第18話【生き残り】





「早く入れ!」


大勢の兵士達によって牢獄に無理矢理押し込められるハキム、セナ、フェトの三人。

牢の中ではすでに、レメクとメトシェラがぐったりと疲れ切った表情で座り込んでいた。


「じいさま!」


「お前達…無事じゃったのか」


駆け寄る三人に気付いて、メトシェラは顔を上げる。

しかし包帯こそ巻かれているものの、カインに撃たれた左足の傷が深いせいで思うように立ち上がることができない。


「ノイは…ノイはいないのか?」


レメクが三人に詰め寄るも、皆一様にしょんぼりと肩を落として首を横に振った。


「ノイちゃんはカインに連れていかれちゃった…」


「…守れなくてごめん」


「だいたいアベルの奴が裏切らなきゃ、こんなことにはならなかったんだ!」


ガッ!と鉄格子を蹴り、不満をあらわにするハキム。

しかし今は感情に囚われていても仕方ないと、レメクが皆をなだめる。


「ともかく、生きてさえいれば今はそれで充分だ。奴らはノイを殺したりはしない」


「ねえおじさま、そもそもなんであいつらはノイちゃんのことをここまでして狙うの?」


「…確かに」


「あんた何か知ってんのかよ?」


「それは…」


その時カンッカンッと、どこからともなく金属音が鳴り響き、レメクの言葉を遮る。

徐々に近付いてくるそれは、何者かがナイフで鉄格子を叩く音であった。

皆が警戒しながらそちらを向くと、一人の男が牢の前で足を止めた。

現れたのは、スキンヘッドで無精髭の生えた中年の白人であった。

巨漢とまではいかないものの、引き締まった筋肉がシャツ越しに分かる程度にはガタイが良く、その目つきは鷹のように鋭い。

処刑人が来たのだと、皆は直感的に思った。


「心の準備はできたかお嬢ちゃん達?こっからは舞踏会の時間だ」


男は鉄格子に寄りかかり、押し黙る一同に向かってそう言い放つ。


「………」


「おいおいノーリアクションは勘弁してくれ。死人になるにはまだ早いぞ」


「こ、殺せるもんなら殺してみなさいよ!あんたなんて怖くないんだから」


フェトからの挑発を受けた男は不敵な笑みを浮かべながら無言で牢の鍵を開け、ゆっくりと中へ入ってくる。


「うそうそ!やっぱり来ないで!」


フェトから抱きつかれたセナが、彼女に代わって男の前に立った。


「…私達を殺しに来たの?」


「いいや、殺すのは俺の役目じゃない。俺はさしずめ、シンデレラをドレスアップするためにやってきたフェアリーゴッドマザーってとこだ」


男はそう言うと皆に向かって手招きをする。


「全員ここから出て、俺のあとについて来い」


ついて来いと言われても、大人しく従ったところできっと殺されるだけだろう。

一同はその場から足を動かさず、目だけを使って互いにアイコンタクトを取る。

牢獄の鍵は開いた。

周囲に見張りの兵士もおらず、今全員でこの男を倒せば脱獄できるという事実に気付かぬほど、皆は馬鹿ではない。


「…フェトや、すまんが儂の体を支えてくれんかの」


メトシェラがフェトに向かって声をかける。


「え、私?…私も足痛いからハキムに支えてもらった方が…」


「フェト」


「…はーい」


この場にいる他の男達ではなく、あえて足を痛めている彼女に介助を頼むメトシェラの意図に皆は勘付いた。

歩くことすらままならないフェトとメトシェラを残して、比較的余力のあるハキム、セナ、レメクの三人であの男を仕留めろということだろう。

コクリと互いに頷き、一同は男に従うふりをしてゆっくりと歩き始める。

そして男が油断して背中を向けた瞬間を狙い、ハキムが後ろから腕を回して男の首を絞め上げたではないか。


「っ!?」


間髪入れずセナがナイフを持つ男の右腕を掴み、レメクは正面から殴りかかる。

三人の連携によるまさに完璧な不意打ちに、男は瞬く間に制圧される。


…はずだった。


しかし男は即座にレメクの脇腹に蹴りを入れて無力化すると、今度は後頭部を振り上げてハキムの顔面に頭突きを食らわせた。


「がっ!」


怯んだハキムの腕からするりと頭を抜いた男は、そのままセナに足を絡ませて地面に叩きつけ、ナイフを彼女の眼前に突き付ける。


まさに一瞬の出来事。

なすすべもなく制圧されたのは男ではなく、三人の方であった。


「うそ…みんな負けちゃった」


「………」


倒れてうめき声を上げる仲間達に目をやりながら、メトシェラは渋い顔をする。


「おいおい、フェアリーに襲いかかるシンデレラがあるかよ」


対して男は何事も無かったかのような涼しい顔で向き直り、やれやれと溜め息を吐く。


「とはいえ、今の連携はなかなか良かったぞ。これなら見込みはありそうだ。だが良くなかったのは、この俺を甘く見すぎてたってことだな」


「強ぇ…」


男の想像以上の強さに、これ以上反撃する気力すら削がれてしまった一同。

もはやどうすることもできないと肩を落としていると、男は持っているナイフをツツツ…とセナの体に這わせる。


「セナ!」


彼女が殺されると思い悲鳴を上げるフェトだったが、意外にも男はナイフでセナの腕を縛るロープを切っただけであった。

その後、順番に他の者達の拘束も解いていった男は、あらためて牢獄の扉の前に立つ。


「外には大勢の兵士が待機してる。俺を倒したところでどのみち脱獄は無理だ。今ここで死ぬか、俺についてきて僅かな希望に賭けるか選ぶんだな」


あれほど完膚なきまでに叩きのめされてしまった以上、皆に選択肢など存在しなかった。

なぜロープを切ったかまでは定かではないが、少なくとも今は彼に従うほかないだろうと、皆は黙って男の後についていくことにした。

牢獄を出てすぐの廊下を真っ直ぐ歩き、男は突き当たりの扉を開ける。

そこは武器庫かと見紛うほど、大量の剣や槍、盾などが保管されている大部屋であった。


「おっ、これ俺の剣じゃん!」


「お前らの村から押収した武器もここにあるから、それぞれ好きなのを選べ。数に制限は無いが、無駄に抱え込んだり自分のサイズに合わない武器を持ったところで動きが鈍くなるだけだから、よく考えて装備しろ」


「装備しろ…って、俺らに一体何をさせるつもりなんだ?」


「コロシアム。この町での市民権を賭けた殺し合いさ」


「殺し合い!?」


何やらただごとではなさそうな話に、一同はどよめく。


「勘弁してくれよ!市民権なんかいらねーから今すぐ解放してくれ」


「そいつは無理だな。お前らが何をやらかしたのかは知らないが、これがカインの命令である以上、市民権を得るにしても放棄するにしても参加は絶対だ」


それを聞いたフェトが、メトシェラを支えつつ恐る恐る小さく手を上げる。


「ちなみに相手は誰?まさかここにいるみんな…じゃないよね?」


ギョッとした顔でお互いに目を向ける一同。

それまでの頼もしい仲間が、急に恐ろしい敵になるなどと考えたくもない。


「いや、今回はチーム戦らしい。仲間同士やり合うことにならなくて良かったな。相手がどんな奴かは知らないが、おおかた病人や老人、あるいは罪人といったところだろう。コロシアムに参加させられるのはそういう奴らばかりだからな」


「良かった〜」


ひとまず仲間内での殺し合いでないと知り、皆はホッと息を吐く。


「病人や老人って…つまり相手は闘いのド素人ばっかってことか、楽勝じゃん」


「いや、そうとも言えないぞ」


余裕綽々な態度を取るハキムに、レメクが釘を刺す。


「こっちだって怪我人ばかりで、まともに戦えるのはお前くらいだろう。俺達は戦力どころか、逆に足手まといにしかならない」


言われてみれば、レメク、メトシェラ、セナの三人はカインから銃で撃たれた傷がまだ癒えておらず、フェトも洞窟で足首をひねったせいでまともに歩くことすらできないのである。


「…せめてボウガンがあれば」


右腕をだらんと垂らし、悔しそうに下唇を噛むセナ。


「残念ながら飛び道具は禁止されてる。昔、客席に向かって撃つアホがいたせいでな。俺のことだが」


「あんたのせいかよ」


つまりこの満身創痍の状態で、全員が剣による近接戦闘を余儀なくされるということだ。

勝ち目の薄い闘いを前に、皆の表情が陰る。

そんな中、じっと武器の並べられた棚を見渡していたハキムがふと何かを思い立ち、皆に問いかけた。


「…みんな、俺のことを信じられるか?」


「え?」


「俺に考えがあんだけど」


ゴニョゴニョと、思いついた作戦を静かに語り出すハキム。

じっとそれに聞き入っていた一同は、彼からその全容を聞くなり「は!?」と自分の耳を疑った。


「ぶっはっは!お前正気か!?」


待機所の中に、男の笑い声が響く。


「いくらなんでも、そんなの無茶苦茶だよ!」


「…確かにそれをやるには信頼が大事」


「危険な賭けじゃが、やる価値はあるやもしれん」


「本当にお前を信じていいんだな?」


全員の視線を一身に受け、ハキムは覚悟を決めたように力強く頷いた。

ずっとゲラゲラと笑っていた男は、えらく上機嫌な様子でハキムの首元に腕を回す。


「思い切ったことしやがる。お前みたいな大馬鹿野郎は大好きだ。しっかり気合い入れろよ!」


ちょうどその時、どこからか拡声器を使ったアナウンスのような騒々しい声が聴こえてきた。

何を言ってるかまでは聴き取れないが、ラジオのDJやスポーツ実況のような、場を盛り上げるためのわざとらしい陽気な喋り口である。


「…そろそろ時間だな。全員、すぐに装備を整えてそこのゲートの前に立つんだ」


男から急かされ、各自慌ててハキムの作戦に沿った装備を手に取って並ぶ。

ゲートの隙間からは大勢の人間がガヤガヤと話す声が光と共に漏れ出てきていた。

それがライトアップされた会場の下で、これから起こる殺し合いを見物しに来た民衆のざわめきであろうことは想像に難くない。

外にいる全員が高地の人間。つまり自分達の敵であり、ここはまさに敵陣のど真ん中なのだという事実をあらためて噛み締め、さすがの一同も緊張で身体をこわばらせた。

急に男からポンポンと肩を叩かれ、ハキムは驚いて振り向く。


「…身体の力を抜け。そんなんじゃ剣は振れないぞ」


「あ、あぁ…」


「俺からのアドバイスは一つだけだ。どんな奴が来ようと躊躇せずに殺せ。どちらかが死に絶えるまでコロシアムは終わらない」


「…分かった」


その返事を聞いて、男はゲートの開閉レバーに手をかけた。

しかしレバーを引く直前、ハキムは思い出したかのように「なぁ!」と呼び止めた。


「?」


「あんたの名は?なんで俺らに肩入れしてくれるんだ?」


「…俺の名はオグ。前回開催されたコロシアムの、唯一の生き残りさ」


「!」


オグと名乗った男はそれだけ言うと、レバーを引いてコロシアムへのゲートを開けたのだった。

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