第3話 完璧な雑用と、メイド服と、不器用な主人の秘密

専属メイドとなった翌朝。

​アリシアのスキル『雑用』は、朝からフル稼働だった。エレノアは魔導の研究に没頭すると、食事も睡眠も完全に忘れる傾向にあったため、アリシアは生活リズムの管理から始めた。

​「エレノア様、朝の七時です。研究のお時間ですが、その前に、特製のオートミールをどうぞ」

​「……うるさいわね。私は今、世界樹の葉から抽出した魔力増幅剤の調合で忙しいの。食事なんて後でいいわ」

​エレノアは相変わらず冷たい。しかし、アリシアは昨日の成功体験から動じない。

​「いいえ。このオートミールは、エレノア様の脳の働きを活性化させ、調合の成功率を$3.5%$引き上げます。スキル『雑用』の最適解です」

​エレノアは「3.5%だと!?」と目を見開き、慌ててオートミールを食べ始めた。彼女は「効率」と「最適解」という言葉に弱いようだった。

​エレノアが食事を終えると、アリシアは一式揃えた新品のメイド服を持って現れた。

​「エレノア様。私、あなたの専属メイドですから、やはりこの格好でなければ。清潔感と信頼性が$100%$増します」

​エレノアは鼻で笑った。

「馬鹿馬鹿しい。そんなものは魔力に何の貢献もしないわ。着たければ勝手に着なさい」

​「ありがとうございます!」

​アリシアはすぐに着替えた。フリルとエプロンが付いた、ごく標準的な黒と白のメイド服だ。地味だったアリシアが着ると、不思議と清楚で可愛らしい雰囲気になる。

​その日の午後。

​エレノアはいつものように魔導ラボに籠もっていたが、アリシアはリビングで、エレノアの破れたローブを修繕していた。

​(エレノア様は、いつも同じローブを着て、同じ時間に実験をする。きっと、生活の全てを『最強』であることに捧げていて、その他のことは一切気にしないんだわ)

​彼女は修繕を終え、新しいローブと並べてクローゼットにしまう。そこでアリシアは、クローゼットの奥に、もう一枚、全く別のデザインの服が隠されていることに気がついた。

​それは、フリルやリボンがたっぷりと使われた、可愛らしいピンク色のワンピースだった。どう見てもエレノアのイメージとはかけ離れている。

​<スキル『雑用』による解析>

​対象: ピンク色のワンピース。

​状態: 新品同様。一度も着用された形跡なし。

​推定: 孤独な環境で育ったエレノアが、**「可愛い服を着たい」という幼い願望を秘かに抱いているが、「最強の魔導師」**という建前から着ることを許せずにいる。

​(ああ、なんて可愛らしい秘密……!)

​アリシアは思わず口元を押さえた。Sランク魔導師エレノア・ヴィエラ。冷徹な美貌の下に、普通の女の子の繊細な心を隠している。

​その時、リビングの扉が開き、エレノアが姿を現した。彼女は珍しく作業着ではなく、いつものローブ姿で、どこか落ち着かない様子だ。

​「アリシア。あなた、その……その服、似合ってるわね」

​エレノアは顔を背け、ぼそりと言った。

​「メイド服なんて、ただの布切れだと思っていたけど……その、清潔感があるわ。私の研究室も清潔になったし、気分がいいわ」

​「ありがとうございます、エレノア様!」

​アリシアが笑顔で答えると、エレノアは急に口ごもった。

​「…あ、あんまり調子に乗らないことよ! 勘違いしないで。私が気分がいいのは、あなたが完璧に私の最適環境を整えているからであって、あなたにではないわ!」

​「もちろんです。私はあなたの最適な道具ですから」

​「……道具で結構よ。とにかく。夕食は肉料理がいいわ。高カロリーのものを。魔力回復に効率的だから」

​エレノアは足早にラボに戻ろうとするが、アリシアは彼女の背中に向かって、そっと提案した。

​「エレノア様。あの、たまには、可愛らしい服を着て、私と一緒に街へお買い物に行きませんか? 街には新鮮な食材がたくさんありますよ」

​エレノアの背中が、ピシリと固まった。彼女はゆっくりと振り返り、アリシアを射抜くような鋭い視線を送った。

​「………あなた、何を言っているの? 私が、可愛らしい服?」

​その顔は怒っているようにも、戸惑っているようにも見えた。アリシアは笑顔を崩さなかった。

​「はい。たまには最強の魔導師ではなく、一人の女の子として街を歩くのも、精神的なリフレッシュになりますよ。きっと、それが明日の研究の最適解です」

​エレノアは、アリシアが「最適解」という言葉を使うと、どうにも反論できないらしい。彼女はしばらく黙り込み、そして、小さなため息をついた。

​「……仕方のないわね。食材調達の効率が上がるなら、付き合ってあげてもいいわ。ただし、変な噂が立ったら、あなたを遠い孤島へ追放するわよ」

​エレノアはそう言い残し、急いでラボへ引き返した。

​アリシアは、エレノアの去ったクローゼットの扉に目をやった。

​(エレノア様。あなたは最強かもしれないけれど、私があなたの一番の秘密を知っているメイドです。いつか、あのピンクのワンピースを着て、街を歩ける日が来るといいですね)

​アリシアは静かに微笑み、夕食の準備に取り掛かった。最強の魔導師の心を溶かす、甘い生活が始まったばかりだ。

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