2 自分の能力くらい自分で把握して欲しい
動揺の走る
「一羽も逃がしませんよっおとなしく食卓の彩りになってくださいっ!」
そう言い放ち、群れの中に飛び込んだアステルが『祈り』の言葉を叫ぶ。
「
その言葉に応えるよう、周囲の地面から立ち上る、眩くもどこか禍々しさを孕む光の柱。
それは辺り一帯を覆い
何事かと身構える
「っっせーーーい!!」
鋭く低い風切り音を放つ槌の先端が
くぐもった悲鳴のような鳴き声を発しながら、その巨体が吹き飛んだ。
直線上にいた数匹を巻き込みながら冗談のように飛んでゆき、いくつもの木々をへし折ってようやく止まった。起き上がってくるものはいない。
何が起こったのか理解できない様子で硬直する残りの
「んにゃらぁぁーーーっ!!」
奇怪な掛け声と共に最上段から振り下ろされる鉄塊の痛烈な一撃に、倒れるというよりも地面に叩き付けられる
広範囲を巻き込む薙ぎ払いに必殺の振り下ろしと、更に続くアステルの攻撃により、瞬く間に
そのうち一匹が、やぶれかぶれのような様子でアステルに攻撃を仕掛けた。羽ばたきによる急加速を活かした突進だ。
超重量と頭部の角による、破壊力の塊のような突撃。
掠るだけで胴体が寸断されそうなその攻撃に対し、アステルは防御も回避もしなかった。
迎え撃つよう
吹き飛ぶどころか負傷の一つも無く、ただわずかに仰け反り「あいたっ」と顔をしかめた程度のアステル。むしろ
何故目の前の生物が無事なのか全く理解できず、怯えて後退しようとする
轟音と共にその体は地面に沈み、残りは二匹となった。
群れの長のような存在なのだろうか、他の個体よりやや大きな体と翼を持つ二匹に対峙し、アステルは
「んっふふ、あと二羽ですね〜。これだけ大っきいと食べ応えがありそうで期待にお腹がへこみますねっ」
アステルには奴らがもう完全に食材にしか見えてないようだ。
しかも何故かずっと鳥扱いしている。どう見ても牛か猪を素体に羽を付けた感じの外見だけど。どういう判定基準してるんだ。
アステルの言い放った言葉に恐れをなしたわけではないだろうが、残された二匹の
そして、打ち合わせたかのように同時に、一匹が背を向けて逃走、もう一匹がそれを守るようアステルの前に立ちはだかった。
一匹を囮に、どちらかを安全に逃がす腹づもりなのだろうか。知能が高いと知ってはいたがまさかこれ程とは。
「あっ、大っきい方! 逃がしませんよっ!」
と、逃げた方を追おうとし、立ちふさがる
すれ違いざまに振り上げられた
――こつん、と気の抜けた音を立ててその体に弾かれた。
「…………あれ?」
足を止め、吹き飛ぶどころか微動だにしていない
体を強張らせていたところに予想外の軽すぎる衝撃を受け、不思議そうにしている
「ふぃっ……フィーノ様ぁやっちゃいました~~!! たしゅっ助けっ……!!」
つい先程までの能天気な威勢は一瞬にして消え失せ、涙目で助けを求めるアステルに、俺は小さく嘆息した。
アステルが展開していたこの術は、本来は、自身とその周囲の対象の、物理的な干渉の影響を増減――平たく言えば自分と仲間の攻撃力と防御力を一時的に大きく増加させるものだった。
それが何かの手違いにより、『強化を周囲の全員に一瞬だけ付与した後、それらを全て自身で吸収する』という強欲で暴力な効果に変質してしまったらしい。
そしてこの『周囲の対象』の判定には敵味方の区別は無い。
つまり。
『自分の周りに誰かがいればいるほど、自分がヤケクソに超絶強化される』。
特に対多数との戦闘において、圧倒的な優位性と破壊力を持つ術である。
アステル自身と俺、そして十数匹の
だが、変質の結果か極大な効果の代償か、この術にはひとつ重大な欠点があり――、
「フィーノ様ぁ~~!! このままじゃ
知らねぇよ。
混乱からか至極どうでもいい事を尋ねるアステルを、無言で見下ろす
その巨躯がじわりとアステルに迫り――、
――そのまま地面を揺らして崩れ落ちた。
「…………ほへっ?」
突如目の前で倒れ伏し動かなくなる
しばらく様子を見て、恐る恐る
首を傾げるアステルに、俺は声を掛ける。
「もう倒してあるから安心していいよ。あと群れを蹴散らしてくれて助かった、ありがとうアステル」
「倒し……へっ? フィーノ様いつの間にっ!?」
俺の言葉に目を丸くして驚くアステル。
いつの間にと言われるとまぁ、アステルが術を切らした時には既に、ってところだろうか。
多数を対象に発動すると、
事前に展開していた四人対象での使用なら三十分ほどは持続するが、十数体を巻き込むとなると、とんでもない強化具合の代償として、とんでもなく時間が短くなることは予測できていた。
そしてこの術、継ぎ足すように続けて使用することはできるが、一度効果を切らすとしばらく再使用はできない。
なので、アステルが群れの大半を撃破し残り二匹になった辺りで、俺も戦う準備をしていた訳だ。注目は全部アステルが集めていたから誰も俺を意識していなかったし。ちょっと疎外感はあったけど。
「助かりましたついでにフィーノ様、さっき最後の一匹が逃げちゃいましたけどっ!」
「あ、そっちももう仕留めてあるから大丈夫」
「へぁっ!?」
逃げ去ろうとした時にはもう仕留めておいたので、どちらかと言うと今アステルの前に倒れている方が最後だ。
珍妙な声を上げて驚くアステルに、俺は軽く釘を刺した。
「助けてくれたのは本当にありがたいんだけど、そろそろ術の効果時間は自分で把握して欲しいかな。俺が計ってないと切らすんじゃ、そのうち大変なことになりそうだし」
と言っても、戦いながら時間を計測するような器用な頭を彼女が持ち合わせていないのは百も承知なのだが。できれば本人の体感でどうにかしてほしい所ではある。
「いや~、あはは~、ですよね~。……がんばります」
頭を掻くアステルに苦笑し、周囲に転がる夥しい数の
聞いていた情報と照らし合わせると、恐らく依頼の討伐対象はこれで全てだと思われる。
仮に多少どこかに残っていたとしても、長らしき個体とその群れ大半を駆逐したのだ。しばらくは大人しくしていることだろう。
あとはこの量の肉をどう処理したものか、ひとまず今夜は
「そういえばアステル、
「えっ? ……あっ、そ、そうでした! ミュイユちゃん、いつの間にかどこか消えちゃってっ!」
やれやれ、枯羽牛の処理は後回しにして、ひとまずは迷子探しか。
ひとつ息をつくと、俺は今更のように慌てだしたアステルを連れて、はぐれた仲間を探しに森の奥へ向かったのだった。
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