第2話 だめ、このままじゃバッドエンドよ!


 王宮の食堂は、金色と白をベースにした、きらびやかで広々とした場所だったわ。


 天井の大きなシャンデリアも、壁の絵画も、ゲームで何度も見た背景そのままね。空間全体が華やかな空気に包まれているわ。


 長いテーブルの中央には、ローストビーフにカルボナーラ、海の香り漂うブイヤベースが並んでいる。濃厚な香りが部屋いっぱいに広がって、なんとも贅沢でおいしそうよ。


 だけど、これじゃ完全にナトリウム過多! 私の目にはすべてが破滅ルートへのフラグにしか見えないわ。


 私が卒倒しそうになったとき、ふいに後ろから声をかけられたの。



「クラリス、来てくれたんだね。嬉しいよ」



――きゃっ! この声、レオナート様の声優さんと同じ声だわ!


――耳がとろけてもげ落ちちゃうわよ!



 聞きなれた声に振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべたレオナート様が立っていたわ。


 そのあまりの美しさに、もうドキドキが止まらない! 


 あぁ、本当に大好き! 私の最推し王子様! この笑顔だけで、世界を救えるレベルだわ。


 何年も貢ぎ続けてきた彼が、今は私の婚約者なのね! なんて夢みたいな状況なのかしら。


 でも、油断していると、彼は本当に死んでしまうの。


 私はあらためて、尊いレオナート様のお姿を拝むように見つめたわ。


 レオナート様は一見すると、甘いものなんて避けていそうな、スマートな印象なの。


 でもよく観察すると、婚約指輪が指に食い込んでいるみたいよ。指先が少しむくんでいるのね。頬も赤い気がするわ……。



――うそ。王子の血圧、もうかなり上がってるんじゃ……! この世界、血圧計ってあるのかしら!?



 ときめいていた私の胸が、急激にざわつき始めたわ。私は少し慌てながら、おからクッキーをレオナート様に差し出したの。 



「ごきげんよう、レオナート様。本日は、わたくしからのプレゼントに手作りクッキーをお持ちしましたわ! 砂糖まみれの下品なスイーツとは一味違う代物でしてよ! おーっ、ほほほほ……」



 気をつけようと思っていたのに、やっぱり高飛車口調と高笑いが出てしまったわ。焦ると余計にダメみたいね。



「え、クラリスが僕に手作りクッキーを……?」



 レオナート様は少し驚いた表情を浮かべながら、そっとクッキーの箱を開けたの。香ばしい香りが広がっていくわ。


 おからクッキーに黒ごまを混ぜ込んだ自信作よ!


 砂糖は最小限に抑え、代わりにステビアで自然な甘さをプラスしたの。


 パティシエの華やかなスイーツに比べると、見た目は少し地味かもしれない。最初は少し、味気なく感じるかもしれない。


 それでもこのクッキーには、私の愛がぎっしり詰まっているわ!



「クラリス、これは……」


「滋味豊かなおからと、薫り高い東国の黒ごまで仕立てた特製クッキーですわ。一口召し上がれば、他のスイーツなど霞んでしまいますわよ。おーっ、ほほほほほ……」



――あぁあ! また高飛車な口調になってしまったわ! これじゃ気持ちが伝わらない。


――でも、王子のすべてが好きすぎるんだもの。彼を前に、落ち着いて話すなんてとても無理よ!



 私が高笑いしていると、王子のまわりにご令嬢たちが次々と集まってきたわ。


 みんな色とりどりのドレスを着て、これ以上ないくらい着飾っているわね。見た目にとても華やかよ。


 でも彼女たちの実態は、クラリスを蹴落として、王子を奪おうとするライバルたちね。



「まあ、ご覧になって。あのクッキー、まるで庶民の台所から拾ってきたみたいじゃありませんか? 王宮のパーティーに持ち込むなんて、恥ずかしくはないのかしら」


「たとえ婚約者でも、格式を乱すのはいただけませんわ。王宮のパーティーには、もっと華やかで相応しい品を持参すべきですわね」


「レオナート様♡ 婚約者の贈り物だからと無理に召し上がらなくてもよろしいのですよ? それより、私のぷるぷるババロアをぜひどうぞ♡ クリームがたっぷりで、口に入れれば、すぐにとろけてしまいますわ!」


「これ、レオナート様のために、特別なパティシエにお願いして仕立てたチョコケーキなんです。甘くて濃厚で、きっとお気に召していただけますわ。どうぞ、私の想いを込めた一皿をお受け取りください♡」



 イケメン王子様を射止めようと、ご令嬢たちはみんな必死ね!


 レオナート様とクラリスは正式に婚約しているのよ? それでも、まだ勝負はついていないと、彼女たちは思っているの。


 誰にでも優しいレオナート様の性格が、こういう状況を招いてしまうのね。


 令嬢たちは、見ているだけでくらくらしそうな甘々スイーツを、次々と彼の前へ差し出しているわ。


 光沢のあるクリームが揺れるババロアも、あの危険そうなねっとりタルトも、全部クラリスにとっては破滅のアイテムね。


 その中でも特に危険なのは、濃厚チョコケーキ。これを持ってきたのは、『プリンセス・ラブ・スパークル』のヒロイン、アイラちゃんよ。


 さすがヒロインだけあって、ふわふわしたピンクの髪に大きな瞳で、反則級の美少女だわ!


 純粋で優しいキャラだけど、スイーツ攻撃は容赦なしね!


 ゲームでは王子がこのチョコケーキにどハマりして、毎日のように食べ続けてしまうの。


 そのたびにアイラちゃんの好感度が上がって、最終的に王子はクラリスとの婚約を破棄し、アイラちゃんとハッピーエンド……。


 でも、プレイヤーが気軽に『チョコケーキを渡す』って選択肢を連発すると、バッドエンドルートに突入してしまうわ。



――やめて! そのケーキを食べると、レオナート様は、本当に命を落としてしまうのよ!



 私はまた、焦って口を開いたわ。



「わたくしの婚約者ともあろうお方が、そんな甘いものばかり召し上がるなんて! 王子の品格が疑われますわ! 幼稚な嗜好はお改めくださいませ」


「まあ、クラリス様? 王子様の好みにまで口を出すなんて……。婚約者だからと、あまりにも厚かましいですわ。ここは王宮のパーティーですもの、王子が甘いものを食べたくらいで、品位がさがることなどありえません。そうですわよね、レオナート様?」


「う、うん……。せっかくのプレゼントだし、いただこうかな」


「おやめください! そのような毒々しいものを口にされては……!」


「まぁ、なんてひどい! 私たちが心を込めて用意したものに、毒が入っているだなんて……! クラリス様こそ、王子様の楽しみを奪う悪者ではありませんか?」



――ああ、もう! 悪役令嬢って、どうしてこんなに面倒なの!?


――私は王子を守りたいだけなのに! どうしても気持ちが伝わらないわ!



 クラリスは子供の頃から、完璧であることを求められてきたの。


「弱さを見せるな」と言い聞かされ、涙をこらえた幼きあの日……。


 強気な態度が習慣になるまで、完璧を演じた少女時代……。その長い積み重ねが、今の口調に繋がっている。


 それはクラリス自身の心細さや、認められたいという切実な願いの裏返しだと、ファンの間では言われているわ。


 でもいったいどうしたら、これを止めることができるのかしら?


 こんなやりとりをしている間にも、レオナート様の銀のフォークが、濃厚チョコケーキに突き刺さって……!



「たっ、食べちゃ、だめーーっ!」



*************

<後書き>

 お読みいただきありがとうございます。


 次回、いよいよ最終回!

 クラリスは最推し王子レオナート様を救えるのか!?


 こちらは、カクヨムコンテスト11【短編】参加作品です。続きが気になるという方は、ぜひ応援お願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る