簡単に首のひとつやふたつは削ぎ落とされてしまうだろう。


 一進一退の攻防が続くが押されるばかりで攻めれない。首以外の致命傷になり得る部位を1寸の狂いも無く狙ってくる。これが霧楼の森での命のやり取りなのだろうか。


「どうしたユリウス。お前の剣術は守りしか知らないのか?」


「くっ、父上もなかなか意地悪ですね。」


「どうやら軽口を叩く余裕はあるようだな。少しペースをあげるとしよう。」


 途端、父上の剣筋が消えたように見えた。打ち合っていたはずの剣身が見当たらない。カーンッという金属音の後に残るのは自分の握る剣のみ。

 一撃目は父上が狙ってくるであろう足元の軌道上に予測で剣筋を置いた。その重さに一瞬硬直してしまったため、二撃目が防げない。


「っ、アクセル!」


 下半身に自分で編み出した身体強化(無理やり)魔術を使って距離をとる。父上に見せたのは初めてかもしれない。


「そうだ。使って良いのだぞ?」


「え?」


「風魔術だろうがなんだろうが、使えるものは全部使え。城の外では強い者が生き残る。それに、お前は俺の見えないところで日々魔術の研鑽を重ねていたのだろう?」


「しかし、父上は剣術しか使っておられなかったので、そういう決まりなのだと。」


「それは違う。俺は戦闘中に魔術が使えんだけだ。というより、剣術で体を動かしながら一瞬のうちに術式を構築し、発動することがどれだけ困難なことか分かっているのか?それが剣士と魔術師が区別されている理由でもある。」


「そうなのですか?」


「最初の授業で教えてもらったはずなんだが⋯まぁよい。おれも上級の風魔術は使えるが、この戦闘で使おうとしたらユリウスの方が先に構築と発動が完了するだろう。俺の見ていない時間のほとんどを魔術に費やしたのだろう?」


「はい。体が成長しないうちはそれしかやることが無かったので。"強くなければ生き残れない"ですから。」


「分かっているなら良い。では、全力でかかってこい。今から俺はお前の敵だ。」


「胸を借ります父上っ!」


 僕は身体強化常時発動を起動した。

 父上の筋肉から発せられる空気の弛緩、剣先が押し出す空気を何倍にも増幅させ、1番"歪んでいる"場所に剣撃同様振り抜いた。

 僕の開発した魔術と剣術の融合技。その不可視の斬撃がヒュンっと耳を劈く音を立てて父上の右膝に迫る。


「はっ!初めて見る技だな⋯面白い。」


 父上は音と剣筋から不可視の斬撃を完璧に防ぎきった。さすがだが、もちろんそんなことは想定内だ。次の術式も既に構築済みだが、父上接近の方が一瞬早かった。

 そして僕の用意した術式は父上が詰めてきた時用の"反撃技"だ。

 剣身に風を纏わせ、高速で回転させる。上段から振り下ろされる父上の剣筋に対して左斜め上に振り上げた僕の剣撃は父上の剣を完璧に弾いたが、その瞬間腹部に衝撃が走り、左に吹き飛ばされた。


「かはっ!」


 おそらく蹴り技を入れられたのだろう。

 壁にぶつかりそうになったところで体に纏わせていた大気を圧縮し、逆方向に押し出した。壁への衝突はなんとか回避出来たものの、ダメージはかなりある。下手したら肋骨辺りが骨折しているかもしれない。


「危うく押し負けるところだった。大人気ないことをしたな。」


「ふぅ、お気づかいなく。なんでも使えるものはなんでも使えと言ったのは父上もですから。僕の対策不足です。でも、今のうちに追撃しなかったのは悪手ですっ!」


 ――僕は魔術師だ。


 必ずしも剣術で勝負する必要は無い。

 魔力がある限り、いくらでも戦える。吹き飛ばされていようとも。


「何を言って⋯がはっ!」


 僕は持っていた剣を投げ、父上の剣に当てた。剣同士が再び金属音を発すると、僕の魔力と空気の歪みは自然と溶けだし合い、父上の耳に爆音の金属音が鳴り響くだろう。


 更に、術式を威力だけあげるよう書き換えた中級風魔術のウィンドブラストを打ち返された剣当てる。運良く柄の先端を押し出した元僕の剣は、父上の横腹に突き刺さってしまった。


「カハッ、ハァハァ!父上!」


 魔力枯渇と身体中からの悲鳴で意識が朦朧とする。


「ぐはははっ、自分の血を見たのは何年ぶりだろうか!強くなったな、ユリウス。お前の勝ちだ。」


 目の前で剣の突き刺さった赤黒い腹部を見ながら豪快に笑う父上。


「回復するからこれ抜いてくれ。」


 そう言われて、朦朧とした意識の中、抜いた剣は感じたことの無い重みと色合いをしていた。思わず手を離してしまった鉄剣はカランと軽快な音を立てて地面に落ちた。そして、僕の意識はここで途絶えたのだった。

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