新米狩人とベテラン観察者の探訪録

リズ

第1話 観察者【ウォッチャー】

 良く晴れた日だった。

 その日、一時的に組んだパーティと協力し、冒険者の男、ゼルク・コードは森の奥で、一頭の四足で地を駆ける竜を追い詰めていた。


「尻尾を立てた! ブレスが来るぞ!」


 ゼルクの声に、大盾を持った青年が前に出る。

 すると、ゼルクの言った通り、竜は火炎を吐き出した。

 その火炎は大盾を持った青年に防がれ、青年の後ろから飛び出した男が二人、左右から馬四頭分ほどある竜の巨体に槍を突き立てる。


 痛みに悶え、叫ぶ竜。

 

「ロックステーク! 今!」


 再びゼルクが声を上げると、木の影に隠れていたローブを羽織った女性が姿を見せ、杖を掲げて魔法を発動。

 比較的柔らかい竜の顎下を地面から生やした岩の杭で貫いた。


 しかし、魔物の生命力とは凄まじいもの。

 これほどの攻撃でも息絶えることはなく、体を持ち上げ、二足で立ちあがろうとした。


 しかし。


「残念だけど、終わりだ」


 追い詰められて、立ちあがろうとした竜の頭部に飛び乗ったゼルクが呟く。

 そして、剣を逆手に持ち変えて、竜の眉間に深々と突き刺し、黒い髪を返り血で紅く染めた。


 それから数刻後。


 ゼルクを含めたパーティは街に戻ると、冒険者ギルドに向かい、依頼の達成を報告。

 倒した竜の魔物の回収を回収班に任せて、自分たちはギルドに併設された酒場で祝杯をあげていた。


「いやあ今回も楽勝だったな!」


 大盾で竜のブレスを防いだ青年が笑いながらそう言って、木のコップを一気に煽って中身の酒を飲んだ。

 それに続いて、仲間達も酒を飲み、今日の戦果を喜び笑う。


 しかし、ふと魔法使いの女性が言った「でも、今日でゼルクさんとはお別れなんだね」という言葉で、一気に皆暗い顔になってしまった。


「なんで今言った?」


「だって……」


「まあまあ。君たちはここから南、王都に向かうんだろ? ならここでお別れなのは仕方ない。俺はここから北に行くからね」


 青年の言葉に目を伏せる魔法使いの女性。

 二人を見て苦笑を浮かべ、ゼルクは皿に乗っている羽付牛【スラビー】のステーキを口に運ぶ。


「君たちのおかげでいい情報も手に入った。討伐した走竜ガウナスの詳細が更新出来そうだよ」


観察者ウォッチャーの仕事って大変そうっすよねえ、魔物の情報を集めたり、解析したり、対策考えたり」


「未来の冒険者達や、国を守る騎士達のために、誰かがやらなきゃならない仕事だからね。まあ、それなり以上にやる価値はあるよ?」

 

「だからって、単独で魔物狩りなんて、絶対やりたくない条件をクリアしてまで観察者になろうとは思いませんけどね」


 青年の言葉に同意して頷くパーティメンバー達。

 それを見てゼルクは困ったように眉をひそめると、酒を口に運び、今日という日を楽しんだ。


 それから数日後。

 しばらくパーティを組んでいた仲間たちを見送ったゼルクは、一人で街を歩き、冒険者ギルドへと足を運ぶと、受付カウンターへと向かう。


「いらっしゃいませ観察者、ゼルク・コード様」


「資料室に行くよ。ガウナスの情報更新を終わらせるから、各所への共有は任せるよ」


「かしこまりました」


 受付に座る猫耳を生やした人に寄った獣人族の女性の返事を聞いたあと、ゼルクは受付の横を通り過ぎて、廊下を奥へと進んでいく。


 そして、途中にある木の扉を開けると、並んだ本棚の合間を歩き、目的の書籍を手にする。

 その分厚い一冊の書籍を手に、壁際に置かれている小さな机の方へ向かうとゼルクは椅子に腰を掛け、書籍の表紙を捲った。


(そ、そ、そ、あったあった)


 魔物の名称別に分けられたページを捲り、ゼルクは先日討伐した竜のページを開く。

 そして机に置かれていた羽ペンに、スライムの体液を用いて精製された黒いインクを付けると、開いたページに文字を記していった。


 そうして作業をしていると、資料室の扉が開かれる音が聞こえてきた。

 誰かが資料を取りに来たのかと思ったが、どうやら目的はゼルクのようだ。

 

「ゼルク・コード。お前に客だ」


 そう言ったのはこの街の冒険者を束ねるギルドの長。

 ギルドマスターを務める壮年ながらに鍛えられた筋肉が目立つ男性だった。


「客って……この子ですか?」


 ギルドマスターの言葉にペンの手を止めて顔を上げるゼルク。

 その目にはギルドマスターの横に立つ、黒いロングストレートの髪を後ろで結った少女が映った。


「初めまして。ティルカ・ファルマといいます」


「ああ、初めまして。俺はゼルク・コード……え?」


 短い自己紹介と、ペコッと下げられた頭に、ゼルクも名乗り返しはしたが、次の言葉が出てこないので、ゼルクはついつい声を漏らす。


 そんな彼にティルカと名乗った少女はその翡翠のような緑色の瞳で、ゼルクの黄色味がかった琥珀色の瞳を真っ直ぐ見つめると「ゼルクさん。私を弟子にして下さい」と、言って再び頭を下げるのだった。

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