『俺達のグレートなキャンプ192 弁論大会・カレー以外のいいキャンプ飯を考えよう』
海山純平
第192話 弁論大会・カレー以外のいいキャンプ飯を考えよう
俺達のグレートなキャンプ192 弁論大会・カレー以外のいいキャンプ飯を考えよう
「よっしゃああああ!今日もグレートなキャンプの始まりだぜええええ!」
石川が両手を高々と掲げながら、キャンプサイトの真ん中で雄叫びを上げた。秋晴れの空に彼の声が響き渡り、近隣のキャンプサイトから「うるせえ」という小さな声が聞こえてきたが、石川は全く気にしていない。むしろその声に気づいてもいないようだ。彼の目は爛々と輝き、頬は紅潮し、まるでこれから戦場に赴く戦士のような高揚感に満ちている。
「石川さん、今日はどんな突飛なキャンプなんですか!?」
千葉が目をキラキラさせながら、薪を抱えたまま駆け寄ってくる。彼のリュックからは寝袋がはみ出し、片方の靴紐がほどけかけているが、本人は全く気づいていない。新人キャンパーとは思えないほどの積極性と、石川への盲目的な信頼が彼の表情から滲み出ている。
一方、富山は少し離れた場所でテントのペグを打ちながら、深いため息をついていた。肩が重く、まぶたが微かに痙攣している。長年の経験から、石川のテンションが高ければ高いほど、今日のキャンプが常軌を逸したものになることを、彼女の全細胞が理解していた。
「ねえ石川、今回は普通のキャンプじゃダメなの?焚き火して、美味しいもの食べて、星を見て...それじゃダメ?」
富山の声には懇願するような響きがあった。しかし石川は既に聞いていない。彼は大きなダンボール箱を抱えて戻ってきた。その箱には「弁論大会セット」と大きく書かれている。
「富山よ、普通のキャンプなんて人生の無駄だ!俺達は常にグレートでなければならない!今日のテーマはこれだ!」
石川がダンボール箱から取り出したのは、手作りの演台だった。段ボールを組み立てて作られたそれには、金色のスプレーで「真理の台」と書かれている。さらに箱の中からは、審査員用の札、タイマー、そして何故か金メダルまで出てきた。
「今日は『カレー以外のキャンプ飯で、最もキャンプにふさわしい料理は何か』を弁論大会形式で議論するぞおおお!」
石川の宣言に、千葉が「おおおおお!」と歓声を上げる。一方、富山はペグハンマーを地面に落とした。カランという金属音が、彼女の心の崩壊を表現しているようだった。
「は?弁論大会?キャンプで?」
富山の声は掠れている。目は虚ろだ。両手が小刻みに震えている。しかし石川は構わず演台を設置し始めた。
「そうだ!キャンプと言えばカレーというのは固定観念だ!俺達はその殻を破り、新たなキャンプ飯の地平を切り開くのだ!そのために、各自が最高のキャンプ飯を提案し、弁論で競い合う!」
「面白そうですね!僕、頑張って弁論します!」
千葉が拳を握りしめている。彼の目には純粋な興奮の炎が宿っている。疑念のかけらもない。石川が言うことは全て素晴らしいと信じ切っている様子だ。
「でも石川、私達三人だけで弁論大会って...寂しくない?」
富山が最後の抵抗を試みる。しかし石川はニヤリと笑った。その笑みは、何か恐ろしい計画があることを示唆していた。
「心配するな!周りのキャンパー達も巻き込む!」
「えええええええ!?」
富山の悲鳴が木霊する。近くでコーヒーを淹れていた中年男性が、驚いてマグカップを落としそうになった。
石川は既に隣のサイトに向かって歩き出していた。そこには若いカップルがテントを設営している。
「そこのお二人さん!キャンプ楽しんでる?俺達と一緒に弁論大会しない?テーマは『カレー以外の最高のキャンプ飯』だ!」
石川の突然の提案に、カップルは固まった。女性は口をぽかんと開け、男性は設営中のポールを握ったまま動きを止めている。
「え...あの...弁論...大会...?」
女性が困惑した声で聞き返す。石川は満面の笑みでうなずいた。
「そう!今日のキャンプをもっとグレートにするために、みんなで真剣に議論するんだ!優勝者には金メダルと、俺特製の秘伝のタレをプレゼント!」
「いや、でも僕ら、これからBBQの準備を...」
男性が遠慮がちに断ろうとするが、石川は既に彼の肩に手を回している。
「BBQと弁論、両方楽しめばいいじゃないか!人生は一度きりだぜ!」
石川の圧倒的な陽気さと、謎の説得力に、カップルは抵抗できなくなっていく。千葉も駆け寄ってきて「絶対楽しいですよ!一緒にやりましょう!」と加勢する。二人の目の輝きに、カップルはついに折れた。
「わ、分かりました...参加します...」
「よっしゃあああ!これで五人だ!」
石川が拳を突き上げる。富山は遠くから頭を抱えている。さらに石川は別のサイトにも突撃していった。
「そこのファミリー!お子さん達と一緒に弁論大会どうですか!?」
四人家族が驚いて振り返る。父親は焚き火台を組み立て中、母親は食材を準備中、小学生くらいの姉弟がボール遊びをしていた。
「弁論大会!?子供達の教育にも最高ですよ!プレゼン能力、論理的思考、そして何よりキャンプの楽しさを学べる!」
石川の勢いに、父親が苦笑いしながらも興味を示した。
「面白そうですね。子供達、やってみるか?」
「やるやる!」
姉弟が飛び跳ねて喜ぶ。母親は少し困惑しているが、子供達の笑顔に負けて了承した。
こうして、石川の強引な勧誘により、総勢九名の弁論大会参加者が集まった。石川と千葉と富山、若いカップル、そして四人家族。富山は既に諦めの境地に達し、椅子に座って遠い目をしている。
「それでは、第一回『カレー以外の最高のキャンプ飯決定戦』を開催するううう!」
石川が演台の前で宣言する。参加者達は石川の自作したベンチに座り、半分困惑、半分期待の表情を浮かべている。
「ルールは簡単!一人三分間で、自分が考える最高のキャンプ飯を弁論する!審査基準は、実現可能性、美味しさの説得力、そしてキャンプらしさだ!審査員は...えーと、隣のサイトのおじさん、お願いできますか!?」
石川が指差したのは、さっきコーヒーを淹れていた中年男性だった。彼は完全に巻き込まれたくない様子だったが、石川の熱意に負けて渋々審査員席に座った。
「じゃあ最初は...千葉、行け!」
「はい!」
千葉が演台の前に立つ。彼は紙を取り出し、深呼吸してから話し始めた。
「僕が提案するのは...焼きおにぎりです!」
会場が静まり返る。あまりにもシンプルすぎる提案に、全員が拍子抜けした様子だ。
「焼きおにぎりは、簡単で、美味しくて、しかも焚き火で焼ける!キャンプの醍醐味である火を使う料理です!醤油を塗って、網で焼くだけ!外はカリッと、中はふっくら!これぞキャンプ飯の王道です!」
千葉の熱弁に、姉弟が拍手し始める。シンプルだが、確かに説得力がある。審査員のおじさんも頷いている。
「時間です!次、富山!」
石川がタイマーを鳴らす。富山は重い足取りで演台に向かった。彼女の目は死んでいる。
「私は...ホットサンドを提案します...」
富山の声に覇気がない。しかし彼女は続ける。
「ホットサンドメーカーさえあれば、具材は自由自在。チーズとハム、ツナとトマト、何でも挟める。朝食にも夜食にも最適。洗い物も少ない。以上です」
あまりにも事務的な弁論に、会場が微妙な空気になる。しかし母親が「確かに便利よね」と共感の声を上げた。
「よし、次は...そこのお父さん!」
父親が立ち上がる。彼は少し緊張している様子だ。
「僕は...豚汁を推薦します!」
「おおお!」
石川が反応する。父親は調子づいて続けた。
「豚汁は野菜もたっぷり摂れて栄養満点!ダッチオーブンで作れば、キャンプらしさも抜群!そして何より、寒い夜に身体を温めてくれる!カレーよりも和食として日本人の心に響く料理です!」
会場から拍手が起こる。特に母親が大きく頷いている。健康面を考慮した提案が、ファミリーキャンプの現実に即していた。
次々と参加者が弁論していく。カップルの彼氏は「焼き鳥」を提案し、「串に刺すだけで簡単、ビールに最高に合う」と力説した。彼女は「アヒージョ」を提案し、「スキレットひとつでお洒落、パンと一緒に食べれば最高」と女子的視点で攻めた。
姉は「焼きマシュマロ」を、弟は「焼きソーセージ」を提案。子供らしい純粋な提案に、会場が和む。母親は「鍋焼きうどん」を提案し、「簡単で温かくて、残り物も活用できる」という主婦の知恵を披露した。
そして最後、石川が演台に立った。
「さあ、トリを飾るのはこの俺だ!」
石川の目が妖しく光る。富山が「また変なこと言い出す...」と小声で呟く。
「俺が提案するのは...『焼きバナナのチョコソースがけ、シナモン風味、バニラアイス添え』だああああ!」
「デザートじゃん!!」
会場から総ツッコミが入る。しかし石川は構わず続ける。
「待て待て!キャンプ飯にデザートがあってもいいじゃないか!バナナを皮ごと焚き火に入れて蒸し焼きにする!そこにチョコレートを溶かしてかけ、シナモンを振りかけ、最後にバニラアイスを添える!これぞグレートなキャンプ飯だ!」
あまりの突飛さに会場が沸く。子供達は「食べたい!」と興奮し、カップルは「確かに美味しそう」と笑っている。富山は「バニラアイス、どうやって持ってくるのよ...」と現実的なツッコミを入れている。
「さあ、審査員のおじさん、判定をお願いします!」
石川が審査員席に詰め寄る。おじさんは困惑しながらも、真面目に考え込んだ。
「うーん、難しいな...どれも一長一短で...」
会場が息を呑んで見守る。おじさんは咳払いをしてから発表した。
「優勝は...豚汁!実用性、栄養、そしてキャンプでの再現性が高い!」
「やった!」
父親が拳を突き上げる。家族が喜んで抱き合う。石川は金メダルを父親の首にかけ、秘伝のタレ(実際はただの焼肉のタレ)を手渡した。
「おめでとう!君の豚汁論は素晴らしかった!」
「ありがとうございます!今夜、さっそく豚汁作ります!」
すると石川が突然叫んだ。
「よし!今夜はみんなで豚汁パーティーだ!それぞれが提案した料理も作って、キャンプ飯フルコースにしよう!」
「ええええ!?」
富山が驚愕の声を上げるが、他の参加者達は盛り上がっている。カップルは「僕ら焼き鳥とアヒージョ作ります!」と乗り気だ。千葉は「僕、焼きおにぎり作りまくります!」と張り切っている。
こうして、弁論大会は思いがけずキャンプ場全体の大パーティーに発展していった。
日が暮れ始め、各サイトから美味しそうな匂いが漂ってくる。父親が豚汁を大鍋で作り、カップルが焼き鳥とアヒージョを準備し、千葉が焼きおにぎりを次々と焼いている。母親が鍋焼きうどんを作り、子供達が焼きマシュマロとソーセージを焚き火で焼いている。富山は諦めてホットサンドを量産し、石川は本当に焼きバナナのデザートを作り始めた。
「どうだ富山!グレートなキャンプだろ!?」
石川が焚き火の前で胸を張る。富山は疲れた顔で、しかし微かに笑みを浮かべていた。
「まあ...結果的には楽しかったけど...もう少し計画性を持ってよね...」
「計画性なんて、グレートの敵だぜ!」
石川が豪快に笑う。その笑い声に、周りのキャンパー達も笑い出す。
夜空に星が輝き始めた頃、即席のキャンプ飯フルコースが完成した。長テーブルに並ぶ様々な料理。豚汁、焼き鳥、アヒージョ、焼きおにぎり、ホットサンド、鍋焼きうどん、焼きソーセージ、焼きマシュマロ、そして焼きバナナデザート。
「乾杯ああああ!」
石川の掛け声で、全員がジュースや酒の入ったカップを掲げる。焚き火の光が全員の笑顔を照らしている。
「今日は変な提案されて驚いたけど、楽しかったです」
カップルの彼女が笑顔で言う。彼氏も頷いている。
「子供達も喜んでるし、良い思い出になりました」
父親が満足そうに言う。姉弟は焼きマシュマロに夢中だ。
「弁論大会、意外と盛り上がったな」
審査員だったおじさんも、いつの間にか参加していた。彼も豚汁を美味しそうに食べている。
千葉が石川に近づいて囁いた。
「石川さん、やっぱりすごいですね。最初はどうなるかと思ったけど、みんな笑顔です」
「だろ?グレートなキャンプってのは、みんなを巻き込んで、予想外の展開を楽しむことなんだ」
石川が焚き火を見つめながら言う。その横顔は、いつもの陽気さの奥に、何か確信めいたものがあった。
富山が二人に近づいてきた。
「ねえ石川、次のキャンプは普通にしてくれる?」
「無理だな」
即答だった。富山は予想通りという顔でため息をついた。
「だと思った...」
「でもさ、富山も楽しんでたじゃん」
千葉が指摘すると、富山は少し照れくさそうに笑った。
「まあ...ね。毎回振り回されるけど、結果的には悪くないのよね、不思議と」
三人が焚き火を囲んで座る。周りでは他のキャンパー達が楽しそうに食事をしている。普通なら別々のサイトで過ごしていたはずの人々が、石川の突飛な提案によって一つになっている。
「カレー以外のキャンプ飯、結局どれが一番良かった?」
千葉が質問すると、石川は悩む素振りを見せてから答えた。
「全部だな。みんなの料理、全部美味かった。そして何より、みんなで作って、みんなで食べるってのが最高だった」
「それ、結論になってないじゃん」
富山がツッコむが、石川は笑顔で返す。
「いいんだよ、答えなんて出なくても。大事なのは、みんなで真剣に考えて、話して、笑ったこと。それがグレートなキャンプなんだ」
その言葉に、富山も千葉も頷いた。確かに、今日一日を振り返ると、弁論大会という突飛な企画が、見知らぬキャンパー同士を繋げた。そして、普通のキャンプでは味わえない特別な時間が生まれた。
「次は何するの?」
千葉が目を輝かせて聞く。石川はニヤリと笑った。
「それは次のキャンプでのお楽しみだ。ただし、次はもっとグレートにする」
「もっと!?」
富山の悲鳴が夜空に響く。しかし彼女の表情は、もう諦めを通り越して、どこか期待めいたものを含んでいた。
焚き火が爆ぜる音、笑い声、食器がカチャカチャと鳴る音。それらが混ざり合って、特別な夜の音楽を奏でている。
石川が立ち上がって叫んだ。
「みんな聞いてくれ!今日は来てくれてありがとう!これからも俺達と一緒に、グレートなキャンプを楽しもうぜ!」
「おおおお!」
全員が拳を突き上げる。子供達が笑い、大人達が乾杯する。
こうして、第192回目の『俺達のグレートなキャンプ』は、弁論大会からキャンプ飯パーティーへと発展し、見知らぬキャンパー達が友達になるという、予想外の展開で幕を閉じた。
翌朝、片付けをしながら富山が呟いた。
「結局、カレーより美味しいキャンプ飯って何だったんだろうね」
石川が即答する。
「みんなで作る全ての料理さ」
その答えに、千葉が大きく頷いた。
「そうですね!どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!」
富山は苦笑いしながらも、心の中で思った。また次のキャンプでも、石川の突飛な企画に振り回されるんだろうな、と。でもそれが、意外と悪くないのかもしれない、と。
石川達が帰る準備をしていると、昨日のカップルが近づいてきた。
「また機会があったら、一緒にキャンプしましょう!」
「次はどんな企画なんですか?楽しみです!」
ファミリーも挨拶に来た。
「子供達、昨日のこと今朝も興奮して話してました。ありがとうございました」
審査員だったおじさんまで来て、「次回も呼んでくれ」と笑った。
車に荷物を積み込みながら、石川が満足そうに言った。
「よし、次のキャンプも絶対グレートにするぞ!」
「はい!」
千葉が元気よく返事する。富山は「はいはい、分かったわよ...」と言いながらも、小さく笑っていた。
車が動き出す。バックミラーに映るキャンプ場が遠ざかっていく。でも、そこで生まれた繋がりと思い出は、三人の心にしっかりと刻まれていた。
「さて、次は第193回だな。どんな企画にするか、もう考えてあるぜ」
石川の言葉に、富山が「まだ帰ってないのに!?」と叫ぶ。千葉は「何ですか何ですか!?」と身を乗り出す。
こうして、俺達のグレートなキャンプは、今日も、明日も、そしてこれからも続いていく。
次回、第193回『俺達のグレートなキャンプ』もお楽しみに!
数日後のキャンプ場。石川がおにぎりを頬張りながら、突然動きを止めた。
「...待てよ。結局、白米が一番うまくね?」
目を見開き、おにぎりを掲げる石川。その表情に嫌な予感を覚えた富山が警戒する。
「つまり、カレーも豚汁も、結局は白米があってこそ...!よし、もう一回弁論大会で『白米こそ至高』を証明...」
「やめなさい!!」
富山の雷のような一喝が響き渡る。石川は口をパクパクさせたまま固まった。
「もう弁論大会は十分!普通におにぎり食べて!普通に!」
千葉が「でも面白そう...」と呟いたが、富山の眼光に黙り込んだ。
石川は静かにおにぎりを食べ続けた。しかしその目は、まだ諦めていない輝きを秘めていた。Claudeは間違えることがあります。回答内容を必ずご確認ください。
『俺達のグレートなキャンプ192 弁論大会・カレー以外のいいキャンプ飯を考えよう』 海山純平 @umiyama117
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