世、妖(あやかし)おらず ー欺瞞繭(ぎまんまゆ)ー

銀満ノ錦平

欺瞞繭(ぎまんまゆ)


 私は嘘つきである。


 なぜ嘘をつくのか…そんなものはこの地球に生きている生命体に何故酸素を吸って二酸化炭素を吐いてるのかと投げ掛けているものである。


 嘘が得意な人間を二枚舌というが、私に関しては十枚舌位あるのではと自負している程である。


 だが決して詐欺師とかいう訳ではない。


 人の人生を潰す嘘をついているわけでもないし、

逆に自分の人生に影響を与える嘘をつくわけでもない。


 本当に小さい嘘をつくだけだ。


 仕事に行きたくないなら少し体調悪いと休んで一日中ゲームをしたり、友達との約束している際にその日は行く気が起きずにこれも体調悪いと嘘をついたりしていた。


 他にも落ちた十円を拾った振りして、自らの十円を誰も知らぬ他人に「落としましたよ。」と渡したり、コインランドリーで誰かの忘れ物を敢えて如何にもその人の所有物でないと分かっているにも関わらず、「これ貴方のですよね?」と嘘をついて、持たせたりと本当に小さく下らなく、相手がただ困惑してしまう嘘が自然と口と身体が勝手に動いてしまう体質というか性格になってしまっているのだ。


 猫もそうだ。


 誰かも知らぬ猫の尻尾を間違えて踏んでしまった際にも、「私じゃない誰かが踏んだ。」と嘘を吐いた…意思疎通出来ないので結局猫に追われて散々であった事だってあった。


 犬にも確か、嘘をついたことがある。


 野良犬を間違えて轢いた際には、瀕死状態の犬に「私ではない。私の前の車が君を轢いてしまったんだ。」と申し訳なさそうに嘘を吐いてその場を後にした事さえあった。


 そういえば…ハムスターにも嘘をついたことがあった。


 ハムスターを間違えて踏みつけてぺしゃんこにしてしまった際には、「履いていたスリッパが勝手に落ちた、ごめん。」と深々と礼を下げ、雑巾で拭きながら嘘を吐いた。


 将又、虫にも嘘をついたことがある。


 蟻を踏んだ際には、近くで列を組んでいた他の蟻に「足が滑った。」と意思疎通出来ない筈なのについ口から嘘が出てしまう。


 蚊を手で潰した時も、「手の痙攣のせいで偶発的に手を動かしてしまった、ごめんなさい…。」とその潰れた手の状態で土下座をしながら嘘を吐いた。


 更には…顕微鏡の台にプレパラートに移した微生物に誤って自身の唾が入り込んでしまい、苦しそうに藻掻き始めた際にも「顕微鏡から、油が垂れてきてしまった…お前らほんとごめんよ…」と涙を流しながら私は、口を食いしばり過ぎて口の中が血だらけになってしまった…なんて事もあった。


 そういや…植物にも嘘をついたこともあった。


 地面にも嘘をついた事もあった。


 マンホールにも。


 道端に落ちていたガムにも。


 自動販売機の横にある満杯のゴミ箱にも…。


 太陽にも嘘をついた。


 闇夜に照らす月光にも嘘をついた。


 歩いている私の足にさえ嘘をついた。


 寒さで爛れた両腕にも嘘をついた。


 不自然な動きをする心臓の鼓動にも、聞こえ辛い耳にも、震える唇にも、ボヤける眼差しにも…全て、全て嘘をついていた。


 だけどそれらはなんら私の影響に及んでいない…些細な嘘でしかない。


 人生に躓きもせず、踏んづけても痛くない小さい小さい石ころが、私のついている嘘だ。


 そんな嘘に誰も何も言ってこない。


 だから影響など与えても与えられても、人間には迷惑を掛けていない。


 だが、今私の目の前で起きている出来事は…事実である。


 何が起きているか…これを私以外の誰かに言ったとしてもそれが真実かどうかなんて理解出来るのか、出来たとしても信じてくれるのか…それが私はとても不安でしかないのだ。


 その不安さえ嘘なのかもしれない。


 自分の感情、相手に向けての感情さえ下らない嘘をついてしまい、この困惑の感情さえ嘘なのかもしれないと私自身が混乱してしまっているのだ。


 一先ずこれが私の嘘か…それとも本当の出来事かを判断する相手が居らず、この様に手紙にしていつか訪れるであろう我が友人なのか身内なのかは分からないが是非を問いたいと思っている次第だ。


 もし嘘ならば、私はそのままこの手紙を破り捨てて誰もこれを読むことは一生ない、私の小さな嘘として自身の中で忘れ去られるだけである。


 逆にこれを見てしまっているのならば…私はこの手紙を書いた数日後に死んでしまっているかもしれない…いや、確実に死んでいる筈。


 それが病死なのか自害なのか他殺なのかその他の死亡理由があるかもしれないが…兎も角、私はこの世にはもう存在していないと思う。


 私は今まで1つとして【本当】を言う事が無かった。


 いや…あったかもしれないが【真っ白な本当】を告げた事が一度も無かった。


 必ず嘘を織り交ぜてしまっていた。


 だから、今ここに書く出来事こそが人生で初めて私が真っ白な本当を話すことだろう。


 …これに気が付いたのは、私が自分の家の畳に嘘をついてしまった時のことだった。


 その日はジュースを手が滑ってつい畳に落としてしまい、私は何時もの様に「天井から雨漏りしてしまった。」と畳を舐め回し謝罪していると、畳の隙間に白い糸が斑に生えているのに気付いて、畳を外すことにした。


 私はそこで驚愕した。


 白い糸の塊…何かの虫の繭らしき物体が畳の下一面に張り付いていたからだ。


 私はそこで、唖然としてしまって何か嘘をつかなければと「あ、わ…私は見ていません!」と初めて狼狽しながら大声で嘘をついてしまった。


 すると…小さい繭の糸が別の繭を作り始めたのだ。


 私は驚き、慌てふためいた際にまた「これは痙攣です、貴方達を驚かしている訳ではないのです!」とまた大声で嘘を吐いた。


 すると別の繭の糸がまた別の繭を作り始めた。


 なんだ…これは一体何なんだ!私はここで初めて自身の感情を大声で吐露したと思う。


 しかし…その言葉さえ私は嘘だと言わんばかりに繭が繭を増やす。


 そう、嘘なのだ…ほんとは、私は美しい…と感じてしまっていたのだ。


 私の嘘で増えるならこの繭は、私の嘘を糧に増殖している…つまるところ私の子らと思い込んでも致し方ないの思うのも無理はない…。


 だから私は嘘を吐いた。


 それはもう親鳥が子鳥にミミズをやるが如く。


 親のライオンが狩った餌を子のライオンに分けるが如く。


 雌牛が子牛に乳を差しあげるが如く…。


 そう、私は母親となっていたのだ。


 だから私は…その後にもどんどんと嘘を吐き、増やした。


 増やして増やして増やして増やして…。


 気が付けば繭は畳の下の空間を満杯に牛耳る程に増殖していく。


 私は何時も繭に「愛らしい」と愛でていると、その度にまた繭が増えた。


 だが…私は増える度に愛らしさとは引き換えに日々日々、体調が芳しくない状態が続くこととなってしまっていた。


 だから…私はこの手紙を残すことにした。


 自身でも何故かこの日に死ぬっていうのが感覚で理解してしまっている。


 だが、これも思い過ごし…気の所為とか幻覚とかそういう精神的なストレスの所為で起きている体調不良であればと…書いてる際にも繭がまた増えた…。


 最後に…何度も書くがこれを見ているということは、私は死んでしまっているであろう…だから最後に…本当に最後に確認をしてほしい。


 畳の下を見てくれ。


 見て、判断してくれ。


 私のこの手紙が嘘なのか本当なのかを…。


 そして…聴いてくれ。


 無数に鳴り響く赤ちゃんの泣き声を…。


 おぎゃあ…おぎゃあと繭から生まれるわたしの子らを…。


 そして…育ててくれ…。


 私の代わりに…私の子らを…。


 おぎゃあ おぎゃあ


 繭がまた一つ…増えた。



 



 


 



 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 



 


 


 


 


 

 


 


 


 


 

 


 


 


 



 


 

 

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