転生者に体を奪われました。
みずあそう
第1話
「いってきまーす!」
私は元気に家を飛び出した。
「いってらっしゃいリアナ」
ママは優しい笑顔で私を送り出した。
どこまでも澄んだ青色が空を埋め尽くしている。
太陽の光は世界を優しく包み、大地は自由を謳歌するように草木を生やしていた。
幸福とはなにかと聞かれたら、私の事だと答えてしまうくらい、私の人生は輝いている。
こんな日々が永遠に続くと思っていた――。
****
瞼を開けると世界は白く染まっていた。
足元はふわふわして、地面に立っている感じがしない。
私は雲の上にいる・・・?
着ていたはずの赤いスカートは、真っ白なそっけないワンピースに代わっている。
そして、頭の上には、黄色い輪っかが、ふわりと浮いている。輪っかは私が動くと付いてくるが、手を伸ばして触ろうとすると、実体がなく触れない。
(そんなまさか――)
もしかして、ここって・・・。
いや、そんなはずない。だって私は、元気に家を出て、それから・・・。
それから・・・?
その後の記憶がない。
「天国へようこそ」
「やっぱり!!!!????」
どこからか、聞きたくなかった答えを言われて、思わず叫んでしまった。
振り向くと、私と同じ白いワンピースと黄色い輪っかをつけた少女が私を見ていた。
少女の背中には真っ白な翼が生えている。
「落ち着いてください。私は天使・セラです。天国の案内をしています。貴方のように、突然、魂だけになってしまった人は状況を受け入れるのに時間がかかりますが、私がサポートしますので安心してください。」
セラと名乗る天使は丁寧に今の状況を説明してくれた。
私は、死んだらしい。
正確には、魂だけになった。
死んだのとは違うらしい。
「どういうこと?」
「えーっとですね・・・。最近、異世界転生というものが流行っていまして、貴方の体は転生者の転生先に選ばれてしまいました。」
セラは申し訳なさそうに言う。
「は???」
「貴方の体は、日本という世界に住んでいた香苗という少女に与えられました。それで、貴方は体から魂だけが取り出されてしまったわけです。」
「つまり、乗っ取られたってこと!?」
「いえ、そういう、悪い言い方ではなく、あくまで転生と言って・・・」
「私の体を他人が使ってるんだから、乗っ取りじゃない!!」
「まあ、そういう言い方もできますが、我々としては転生と」
「返して!私の体!!!」
「お気持ちはわかりますが、一度、転生してしまうともう、体は転生者のモノなので」
「そんな―――。じゃあ私はどうなるの!?」
「申し訳ありませんが、貴方の入れる体が見つかるまで、この天国で待機していただくことになります。」
私は膝から崩れ落ちた。全身から力が抜けて、うなだれる。
こんな馬鹿なことが、まかり通っていいの?
ていうか何よ、転生が流行りって。人の体と魂を何だと思っているの。
「天国で過ごすのも良いものですよ。暇つぶしにゲームや漫画も用意してありますから」
セラが私を慰めるように背中を撫でる。
突然奪われた体と人生。
簡単に受け入れられない現実に私は涙が止まらなかった―――。
****
セラに案内された待合室のソファに、私は膝を抱えてうずくまるように座っていた。
セラが言ったように、待合室には、見たこともない遊戯や絵の描かれた本が沢山あり、転生を待つ人たちが楽しそうに遊んだり、読書を楽しんでいた。
私はその集団に混ざる気が起きなかった。
この人たちは私と違って、人生を全うしたか、前世が不幸だったから転生が楽しみらしい。
私は未練がある。幸せだった日々。優しい両親。仲の良い友達。
思い出すほど涙がこぼれる。
もし、これが不慮の事故で命を落としたとかならば、諦めもついたのに。しかし、私の体は全くの赤の他人が乗り移り、我が物顔でこれからの人生を歩んでいくんだ。
「転生するならどんなスキルにするかなー?」
「やっぱチートで無双してぇよな~」
遊んでいる集団からそんな会話が聞こえる。
単語の意味はよくわからないが、会話の流れから察するに、記憶を引き継いで転生すると(私に言わせれば乗っ取りだけど)特別な能力を持って、現世で何不自由なく暮らすことができるらしい。
私の体を乗っ取った、香苗とか言う女も、今頃、そんな特別な力を神様から貰って、おもしろおかしく暮らしているのか・・・。
考えるだけでも嫌になる。
ふつふつと怒りが湧いてきた。
いつしか怒りは全身にみなぎり、渦を巻く。
奪われたなら、奪い返せばいい―――。
取り戻して見せる・・・私の人生を・・・!
****
私は天国にある大図書館に行った。天国大図書館は宮殿のような建物で幻想的な雰囲気だった。
ここなら、あらゆる文献や資料があるはずだ。
体を奪い返す術もきっとわかるはず。
私はそれらしい本を片っ端から読む。
世界中のあらゆる、宗教、魔法、黒魔術、魂のことや、天国や地獄のことを、本から学ぶ。
魂になって唯一良かったことは、睡眠をとらなくてもいいことだ。朝から晩まで本を読んでも疲れない。空腹も感じない。
そんな読書漬けの毎日を送っていたある日、一つの方法を知った。
年に一度、死者が下界に行ける日がある。私の住んでいた世界では【ソウルムーン】と呼ばれる日。地球という世界ではハロウィンと呼ばれるらしい。
その日に、死者に呪いをかけられると体を死者に乗っ取られるという。
つまり、この日に私が香苗に会いに行き、呪いをかければ、体を取り戻せる―――。
(よし!この方法だ!)
運のいいことに、ソウルムーンは1週間後だ。
呪う方法は簡単。相手に恨みのエネルギーをぶつけること。恨みが強いほど呪いは成功する。
恨みならたっぷりある。
私の体を奪った恨み。私の体でのうのうと生きている香苗への恨み。
体を取り戻すことを決心した日から、憎悪は抑えきれないほど膨れ上がっている。
待って居ろ、香苗・・・!
お前を、お前の魂を、私の体から引きずり出し、呪い殺してやる・・・!
****
ついに、ソウルムーン当日が来た。
天国も飾り付けがされ、浮かれた雰囲気に包まれている。
「下界に遊びに行くみなさーん!夜明け前には天国に戻ってくださいねー!じゃないと、悪霊になって永遠にさまようことになっちゃいますよー!」
天使が魂たちに呼びかけをしている。
天使たちもみんな、魔女の帽子や、猫耳をつけて仮装している。
そんな様子を尻目に、私は、下界へと続く階段を降りた。
久しぶりに見る、慣れ親しんだ世界に涙がにじむ。
まずは、自分の家へ向かった。
(ああ、私の家・・・)
綺麗に飾りつけされた自分の家を見つめる。
母は、季節の行事を大切にする人だ。きっと今日は腕によりをかけて美味しい料理を作っているに違いない。
窓から家の中の様子をうかがう。
母の後ろ姿が見えた。
思った通り、料理をしている。
父はそんな母を手伝っているようだ。
(香苗がいない・・・!?)
私は目を凝らしもう一度家の中を見たが、私の体は見当たらない。
もしかしたら、友達とお祭りにいったのかも・・・?
街の広場ではソウルムーンのお祭りが開催されているはずだ。
私は、家に背を向けて広場へ向かう。
(待っててね、ママ。すぐに私は、本当の私に戻るから・・・)
****
広場では大勢の人々がお祭りを思い思いに楽しんでいた。
沢山の人の群れをかき分けて、私は香苗を探す。
(どこ?どこにいるのよ・・・!)
香苗がなかなか見当たらない。
姿は自分自身の姿なのだから、鏡を探すようなものだ。
私の髪は桃色で、後ろで三つ編みにしている。
もし、髪型を変えていても、自分の姿を見失うことは無いはず。
なのに広場を一周したが、見当たらなかった。
(そんな・・・っ)
早く見つけないといけないのに・・・!
焦る気持ちを落ち着かせて、よく考える。
冷静になれ私・・・。
広場にいないなら、友達の家?
それとも、近所を、回ってお菓子を貰っている?
いいえ、お菓子を貰うのは幼い子供だけ。私はもう十六歳だ。
ならどこへ・・・?
ふと、広場から少し離れた川のほとりに人影が見えた。
(いた――!)
お祭りの喧騒から切り離されたように、静かな場所。
そこに香苗はたたずんでいた。
香苗の周りには誰もいない。
チャンスだ。運命が私に味方しているように感じた。
相手には私の姿は見えないが、なんとなく、私はひっそりと近づいた。
私の奥から恨みが溢れ出す。
呪ってやる・・・!呪ってやる・・・!
私は一心に、恨みを香苗に向けた。
その時――
「ごめんなさい」
私の耳に静かな声が届いた。
香苗は月を見上げ、両手を組んで祈るような仕草をしていた。
「リアナ・・・私が体を奪ってしまってごめんなさい。」
私は動きを止めた。香苗をじっと見つめる。
「そして、私に新しい人生をくれてありがとう・・・。私は、前世で、病気のせいでずっと寝たきりだった・・・。貴方の健康な体になれて本当に感謝しています」
頭の中にあった、憎い相手のイメージが揺らぎ、目の前の少女に変わっていった。
あんなに、巨大だった憎しみが、空気が抜けるようにしぼんでいく・・・。
どんな事情があっても、体を奪ったことに変わりない・・・でも、どうしてかこの子を憎み切れない・・・。
****
やりきれない思いを抱えて天国へ戻った。
せっかくのチャンスだったのに、何もできなかった。
「リアナさーん!」
天使のセラが私を呼んだ。
「なに?」
「朗報です!下界で新たな命が生まれるようですよ!」
「え?」
セラは水晶玉を私に見せる。そこには一組の男女が映っていた。
「今ならこの二人の赤ちゃんに生まれ変わることができますよ!」
「生まれ変わる・・・」
「赤ちゃんにはまだ、誰の魂も宿っていませんから安心してください。ただし、新しい命として生まれ変わるには、今の記憶は全て消去されてしまいますけど・・・」
私は、ぼーっと水晶に映る男女を眺める。
とても優しそうな夫婦だ。
女性の慈愛に満ちた表情をみていたら、涙が一筋頬を伝った。
この人の子供に生まれたらきっと幸せだろう。
でも、記憶が消えてしまうのは・・・。
(ママ・・・パパ・・・)
私の本当の家族の記憶が消える・・・。
「きっと、ご家族やお友達の記憶の中に、入れ替わる前の貴方が残っていますよ」
そっと、セラが私の背中を撫でる。
ああ、そうか。
私が忘れてしまっても、きっとみんなが覚えてる。
もちろん、香苗も私の事を月に祈ってくれる。
「私、次の人生でも幸せになるわ」
私はいたずらっぽく言った。
「その意気です」
セラはふふっと微笑む。
さようなら、私。
待ってて、新しい私。
転生者に体を奪われました。 みずあそう @mizuasou
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