『悪役令嬢なのに、友達を求めてぼっちを貫いたら、勇者(光属性美少女)まで私に惚れ込んできた件』 ~処刑回避のために人助けしたら、なぜか世界が百合ハーレムに改変されていくようです~

秋葉原うさぎ

第1話「処刑ルート回避のために『ぼっち』を極めようとしたら、勇者(美少女)を拾いました」


「……う、そ」


 豪奢な天蓋付きのベッドから起き上がり、私は姿見(ミラー)の前で凍りついた。  そこに映っていたのは、私じゃない。  黒髪に地味なメガネ、クラスの端っこでスマホをいじっていた「私」の姿はどこにもなかった。


 代わりにそこに立っていたのは――月光を紡いだような銀色の長い髪。  血のように赤く、けれど宝石のように透き通った瞳。  陶磁器のように白い肌と、高校生とは思えないほど発育の良い、豊満な肢体。


 息を飲むほどに美しく、そして背筋が凍るほどに冷酷な美貌。


「コーデリア……フォン……ローゼンバーグ……?」


 その名前を口にした瞬間、脳内に稲妻のような痛みが走る。  同時に、雪崩のように流れ込んでくる記憶。


 ここは、私が前世(・・)で隠れてプレイしていた男性向け18禁ファンタジーRPG『エターナル・ローズ』の世界。  そして私は、そのゲームに登場する「悪役令嬢」コーデリアになっている。


 役割は単純。  主人公(男)の行く手を阻み、ヒロインたちをいじめ抜き、最後には無残に処刑される噛ませ犬。


「い、いやあああああああああっ!?」


 私は頭を抱えて叫んだ(つもりだったが、口から出たのは「……なんてこと」という、やたらと艶っぽい吐息だった)。


 無理無理無理!  私、ただの女子高生だよ!?  コミュニケーション能力なんてミジンコ以下だし、友達作りたくて自己紹介の練習してたのに噛んで終わったような人間だよ!?  そんな私が、貴族? 魔法? 悪役令嬢?


「死ぬ。絶対死ぬ。処刑ルート直行じゃん……!」


 ガクガクと震える膝を抱え、私は床に座り込んだ。  『エターナル・ローズ』はハードなゲームだ。選択肢を一つ間違えれば即バッドエンド。しかもコーデリアの死に様は、ファンブックで「芸術的な死」と称されるほどバリエーション豊かだ。


 火あぶり、断首、魔物の餌、国外追放からの野垂れ死に……。


「やだ……私、まだ恋もしてないのに! タピオカの新作も飲んでないのに!」


 涙目で顔を上げる。鏡の中の絶世の美女も、不安げに眉をひそめている……はずなのだが、なぜか鏡の向こうの彼女は「獲物を狙う強者の眼光」を放っていた。  なんで!? 私、今めちゃくちゃビビってるよね!?  元々の顔立ちがキツすぎるせいで、怯え顔が「不機嫌な女王様」にしか見えないのだ。


「……落ち着け、私」


 深呼吸だ。ヒッ、ヒッ、フー。  現状を整理しよう。  私はコーデリアになった。これは変えられない事実。  でも、今はまだゲーム開始直前……「入学式」の朝だ。  つまり、まだ何も悪いことはしていない。


「そ、そうだ! 今日から心を入れ替えて、誰とも関わらず、目立たず、空気のように過ごせばいいんだ!」


 悪役ムーブなんて絶対しない。  主人公やヒロインたちには近づかない。  教室の隅っこで教科書を読んで、花の水やりとかして、善良なモブAとして生きる。  そうすれば、断罪イベントなんて起きないはずだ。あわよくば、気の合う地味めな友達を一人作って、放課後にお茶とかできたら最高だ。


「よし、決めた! 目標は『平穏無事』と『お友達作り』!」


 私は鏡の中の自分に向かって、ふんす、と気合の入った(つもりだが、見た目は殺気立った)ガッツポーズをした。


 ――その時だった。


 パリンッ!!


 寝室の隅で、何かが砕け散る音がした。  ビクッとして振り返ると、そこには一人のメイドが立ち尽くしていた。  足元には、粉々になった青い花瓶。  この国の国宝級の芸術品だ。


「あ……あ、あ……」


 メイドの少女――ルナは、顔面蒼白で震えていた。  あ、この子知ってる。ゲームのサブキャラクターだ。  原作では、この花瓶を割った罪でコーデリアに鞭打たれ、頬に傷を負い、その恨みから後に敵対勢力に情報を売ることになるキャラだ。


(やばい! これ、第一の破滅フラグじゃん!)


 私の背筋に冷たい汗が流れる。  ここで私が怒れば、彼女は私を恨む。  でも、どうすれば?  ルナは今にも気絶しそうだ。彼女の震える瞳が、私を見上げている。


『こ、殺される……!』


 そんな悲鳴が聞こえてきそうな表情だ。  違う、私は怒ってないよ! むしろ「怪我はない?」って聞きたいの!  でも、口が勝手に動かない。コミュ障特有の「あ、う、えっと」が喉で詰まる。  それに、ここで私がデレデレしたら、キャラ崩壊で怪しまれるかもしれない。


(ど、どうしよう……とりあえず、彼女を落ち着かせなきゃ。大丈夫だよって伝えなきゃ!)


 私は必死に思考を回し、震える声で精一杯の言葉を絞り出した。


「……さが、って」


 声が裏返った。  いや違う、低い声が出ちゃった。


「下がってなさいと言っているの。……それは、私がうっかり袖を引っ掛けて落としたのよ。貴女は何も見ていない。……いいわね?」


 言った後で、私は内心で頭を抱えた。  今の言い方、完全に脅しじゃん!  「余計なことを言ったら消すぞ」っていうマフィアの言い回しじゃん!


 ああ、終わった。  初日から恨みを買ってしまった。ルナちゃん、ごめんね。私みたいな悪役令嬢の下で働かせてごめんね……。


 私は罪悪感でいっぱになりながら、割れた花瓶の破片を拾おうとした。  しかし。


「――ッ!」


 ルナが、床に膝をつき、額を擦り付けるように平伏したのだ。  えっ? 命乞い?


「……コーデリア様……」


 ルナの声は震えていた。  けれど、それは恐怖ではなかった。


「私の……不始末を……ご自身の過ちとして……。私の命を、尊厳を、守ってくださるのですか……?」


「へ?」


 私は間の抜けた声を出した。  ルナが顔を上げる。  その瞳は潤み、頬は紅潮し、まるで信仰する神を見るような熱っぽい視線が私に突き刺さった。


「これまで、冷酷な方だと思っておりました……。ですが、それは仮面だったのですね。本当は、誰よりも使用人を想い、傷つかぬよう配慮してくださる……慈悲深き女神のようなお方……!」


「いや、あの、えっと(誤解です!)」


「一生……いえ、死して魂となっても、貴方様にお仕えいたします。私の全ては、今日この瞬間からコーデリア様のものです」


 ルナは私のドレスの裾を掴み、そこに崇拝の口づけを落とした。


(……あれ? なんか好感度の上がり方おかしくない?)


 重い。愛が重いよルナちゃん!  私は友達が欲しいのであって、狂信者が欲しいわけじゃないんだけど!?


 こうして、私の「平穏な学園生活計画」は、開始五分で早くも不穏な方向へと転がり始めたのだった。



 王立魔導学園の入学式。  そこは、ゲームで何度も見た煌びやかな世界そのものだった。  高い天井、シャンデリア、色とりどりのドレスや制服に身を包んだ貴族の子女たち。


(ひぇぇ……人酔いしそう……)


 私は講堂の隅、太い柱の影に隠れて息を潜めていた。  目立ってはいけない。  コーデリアの美貌は凶器だ。立っているだけで周囲の視線を集めてしまう。  さっきも、すれ違った男子生徒が顔を赤くして電柱にぶつかっていた。ごめんなさい、私の顔面偏差値が高すぎてごめんなさい。


「……そろそろね」


 私は心の中で時計を確認する。  この入学式には、最大のイベントがある。  ゲームの主人公――「ルミア」の登場だ。


 彼は平民出身の特待生。  本来なら貴族しか入れないこの学園に、その圧倒的な魔力と剣の才能で入学を許された「勇者」。  ゲームでは、この入場のシーンで、貴族たちから「平民風情が」と罵声を浴びるが、彼は不敵な笑みを浮かべてそれを一蹴する。


 『俺の前に立つな。邪魔だ』


 そう言って、イケメンオーラ全開で通路を歩くのだ。  ……正直、私は前世でプレイしていた時、この主人公(ルミア)があまり好きではなかった。  自信過剰で、女癖が悪くて、すぐに「俺の女になれ」とか言ってくるタイプ。  いわゆる「俺様系」なのだが、ちょっと鼻につく。


(まあ、私は関わらなければいいだけだし。ルミア君、せいぜい正ヒロインのアリスちゃんとイチャイチャしててね)


 私は柱の陰から、こっそりと入り口を見つめた。  重厚な扉が開く。  会場がざわめく。


「特待生の入場です」


 アナウンスと共に、その人物が現れ――


「……え?」


 私の思考が停止した。  目を擦る。  もう一度見る。


 そこにいたのは、不敵な笑みを浮かべた長身のイケメン……ではなかった。


 自分の背丈よりも大きな剣を背負い、ぶかぶかの制服に身を包んだ、小柄な少女だった。


 燃えるような赤い髪をショートカットにして、大きな琥珀色の瞳は不安げに揺れている。  歩き方はぎこちなく、まるで捨てられた子犬のようにオドオドと周囲を窺っている。


「……ルミア?」


 思わず、その名前を呟いてしまった。  私の知っている主人公(ルミア)じゃない。  名前は同じでも、性別が違う。


 会場の空気が変わった。  貴族たちの視線が、侮蔑の色を帯びる。


「なんだあれは? 女か?」 「平民の分際で、しかもあんな小娘が特待生だと?」 「汚らわしい。ここをどこだと思っているんだ」


 容赦ない罵声が、その小さな少女に浴びせられる。  ルミアは、ビクッと肩を震わせ、泣きそうな顔で下を向いた。  足が止まる。  震えが止まらないのが、遠目にもわかった。


(……え、ちょっと待って。可哀想すぎない?)


 ゲームの「彼」なら、「うるせえ雑魚ども」と一蹴できたかもしれない。  でも、目の前の「彼女」は違う。  見るからに気が弱そうで、一生懸命で、でも今にも押しつぶされそうな……「普通の女の子」だ。


 あんなに震えて。  あんなに小さくなって。  誰も助けないの?  先生たちは? ……だめだ、貴族社会のヒエラルキーが絶対のこの学園では、教師ですら上位貴族の生徒には逆らえない。


 一人の男子生徒が、意地悪く足を出し、彼女を転ばせようとした。


(あっ――)


 思考より先に、体が動いていた。  私は「目立たない」という誓いを一瞬で脳内ゴミ箱にシュートし、柱の陰から飛び出していた。  だって、あんな可愛い子がイジメられてるの、見て見ぬふりなんてできないじゃん! 私の中の「お節介な女子高生魂」が叫んでいるんだよ!


 カツ、カツ、カツ。  私のヒールの音が、静まり返った講堂に響く。


 転ばされそうになったルミアの前に、私は滑り込んだ。  そして、足を引っ掛けようとした男子生徒を、無言で見下ろした。


「……ッ、コ、コーデリア様!?」


 男子生徒が悲鳴のような声を上げて後ずさる。  そりゃそうだ。この国の筆頭公爵家の令嬢で、魔力値カンストの悪役令嬢が目の前に現れたのだから。


 私はルミアを背中に庇うようにして立った。  心臓がバクバク言っている。  怖い。めっちゃ怖い。  全校生徒の視線が私に集まっている。  何やってんの私!? これじゃあ「私がこの子をいじめる権利があるのよ!」って宣言しに来たボス猿みたいじゃん!


 違うの。  ただ、私は……。


 背後の少女が、怯えた気配を見せる。  私は振り返らず、精一杯の「優しい声」を出そうとした。  『大丈夫? 怪我はない?』  そう言いたかった。


 けれど、極度の緊張と、元来のコミュ障と、悪役令嬢ボイスの自動補正が、最悪の化学反応を起こした。


「……目障りよ」


 冷え冷えとした、絶対零度の声が響いた。  会場中の空気が凍りつく。


(うわあああああああ! 違うの! その男子生徒に「あっち行け」って言ったつもりなの! あるいは「こんないじめを見せられる私の気分を害するな」的な意味なの!)


 しかし、周囲の解釈は違った。


「す、すみませんっ!」  男子生徒は脱兎のごとく逃げ出した。


 私は恐る恐る、背後の少女を振り返った。  終わった。  きっと彼女は、「次は私がやられる」と思って怯えているはずだ。  私はもう、悪役としての運命を受け入れるしか……。


「……あ……」


 ルミアが、顔を上げていた。  大きな琥珀色の瞳から、ポロポロと涙がこぼれている。  でも、その表情は恐怖ではなかった。


 彼女は、まるで暗闇の中で唯一の光を見つけた迷子のような顔で、私を見つめていた。


「……綺麗……」


 ぽつりと、彼女が漏らした。


「え?」


「たすけて……くれたんですか……? こんな、私なんかのために……敵を作ってまで……」


「いや、あの、その(敵を作るつもりはなかったんです!)」


 ルミアは、震える手で、私のドレスの袖をきゅっと掴んだ。  その手は温かく、そして必死だった。


「私……ルミアといいます。特待生として、平民から来ました。……怖くて、逃げ出したくて……誰も味方がいなくて……」


 ルミアは涙を拭い、今にも泣き出しそうな、でも決意のこもった瞳で私を見上げた。


「貴女だけが……私を守ってくれました。……この御恩は、絶対に忘れません! 私、強くなります。いつか貴女の隣に立っても恥ずかしくない、立派な剣士になりますから!」


(……はい?)


 なんか、また盛大に勘違いされてない?  「敵を作ってまで守る」って、そんなカッコイイ覚悟決めてないよ私! ただ足が勝手に動いただけだよ!


 でも。  私の袖を掴むルミアの手は、まだ小刻みに震えているけれど、先ほどまでの絶望的な震えとは違っていた。  私を頼りにしてくれている。  私を、信じてくれている。


(……可愛い)


 不覚にも、ときめいてしまった。  上目遣いで、涙目で、私の袖を握りしめる小動物系美少女。  こんなん、守りたくなるに決まってるじゃん!  男主人公(ルミア)だったら蹴飛ばしてたかもしれないけど、女の子なら話は別だ!


「……好きになさい」


 私は、照れ隠しと緊張で、またしても素っ気ない言葉を吐いてしまった。  ああ、私のバカバカ! もっと「うん、一緒に頑張ろうね!」とか言えないの!?


 しかし、ルミアはパァアアっと花が咲くような笑顔を見せた。


「はいっ! お姉さま!」


「お、お姉さま!?」


 待って、その呼び方やめて。心臓に悪い。  というか、周りの視線が痛い。  「氷の悪役令嬢が、特待生の小娘をペットにしたぞ」みたいなヒソヒソ話が聞こえる。


 私は深い溜息をついた。  平穏な学園生活? モブとして生きる?


 ……うん、無理だったね。


 私の右手には、原作主人公(女体化)のルミアがしがみついている。  そして視界の端では、どこから湧いて出たのか、朝助けたメイドのルナが、柱の陰から嫉妬の炎を燃やした目でこちら(主にルミア)を睨んでいるのが見えた。


 ――なんで?  私はただ、友達を作って、一緒にタピオカ飲みに行きたかっただけなのに。


 どうして世界は、私を「最強の攻略対象」にしたがるのよおおおおっ!!


(続く)

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