死神様ちゃん【カクヨムコンテスト11】

キシケイト

死神様ちゃん【本編】(2025/12/04更新)

「ステータスオープン!」


 私の叫びが波紋のように広がる。


「うわっ! 本当に出た」


 ゲーム画面でお馴染み、半透明なスクリーンが白い空間に出現した。


「なーんも説明しなくても、出来るもんなんだな」


「誰!?」


 謎の声は、パチ、パチ、パチ、とゆっくりとした拍手を打ち鳴らし顕現する。


 こちらのリアクションはガン無視で、声は私をからかう。


「ヨッ! 現代っ子!」


 いつの間にか、目の前に扉が出現していた。

 そこを通って出てきたのは、ハロウィンでお馴染み、小さなシーツおばけだった。

 ……ただし、その手にはギラギラと妖しく光る大鎌を抱えているので、ちっとも可愛くはない。


 その登場の仕方はまるっきり、悪役でラスボス的な黒幕そのもの。


「え、ちょっw」


 私は草を生やさずにはいられなかった。


「何⁈ 何者なの?」


「俺? ふむ……そうだな」


 全てを舐め腐って、ふんぞり返ったような態度のシーツおばけは、人間でいうところの顎に手を当て思案する。


「俺は『死神様ちゃん』だよ。ただの転生管理者だ」


 たった今、テキトーに思いついた名前を名乗られた気がした。

 まるで彼の存在そのものが、世界五分前仮説の後付けキャラみたいな、いい加減さが全身から滲み出ている。


 言い終わると、死神様ちゃんは手に持った大鎌をひと振りする。


 切り裂かれた空気が、私の頬を撫でた。


「……怖っ!」


 死神様ちゃんは、頭からすっぽり被った、空間と同じ、真っ白な布を華麗になびかせる。


「転生の間にようこそ。斉藤さいとうハルカ


 小さな紳士は、ボウ・アンド・スクレープのポーズで気取ってみせた。

 男とも女ともつかない、子どものような不思議な声が胸に響く。


「ハルカ……」


 いつぶりだろうか、久しぶりに自分の名前を口に出した。


「そうだ。素敵な名前だろう」


 まるで『私が名付けました』と、言わんばかりに自信たっぷりに言い放つ。


 自身の能力に誇りを持ち、それを言葉にする。

 若き日の、イキリ散らかした父の顔を思い出す。

 まあ、父は優秀な人だったので、それはあまり問題ではなかったのけれど。


「後がつかえている。さっさと始めようか」


 死神様ちゃんは、大鎌を足元へ置いた。

 被っているシーツをまさぐり、タブレット型の端末を取り出す。


 背面をトントン、とタップすると、スクリーンがぼんやりと光を放った。


「目の前にあるスクリーンに触れてみろ」


「こう?」


 恐る恐る、指で触れてみる。


「お、おおっ?」


 思わず声が出て驚いた。


 音も感触もなく、半透明な画面を指先が突き抜けていく。


「何これ!」


 スクリーンに触れると半透明の画面が変化する。

 映し出されたのは、半分は私の立体的な全身像だ。

 もう半分には、各種ステータスが書かれている。


「あなたのステータスとアバターだ。初期ステータスは十ポイントある。好きに振り分けろ」


「それと、力を入れすぎだ」


 死神様ちゃんはシーツに包まれた手で、私の指をつまんでスクリーンから距離を取らせる。

 私の半分くらいの大きさの手なのに、器用なものである。


「操作性ビミョーじゃあない? 勝手にスクロールしていく……」


「そうか? コントローラーならあるぞ」


 いつの間にか、死神様ちゃんの手の中にコントローラーが現れた。


「使う」


 私はためらう事なく、それを受け取る。


「あと、ポイント少なくない?」


「だったら増やすか? 一ポイント一年だ」


「一年?」


 何が一年なのだろうか。

 もしかして……。


「転生後の寿命をもらう」


「さすが、死神様ちゃん」


 さも当然、という口調で死神様ちゃんが言う。

 私は顔が引きつるのを感じつつ、皮肉を込めて投げ返す。


 田舎でのんびりスローライフを送りたい、そんな私には寿命は必要不可欠なのである。


「だったらいいや。初期値の十ポイントで」


 私はコントローラーをカチカチ鳴らし、割り振りを開始した。


 ◇


「よし、出来た!」


 悩む事、体感的には半日過ぎ。

 この感覚が正しいのかは謎だけど。


 コントローラーを操作し過ぎて、指が痛い。

 ようやく納得のいくステータスが、スクリーンに映し出された。


 ちなみにこの時点では、職業やスキルは選べないらしい。

 十五歳になったら、教会か神殿で貰えるものなのかな。


「どれどれ」


 お手並み拝見、と言わんばかりに死神様ちゃんがスクリーンを覗き込む。


魔力 じゅう、あとはゼロ、か」


 おそらく癖なのだろう。

 顎に手を当て、うむむ、と唸り声を上げる。


「バランスが悪いな。これだと高位の魔法を早くに覚えるから、MPが枯渇しがちになるぞ」


 頭から被ったシーツ越しでも、はっきりと分かるほどの呆れた様子で、死神様ちゃんが突っ込む。


「へーき。ある程度レベルを上げて、基本の魔法を覚えたら、リセットして振り直すから」


 そう言われるのは想定済みだったので、私はさらりとかわす。


「リセットか。危ない橋を渡るんだな」


「?」


 これから転生する先の世界は一体全体、どんな設定なのだろう。

 先ほどのスキルポイントと寿命の等価交換といい、クソゲーか。


「リセットは心停止しないと出来ないぞ。成功率は五パーセント以下、再割り当ての時間制限は一秒の六十分の一だ」


「無理!」


 あまりの理不尽さに思わず叫んでしまう。


「成功はしないな」


 私の悲痛な叫びは、さらりとかわされる。


「ほら急げ、いつまで次の転生者を待たせる気だ」


 しおしおと肩を落としているのが、自分でもはっきりと分かる。

 死神様ちゃんに尻を叩かれつつ、私はコントローラーを握り直した。


「ハイハイ、やりますよ。やり直せば良いんでしょーがっ!」


 ◇


「うん。いい感じだ」


 死神様ちゃんはそう言うと、顎に手を当てて、満足げに頷く。

 ひょっこりとスクリーンを覗き込む姿は可愛らしいが、私は騙されたりはしない。


「なんか、凡庸」


 思わずコントローラーを投げ出したくなってしまうのを、私はぐっとこらえた。


「どれも平均値よりは上だ。転生先で困る事はあるまい」


 自分の思い通りにいかない、不満タラタラの私とは対照的に、死神様ちゃんは満足そうだ。

 上機嫌に頷き、ポン、と私の肩を叩いた。


「続いてはアバター作りに取り掛かる」


 言いながら、手にしたタブレットを操作する。


「その前に質問デス」


 おそらくは、仏頂面であろう私は手を挙げた。


「何だ?」


 死神様ちゃんのタブレットを操作する手が、一瞬だけ止まる。


「この、ステータス『優柔不断』って?」


「優柔不断は、優柔不断だろう」


 私を一瞥すると、死神様ちゃんはタブレットに向き直る。

 パパパッと素早く操作をし、おそらくはアバター作りの準備をし始めた。


「この優柔不断ステータスって、数値が固定されているみたい。操作が出来ないんだけど」


 私はイライラしつつ、コントローラーをガチャガチャ操作する。


「隠しステータス、だろうな。有り難く貰っておけ」


 死神様ちゃんがシーツ越しに、ニヤリと笑った気がした。

 ……性格悪いなあ。


「必要ないんだけど!」


 天地不明の真っ白な空間に、私の声がこだました。


 それを見ていた死神様ちゃんが疲れを滲ませ、ため息を吐く。


「ハイハイ。早くしてくれ。俺もいい加減疲れてきた」


「ハイハイ。分かりましたよ」


 お互いに疲れた声で言葉を交わし、次の作業に移る。


 ◇


「あれ? スライダーが動かない」


 おかしい。

 コントローラーを操作する手は動いている。

 スクリーン上のポインターは、髪色を調節するスライダーの真上に配置してある。

 こちらの操作ミスではなさそうだ。


 バグだろうか。

 疑問に思っていると、死神様ちゃんが回答を示す。


「髪と瞳の色は固定だ。生前と同じ色になる」


「ええー! 嫌なんだけど」


「ステ振りに時間をかけ過ぎたからな。運営からのペナルティだ」


 嘘だあ。

 死神様ちゃんのいい加減な発言を、すぐに私は見抜いた。


「さっき、そのタブレットで何かしたんでしょう?」


 思わず、死神様ちゃんが持つ、タブレットを奪おうと手を伸ばした。

 まるで考えを読まれているかのような、踊るような動きをして、かわされる。


「何のことやら」


「クソ運営!」


 まるでおもちゃの、シンバルを叩く猿みたいな動きで、こちらを煽る。

 これはとても悔しかった。


「もう、いじれるの顔のパーツだけじゃない」


 疲れからか、涙もろくなっているらしい。

 私は潤んで滲んだ視界で、アバターの設定をする。


「眉毛が細過ぎないか? こうだろ」


 死神様ちゃんがスクリーンに触れ、アバターのパーツをチョイチョイっといじくる。


「ちょっと、勝手に操作しないで。眉毛繋がってるし!」


「こんなもんだろ。はい、決定」


「あーっ!」


 勝手にスクリーン上の決定ボタン押され、ロード画面に入る。

 結局は全て、この神の手の内で転がされているだけなのだろうか。


「次はキャラボイスを決める。なんか喋ってみろ」


「急にそんな事を言われても……って! 今までと声が違う!」


 妙に色艶のある声で、私は驚く。


「それがボイスいち。全部で四種類あるぞ。ほれほれ」


「あー」


「あーあー」


「あーあーあー」


「あれ? よく聞くと、どれも同じじゃない?」


 声を出すたびに、雰囲気が変わるのが面白い。


 でも、おかしい。

 違和感を感じ、死神様ちゃんに無言で圧をかける。


「担当声優は一人だ。選べるのは、演じ分けによるキャラの違いだな」


 しれっとした様子で、死神様ちゃんは言い放つ。


「詐欺!」


「予算不足だ」


「何なの、もう!」


 担当声優にちょっとだけ同情してしまう。

 だって、これって同じセリフを四回収録した訳でしょう。

 お疲れ様すぎる。


「転生先で徳を積め。そうすれば、次は選択肢が増えるぞ」


「周回前提なの⁈」


「輪廻転生と言ってもらおうか」


 物は言いようだ。

 地道な作業が、とたんに高尚な響きになる。

 私は少し黙って、考えをまとめる。


「つまり。周回すればする程、選択肢が増えて自由度が増す、ってこと?」


「そうだな。選べるボイスの種類も増える」


「レジェンド声優ボイス、とか実装していない? それで予算が尽きたとか?」


「ふっ」


「…………」


 ……もう嫌だ。

 そうは思っても、止めることは出来ないだろう。

 諦めて作業に戻る。


「私、声優さんに明るくないし、皆んな同じならランダムで良いかな」


 タブレットに書かれた資料なのだろうか、文章を読みながら、死神様ちゃんが説明をする。


「ランダムにすると、序盤で不祥事による声優降板イベントがある」


「それって、イベントではないでしょう」


 呆れた私は、蚊の鳴くような、今にも消えそうな声で指摘をした。


「降板後は担当声優不在になるぞ」


「?」


「イベント後は終生、声を出す事が出来なくなる。喋れないのはかなり不便だろうな」


「あー! もう、ボイス一でいいや!」


 私はためらう事なく、決定ボタンを押し込んだ。


「これで、やっと終わったな」


 やれやれ、と言いたげな雰囲気で、死神様ちゃんはタブレットをシーツの中に仕舞い込む。


「では、最後に祝福を授ける」


 先程とは打って変わり、荘厳な口調で大鎌を構える。


「祝福?」


「形式的なものだ。授ける言葉そのものに、特に意味はない」


 淡々と告げる。

 その様子は、死神を名乗るのに相応しい姿だった。

 大鎌の切先を、私に向けて輝かせた。


「こちらの気持ちの問題とも言う。お付き合い願おうか」


 死神様ちゃんのシーツ越しの手のひらが、眼前に迫る。


「言い忘れていた。前世の記憶は持ち越しだ。それで無双するのもアリだろうな」


 私はそっと、目を伏せる。


「遥。転生後の人生でも、楽しい事、そうではない事もあると思う。それでも、だ」


 ——もうすぐ夢が終わる、そう思った。


「最後まで希望を捨てるな」


 それは死神様ちゃんの声ではなく、懐かしい父の声だった。


「良きセカンドライフを!」


 死神様ちゃん【カクヨムコンテスト11】

 おしまい

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