改訂版:廻る魂と巡る世界の神的叙事詩 Kari・ramatu Kari・mosir Kamuyyukar

創造ヲ記スモノ

第1倭 時空を超えて

   ――風は竜巻となりて無を宿し 無より眞なる神威之力生ず――

(レラ ア ヤイカラ ペウプンチセ アン イサム アンペ シ カムイ マゥェ ヘトゥク)


 眼前に揺らめく紫炎が左右にふたつ、その中央やや奥まった所、薄く透き通るヴェールを隔て宙に浮かぶ青く美しい球体がひとつあり、それを見つめる者だけが唯一意思を感じる存在であった。見上げると闇に吸い込まれるまで果ての無い程ゆとりのある空間の中、視認できるのはそれらだけであった。その者は冷たく滑らかな手触りの大理石製の柱と眩く輝く燭台の立ち並ぶ大聖堂にも似た荘厳ながらも静寂に包まれた空間で、思案を重ね無念の決断をせざるを得ない表情で呟いた……。


「……やはり、やり直さねばならぬか……」


「すまぬな……」


 予兆なしに何モノかが暗闇より浮かび上がる、いや、《生まれ出づる》と言った方が的確であろう。


「……主の仰せのままに」


 しなやかなローブを翻し恭しく一礼し、《主》に命じられたモノはまたもや音もなく闇に溶け込む様に消え去っていった。


 ――住宅街の中の小さな一軒家、ニ階の部屋の窓から朝の日差しが優しく眩しく顔を照らす。耳元ではて慣れた様子で起こす少女が目に入る。少年が声に促され静かに目を開くと、腰に手を当て仁王立ちになって呆れ気味に待ちくたびれた表情が目に入ったが未だ上の空で一言呟く。


「《やり直し》――あれは、夢――?」


「待ちくたびれたわよ竜輝、やぁっとお目覚め?」


「……ごめんなさい楓ちゃん! もの凄く強烈な夢――いえすぐに準備します!」


 言いながら慌てて寝床から飛び起き竜輝と呼ばれた少年は手早く着替えると、楓はすでに手にした櫛で手際よく整え二人で慌てて駆け出していく。空からは優しく祝福する様に日の光が降り注ぐ。大型連休前最後の登校日、何ら変わらぬいつもの朝であった。


「やはり、あの石板は叙事詩の――」


 走りながら呟くと察したように声がかかる。


「もう、またおかしなことしていたんでしょ? 昨日もこっそり神社の裏の遺跡に忍び込んだり、まさかなんか拾って持ち帰ったりしてないよね?」


「え、い、いや、ははは……。」


 思わず正鵠を射抜かれ言葉を失い呆けるも、前方より向かい来る自転車を跳びながら半身に躱しさら歩を速め前方に駆け出して手招きする。


「もう少し急がないと遅れますよ!」


「こらっ! 待ちなさい竜輝ってば」


 葉桜の柔らかな緑を携えた木々が立ち並ぶ道を駆け抜けた先に彼らの学び舎はある。


「――間に合った」


 同時に言葉を漏らしこれまた同時に大きく安堵の息をつき門を潜っていく。

帰宅後例の本を読もうと目論んでいた竜輝は、魂胆を見透かされ先に宿題をと半ば強制的に楓から提案され、さらには自宅で部活の続きまで強いられた為結局入浴や夕食を終えて自室に戻ったこの時間からになってしまったが、気を取り直して読もうとしていた。


(やっと読めますね……。 しかあの部活の稽古、この平和な日本でしても――しかも未だにボクの方が先にチカラ尽きてしまうのですが)


 それはそれで今後頑張ることにして竜輝は心躍らせ本を開く。知らずの内に弾んだ声が唇から溢れ心情を吐露する。


「……この四小節目の『神詩の権能目覚めさせ 刻を超え征く妹背達』ってまさに昨日見つけたあの石板――!」


「石板て何?」


 心臓を掴まれた様に息が止まる。恐る恐る振り向くと片眉をあげ怪訝そうな表情の楓が。


「――石版の輝きがボクを……いえどうしても好奇心が……それより見て下さい! これはまさにこの叙事詩の一節、恐らくその原版です!」


いつものアレか、そう自分を納得させて一つため息を漏らして楓は気持ちを切り替える。


「で、暴走好奇心くん――後で返すとして私にも見せて?」


「はい、これです!」


 一番下の引き出しを勢いよく手前に引くと、そこには燐光の様にかすかに光を放つ石板が顕れた。金属とも大理石とも違い紺碧にも紅蓮にも角度を変えると見える滑らかで美しくも時の流れを感じるモノであった。


「へぇ、これなのね」


「えぇ、この石板のここに……うわっ!」


 二人の掌中にあるそれは輝きを増し明滅し始める。観ると石版周辺から砂の海に現れる蜃気楼の様な揺らぎと歪みが溢れ出し、さらにまるで生きているかの如く脈打ち始めた! 窓は昏い闇に覆われ街明かりも全く見えない。


「な、なによこれ! 間違いなく危険だわ! 普通じゃない! ――っ! 手が、は、離れない!」


――言の葉を顕したくば……神呪を――


「っ! 今の声」


「楓ちゃんにも聞こえましたか! 神呪とは……この本の冒頭のこれだと思います!」


 表紙をめくるとすぐに一文書かれてあるこれを竜輝は指し示した。

冷たい滴を額から一筋流し意を決した様に竜輝は言う。


「楓ちゃん――ボクを信じて下さい!」


「えっ? 何をするのっ? これもし爆発でもした――」


「もうこれしかありません! 一緒に! ――詠みます! 『風は 竜巻となりて無を宿し 無より眞なる神威之力生ず』! 言の葉よ神呪を以て歴史と成れ!」


「あっ!」「あぁ…!」


 二人同時に声を漏らす。目も眩むばかりの光と渦巻く風から溢れ出る不可視の権能が二人を瞬く間に包み、いや呑み込み喰らいつくした!


 後に遺る本をそっと拾い上げ胸に抱く者が一人。


「――間に合いましたか……彼の刻へ旅立たれましたね……」


 そこまで言うと先ほど生じた渦巻く風は本を拾いし彼女を、いや世界すべてをも呑み込み白紙に還すかの如く吹き荒れていく!  


「永く渦巻く旅路の果て、二人に幸あらん事を!」


――絶対なる神威カムイの奔流。幾度目かの終焉――そして――。


「――きて。……ちょっと起きなさいってば、ヤチホコ!」


 乾いた音が耳で弾けると共に急速に現世へと意識は還ってゆく。反射的に飛び起きると眩さに視界を塞がれる。優しくも力強い太陽トカㇷ゚チュㇷ゚の光。それを背に腰に手を当て仁王立ちする少女の影が。



「かぇ……いや……スセリ……?」 「やっと起きた! もう、今日は何の日か忘れていないよね?」


 スセリは呆れたように頬を膨らませながらも、手にはすでに儀礼用のくしが握られている。  今日は『参殿の日』と言い、この意宇おうの国を護る神威に祈りを捧げる最も重要な儀式の日である。


「ごめんなさい、変な夢を観ていたのです。……終わりの世界より……刻を超えし夢」


「また縁起でもない寝言を。ほら、背筋を伸ばして。髪をくわよ」


 スセリが背後に回り、慣れた手つきでヤチホコの髪に櫛を通し始める。  高床式の窓から吹き込む風は、山桜カリンパニの甘い香りを運んでいた。眼下には、意宇をはじめ神威と呼ばれし古き神々と人々が共存する『奴国なこく』の集落が広がる。穏やかな朝。先ほど見た滅びの夢が嘘のように世界は美しく輝いている。


「……急ぎましょう、ヤチ。神様おとうさまがお待ちよ」 「はい、行きましょう」


 整えられた髪に気が引き締まる。これは、繰り返される歴史の、あるいは新たな終わりの始まりの朝であった。

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