『魔力ゼロのモブ探索者に転生しましたが、知識チートで「銃」を作って、学園最恐の美少女と契約して成り上がります 』
ダマ
第1話:ガンマニア、火薬なき世界で目覚める
真夜中の自室。
カーテンの隙間から漏れる月明かりなど気にも留めず、俺――甲斐透(かい・とおる)は、明滅するモニターの光に没入していた。
耳を覆うヘッドセットからは、乾いた銃声と爆発音、そしてボイスチャット越しの味方の報告が飛び交っている。
FPS(一人称視点シューティングゲーム)のランクマッチ。
シーズン終了間際の最終局面だ。
「Eエリア、敵影ツー! 敵だ、頭を下げろ!」
味方の悲鳴に近い報告。
俺は即座にキーボードを叩き、マウスを滑らせる。
使用キャラの手元には、高倍率スコープを搭載したスナイパーライフル。
呼吸を止め、一瞬の隙間から敵の頭部を捉える。
――パスッ。
サイレンサー越しのくぐもった発砲音と共に、キルログが流れる。
だが、安堵する暇はない。
レーダーに赤い点。近距離、背後だ。
「(……回り込まれたか。なら、プランBだ)」
俺は瞬時に武器を切り替える。
重厚なスナイパーライフルを背負い、腰からサブマシンガンを抜き放つ。
俺はいわゆる「特定の武器愛好家」ではない。
勝つためには何でも使う。遠距離なら狙撃銃、中距離ならアサルトライフル、閉所ならショットガン。
状況に合わせて最適解を選び続けることこそが、ゲーマーとしての俺の美学であり、強さだった。
「距離30。……フロントサイト、クリア。引き金を絞る」
遮蔽物から銃口を出し、銃弾を放った。
慌てて応戦しようとした敵プレイヤーが、俺の計算された弾道に吸い込まれるように当たって倒れていく。
『VICTORY』
画面中央に表示された金色の文字。
俺は深く息を吐き出し、ヘッドセットを外した。
「よし、今日も勝ち越しだ。……いい動きだったな」
心地よい疲労感が肩にのしかかる。
時計を見れば、針は午前三時を回っていた。
明日も仕事だ。そろそろ寝なければならない。
「……その前に、あれの手入れだけしておくか」
俺は椅子の背もたれに体を預け、視線を机の脇に向けた。
そこには、趣味で集めたモデルガンやガスガンが並んでいる。
ゲームの中だけでなく、現実の「銃」というメカニズムそのものが、好きだ。
分解し、その冷たい金属の感触を確かめる時間が、リラックスタイムになる。
「明日は新作FPSの発売日だったな……メンテ中のモデルガン、まだ組み上げてないのに……」
そう独りごちて、立ち上がろうとした、その時だった。
ドクンッ!!
心臓を、握りつぶされたような激痛が襲った。
視界がホワイトアウトする。
呼吸ができない。手足の感覚が瞬時に遠のいていく。
――あ、これ、死ぬわ。
人間、本当に死ぬ時は走馬灯なんて見ないらしい。
ただ、日常の延長線上で、やり残したタスクだけが脳裏をよぎる。
俺の意識は、床に倒れ込む衝撃を感じることもなく、プツンと途切れた。
平凡な、ただの銃好きのゲーマーとして、俺の人生は幕を閉じた。
◇
次に目覚めた時、真っ白い天井が見えた、そして鼻孔をくすぐったのは独特な香りだった。
「……ん?」
乾燥させた薬草(ハーブ)のような匂い。
俺は重たい瞼をこじ開けた。
視界に飛び込んできたのは、見覚えのない天井だった。
蛍光灯はない。天井に埋め込まれた石が、ぼんやりと白い光を放っている。
「……ここは、どこだ?」
声が掠れる。
起き上がろうと腕に力を込めるが、身体が鉛のように重い。
まるで数日間、高熱で寝込んでいた後のような脱力感だ。
俺は視線を自分の手に落とした。
そして、息を呑んだ。
「……なんだ、この手は?」
そこに在ったのは、見慣れた俺の手ではなかった。
長時間のマウス操作でできたタコもなければ、モデルガンの整備中の汚れが付いた指先でもない。
白く、細く、折れそうなほど華奢な少年の手。
こんな頼りない指で大丈夫なのか。
混乱する俺の視界の端で、白衣を着た女性――がこちらに気づき、声をかけてきた。
「あら、やっと目が覚めたのね。カイル君」
カイル?
誰だそれは。俺の名前は甲斐透だ。
否定しようと口を開きかけた瞬間。
脳髄を直接殴られたような痛みが走った。
「くっ、……ッ!?」
頭を押さえる。
知らない記憶が雪崩れ込んでくる。
――カイルという名前。
――魔力を持たない、「Gランク」の落ちこぼれ。
――クラスメイトからの嘲笑、いじめ。
――なぜこの学園に通っているのか。
――そして三日前、無理な魔力測定で倒れ、生死の境をさまよったこと。
すぐに痛みが引いていくと共に、俺は理解した。
俺は死んで、この「カイル」という少年の身体に魂が定着したのだ。
「……異世界転生、か。ゲームや小説で見たことはあるが、まさか自分がな」
俺は額の汗を拭いながら、乾いた笑いを漏らした。
混乱はある。だが、パニックにはならない。
ゲーマーとは常に、予期せぬバグや理不尽な仕様変更に適応してきた人種だ。
現状を受け入れ、最適解を探す。それが俺の得意なことだった。
何より確認したいことがある。この世界が俺の知る「ゲーム的法則」で動いているのかどうかだ。
そのためには人がいない場所に行く必要がある。
「すいません、トイレに行きたいんですけど……」
ベッドから身を起こそうとすると、全身が鉛のように重い。
「ちょ、ちょっと! まだ動いちゃダメよ! 三日も寝てたんだから」
慌てて駆け寄ってくる女性を手で制し、俺は壁に手をついて無理やり立ち上がった。
ふらつく足元を意志の力でねじ伏せる。
「漏れそうなんです。……一人で行かせてください。恥ずかしいんで」
「も、もう……。倒れないでよ?」
呆れる女性を背に、俺は覚束ない足取りで個室へと向かった。
カイルの記憶をたどってトイレの個室に着くと、すぐに虚空に向かって念じた。
「……ステータス・オープン」
空中に、半透明の青いウィンドウが展開される。
早速自分のステータスの確認をした。
【名前】カイル
【職業】学生(Gランク)
【レベル】1
【体力】15/15
【魔力】0/0(成長不可)
【筋力】G
【耐久】G
【敏捷】E
【知力】C
【器用】B
「……うわぁ」
数値を見て、思わず声が出た。
魔力ゼロ。しかも「成長不可」のデバフ付き。
カイルの知識からわかったが、この学園において、魔法が使えないことは「人権がない」に等しい。
落ちこぼれと呼ばれるのも納得だ。
「だが……【器用】がBか」
俺は顎に手を当てて考え込む。
他のステータスが軒並み低ランクの中で、器用さだけが平均以上のB。
チート能力ではない。
だが、俺にとっては悪くない数値だ。
「まあいい。【器用】がBもあれば、自分が好きな銃の分解整備(メンテナンス)を問題ないレベルで出来たらいい」
戦闘力はなくとも、テクニックで補えるタイプだ。
俺はウィンドウを閉じ、トイレからでた。
まずは寮に戻って、情報の整理と、今後のことを考えなければならない。
この時の俺は、まだ知らなかったのだ。
この世界における、俺にとっての致命的な「欠落」を。
◇
トイレを出て、石造りの廊下を歩く。
放課後の学園は、生徒たちで賑わっていた。
すれ違う生徒たちは皆、腰に剣を帯びたり、背中に杖を背負ったりしている。
ローブを羽織った魔術師、鎧を着込んだ戦士。
まさにファンタジーRPGの世界そのものだ。
だが、歩き進めるにつれて、俺の中の違和感が確信に変わり始めていた。
(……おかしい)
俺は周囲をキョロキョロと見回す。
すれ違う衛兵。訓練帰りの生徒たち。
誰も、持っていない。何故だ?
(どこだ? どこにもないぞ)
俺は鼻をひくつかせた。
独特の、鼻の奥をツンと刺激する硝煙の匂い。
金属同士が擦れ合い、オイルが焼ける匂い。
それが、一切しない。
あるのは、土の匂いと、オゾンと焦げた砂糖を混ぜたような、奇妙な刺激臭。
(……これが、カイルの記憶にある『魔力』の残り香か?)
俺は焦燥感に駆られ、窓から中庭の訓練場を見下ろした。
そこでは生徒たちが的当てを行っていた。
炎の矢を放ち、氷の礫を飛ばしている。
銃の乾いた発砲音は、どこからも聞こえてこない。
「……嘘だろ」
俺はその場に立ち尽くし、呻くように呟いた。
「銃が、ない……?」
マスケット銃のような旧式すら見当たらない。
火薬の概念そのものが、この世界には存在しないのか。
魔法があるせいで、科学技術が歪に停滞している世界。
「魔法? 剣? ……美しくない」
俺は吐き捨てるように言った。
詠唱に数秒もかける? 剣の間合いまで近づく?
馬鹿げている。
トリガーを引くだけで、音速を超えて敵を倒す「銃」こそが、最も洗練された武器だ。
「俺が信頼するのは、『銃』だけなんだよ……!」
魔力がないことへの絶望など、どうでもよかった。
俺にとっての絶望は、この世界に「銃」がないことだ。
あの冷たい鋼鉄の感触。指先に伝わるメカニズムの鼓動。
それがない世界で生きていくなど苦痛でしかない。
「おい見ろよ、Gランクのカイルだ」
「まだいたのか? 魔力ゼロの無能が」
廊下の向こうから、茶髪の男――バリスとその取り巻きが歩いてくるのが見えた。
嘲笑うような視線。蔑むような言葉。
だが、今の俺の耳には、彼らの雑音など入ってこなかった。
俺は彼らを無視し、ただ虚空を睨みつけた。
俺の中の「ゲーマー」魂が、そして「ガンマニア」としての血が、静かに、しかし激しく沸騰し始めていた。
「ないなら、探す。なければ、代わりを見つける」
俺は拳を強く握りしめた。
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読んでくださりありがとうございます。
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