第24話 勝負狂いと勇者御一行

 二日後。

 

 王城の中庭には、二〇名ほどが集まっていた。

 

 フロンス砦に向かうサルス・望夢と、道中の護衛騎士・給仕一行だ。

 

 望夢の要望で、出立の前に顔合わせをすることになっていた。

 

 本来『新しい司令官が着任のために砦に向かう。その供をしろ』とだけ、やんごとなき立場の人間が言えばこんな顔合わせなどする必要はない。

 

 主役であるサルスだけに名前が与えられ、それ以外は護衛騎士その1やその2、給仕係Aや給仕係Bだ。

 名を知る必要などない。

 

 だが今回は、この中に財務卿が紛れ込ませた暗殺者がいる可能性が高い。

 

 護衛はすべて軍務卿が用意した人員であるため、今回怪しいのは給仕や荷物持ち係だ。

 

 彼らの誰が暗殺者かを見抜く材料集めのために、望夢がこの場を要請していた。

 

(…………)


 集まった人員は、護衛が十名、給仕が八名。

 

 護衛班は男女が半々で、給仕班は一人を除き全員女性だった。

 

 つまり給仕班は普段メイドとして城勤めしている女性達なわけだが、装いは普段のメイド服ではなく、旅行向きの服装になっている。

 

 そして彼女達は、一様に不安そうな顔つきをしていた。

 

 これから魔族との戦いの最前線の砦に向かい、陸路で向かう理由も話されていないのだ。

 

 不安になるなという方が無理である。

 

 望夢は各人の不安の程度を確かめると、隣のサルスに合図をする。

 

 それに応じて、サルスが咳ばらいを一つする。

 

「みなさん、お忙しい中ありがとうございます。

 改めまして、この度フロンス砦の司令官として着任することになった、サルス・パトリエです」

 

 毅然とした声で、サルスが口火を切る。

 

 元々耳に優しいよく通る声で、しかも魔王軍幹部を単身討伐し、聖女とあがめられる今を時めく人物だ。


 そのサルスがこうも毅然と話していると、同席する者達の不安も瞬く間に払しょくされる。

 

 その感情の変化を感じ取るのは、望夢の得意とするところだ。

 

「この度、フロンス砦に十日から二週間程度かけて向かいます。

 戦地までの道のりがどんなものであるかこの目で見て知っておくことも、戦にとっては重要です。

 そのため、今回は陸路で向かいます。

 もちろん、皆さんにも砦に留まって戦争に参加しろとは言いません。

 到着して数日休んだのち、王都に帰還できます。

 皆さん、よろしくお願いします」

 

 サルスが軽く礼をすると、他の者達はさらに上位の礼をとる。

 

 事情を話されたメイド達は、特に戦争に参加しなくてよいといわれて不安が去ったようだった。

 

(さて、ここに大きな困惑をぶち込むと)


 間を置かず、今度は望夢が一歩前に出る。

 

 そしてその際、火傷でグロテスクな色になっている顔の左半分を見せるのを忘れない。

 

 火傷を見てぎょっとするメイド達に落ち着く間も与えず、口を開く。

 

「どうもお初に。

 サルス新司令官とともに、偽司教の討伐にあたったノゾム・アマサキだ。

 新司令官と共に、フロンス砦の新副司令官として着任することになった。

 よろしく頼む」

 

 言葉を切ると、護衛とメイド達はサルスの時と同様、上位の礼を取る。

 

 サルスの時よりはぎこちない者が大半であったが、それが自然な反応だろう。

 

 サルスが新司令官になるとしか聞いていなかったのに、副司令官もいるのかと初めて知った戸惑い。

 

 名前も聞いたことのない、おそらくは外国人で平民の少年がいきなり副司令官になるということへの戸惑い。

 

 単純に顔の左半分に負った火傷に対する戸惑い。

 

 望夢は誰がどの程度のぎこちなさであったか、言い換えればだれがどのくらい反応したかを記憶し、さらに彼女らの感情を揺さぶりに行く。

 

「セインス、こっちへ」

 

「はい」

 

 給仕班唯一の男性を手招きする。

 

 それは望夢が軍務卿に話を通して潜り込ませたセインスだった。

 

 五年前に、働き盛りの年代の男性の半分が死亡したデラインで、この年頃の、しかもここまで容姿の整った男性は珍しい。

 

 直前に目にした望夢が顔に大やけどを負った、要は醜い容姿だったため、その落差もあり女性陣はセインスの中世的な顔立ちに息をつく


「こいつはセインス、俺の部下だ。

 俺と司令官は戦に向けての打ち合わせが山ほどあり、道中指示を出しにくい。

 俺か司令官に用事がある際は、まずこのセインスに話を通してくれ。

 セインス、簡単に挨拶を」

 

「は」

 

 セインスが会釈し、一歩前に出る。

 

「ご紹介にあずかりました、セインスです。

 皆さんと司令官、副司令官様の橋渡しをさせていただきます。

 それ以外の時は、給仕班の皆さんを手伝わせていただきます。

 不慣れなためご迷惑をおかけするかもしれませんが、ご指導のほどお願いしますね」

 

 柔らかな物腰で、穏やかな笑みを見せて頭を下げる。

 

 母性本能でもくすぐられたのだろう、色めいた反応をするメイドが多く見られた。

 

 そして各人の色めき度合いも、望夢は見逃さない。

 

「じゃあ各自一言でいい、簡単に自己紹介していってくれ。

 んじゃそこのお前」

 

 望夢は給仕班の一人を顎で指す。

 

 指されたのは、見事な浅紫の髪をした給仕だった。

 

 王城から支給された、統一された旅行用の装いではあるが、その特徴的な髪の色と美貌で他の班員からはいい意味で浮いて見えた。

 

 そんな給仕は、そこのお前呼ばわりされ雑に扱われたことに頬を引きつらせるが、どうにかこらえて礼を取る。

 

「は、初めまして。給仕部18班からまいりました、カルト……と申します。

 よろしくおねが――――

「苗字は?」

 

 無難な挨拶を終える前に、望夢が言葉をかぶせる。

 

 給仕は歯を食いしばりながら、お辞儀しかけた体を起こす。

 

「か、カルト……ダメガミと申します」

 

「あっそ。仕事できなさそうな名前だな」

 

 グギギギギィ…………! と心中で怨嗟の歯噛み音を響かせるが、カルト・ダメガミは奥歯にずっと設置されている毒薬のカプセルを思い出し、何とか平静を保つ。

 

(くぉんのクソパワハラ野郎ォおおおおおお!!!!!!!)


 無論望夢と言えど、本当に初対面の相手にこんな態度はとらない。

 

 カルトと呼ばれたのは、給仕の姿に化けたカルトナだった。

 

 望夢をよりにもよって滅亡を眼前にしたアバンダンドに、事前の知識付与もなく、あまつさえありとあらゆる加護が効かない呪いまでかけて送り出した女神は、望夢に絶対服従の部下、否、駒として働くことを義務付けられていた。

 

 明らかに天界のルールを逸脱した所業に、最高神の一柱であるカリタスが激怒し、『望夢には絶対服従で魔王軍討伐に協力する。

 もし失敗すれば永久に堕天。

 成功時に貢献した量に応じて堕天期間を差し引く』という条件で。

 

 何よりかわいい我が身を天秤にかけられては仕方がなく、カルトナは望夢への殺意を抑えながら従っていた。

 

 今後自分は基本的に、危険地帯への偵察や斥侯に使われるらしく、いざというときは素早く死亡して天界経由で戻ってくるために、望夢の命令で奥歯に毒薬を仕込まれていた。

 


 そんな背景を知らない他の人員達からは、望夢がメイドにすさまじいパワハラをしているように映る。

 

「お前はもういいや。じゃあ次の人、お願い」

 

「え? は、はい」

 

 と思ったのも束の間。

 カルトの隣にいたメイドは、自分も粗雑に扱われるのかと思ったら、ごく普通な口調で促され、戸惑いながらも所属と名前を述べる。

 

 名前を罵倒されることもなく無事終わり、また次のメイドが呼ばれる。

 

(私以外には普通にすんのかよ…………)


 自分以外のメイドには攻撃しない望夢を見て、カルトナがまた怒りで身を焼く。

 

 そんなカルトが必死で殺意を抑えている一方、望夢は順に自己紹介していくメイド達を観察する。

 

 まずは視線の動き。

 望夢を含む、視界に映っている何を何回、どのあたりを見たか。

 視線の揺らぎ具合はどうか。

 瞬きの回数は。

 

 自己紹介を待っている間、している間、終わった後のそれぞれで分け、全メイドの視線の動きを漏らさず観察する。

 

 そして同時に、手足や姿勢についても同様に観察する。

 

 身じろぎの回数、背筋の伸び具合、手指の動き。

 

(さすが王城勤めのメイド達。ご立派なもんだ)

 

 きっと、やんごとなき方と付き合う際に無礼が無いよう、普段から習慣づけているのだろう。

 

 これだけ事前に精神的な揺さぶりをかけておいたのに、仕草にはほとんど乱れが見えない。

 

 姿勢は伸びてきれいだし、手足もむやみにもじもじさせない。

 声も視線も、意識して無理やり押さえつけている感はあるが揺るがない。

 立派なものだ。

 

 そして次のメイドの自己紹介が始まる。

 

「お初にお目にかかります。

 給仕部第2班より参りました、ルディ・シウムと申します。

 誠心誠意、務めさせていただきます」

 

 女性にしてはやや低めの声と、望夢に負けない無表情をもって礼をする。

 

 三十を超えたあたりか、この中では一番年上のメイドだった。

 

 王城で勤める年季が長いせいだろう、厳格な雰囲気を漂わせている。

 新人が彼女の配下として配属されたら、怖がられることだろう。

 

(候補第1号かね)


 その動じなさや、群を抜いて少ない視線や身体の揺れから、望夢はルディを要観察と判断した。

 

 元々そういう性格なだけだったら申し訳ないが、これまでのメイド達で計測した様々な数値と比較すると、彼女のそれは中々に外れ値がそろっている。

 

(で、次だが…………)


 これまでとこれからのメイド達の観察、そして特にルディの観察を継続しながら、望夢は最後のメイドの自己紹介を待つ。

 

「は、初めまして」

 

 次のメイドは、ルディと打って変わって不安や戸惑いが思い切り表情に出ていた。

 

 年はサルスと同じくらいだろう。二〇に届くかどうかだ。

 

 望夢と同じくこの国では珍しい黒髪を、二つの三つ編みにしてまとめている。

 

「る、ルタス・トニトルスと申します……。給仕部だ、第16班から参りました。

 よ、よろしくお願いいたします……」

 

 レンズ部分の大きい瓶底メガネが邪魔で表情が見えにくいが、身じろぎや声の震え方で不安なのがよくわかる。

 

 ともかく給仕は全員自己紹介が終わったので、今度は護衛の騎士達に話を振る。

 

「じゃあ、次……、いや、ちょっと待った」

 

 しかし途中で言葉を切り、王城の入り口を振り返る。

 

「?」

 

 他の人員もそちらを見ると、衛兵が一人こちらに駆けてきた。

 

 そしてサルスと望夢の前で膝をつく。

 

「失礼いたします! 司令官閣下、これより勇者様と軍務卿閣下が参ります!」

 

「! わかりました。皆さん、左右に分かれてひざまずいていてください」

 

 サルスが指示を出し、望夢とサルス(とカルト)を除く全員が素早く貴人を迎える列を作り膝をつく。

 

 望夢がカルトの尻を蹴り飛ばして位置につかせたところで、王城から男性が二人、姿を見せた。

 

 片方は望夢も知る軍務卿、もう一人は見覚えのない金髪の少年だった。

 

 やや低めの背丈に、汚れ一つない磨かれた教会騎士の鎧とマントを身にまとい、背中に大剣を背負いと、随分と立派な格好をしている。

 

 顔からはまだ幼さが抜けておらず、おそらく望夢と同じか少し下だろう。

 

 サルスを見つけると朗らかな笑顔を浮かべ、走り寄ってくる。

 

「サルスさん、お久しぶりです!」

 

 勇者はサルスの手を取る。

 

「お久しぶりです、勇者殿。

 大きくなられましたね」

 

 サルスは自分より頭一つ小さい勇者に微笑み返す。

 

「ええ、もう少しでサルスさんを追い抜きますよ! あと、名前で呼んでくださいよ」

 

「すみません、ええ、フェルディさん」

 

 勇者が嬉しそうに笑みを浮かべたところで、軍務卿が追い付く。

 

「久方ぶりの再開で何よりだ。4年くらいか?」

 

「ええ、僕が法国に向かう前に会って以来ですから、そのくらいですね。

 サルスさんが、騎士になったばかりだったころですね」

 

「ええ。護衛任務に就いたというのに、まだ剣を手に取るのも一苦労な頃でしたけど……」

 

 サルスが腰に差した剣に視線を落とし、苦笑いする。

 

 その様子を見て、勇者が沈んだ表情を見せる。

 

「先日の演説、法国でも聞きました。

 司教様が、魔物だったということも……。

 僕にも無理に戦わなくていいと言ってくれて、すごく嬉しかったのに……。

 本当なんですか?」

 

 サルスは唇を小さく噛み、頷く。

 

「ええ。正真正銘、魔王軍の幹部でした。

 本物の司教様は、デラインに向かう途中に殺害されていたのです」

 

 それを聞いて、勇者の目元がゆがむ。

 

「じゃあ……僕を法国に向かわせたのも……」

 

「ええ。最大戦力であるあなたを戦線から遠ざけるため、そして勇者であるあなたに教義を喧伝させることで、戦への備えを妨害する狙いがあったのでしょう」

 

「そして僕は、それにまんまと乗ってしまった……。

 僕が、奴の正体を見抜けていれば……!」

 

 勇者が歯噛みすると、サルスは首を横に振る。

 

「いえ、それを言うなら、丸4年近く傍にいながら正体を見抜けなかった私に問題があります。

 もっと早く気づいていれば、奴に暗殺された人達ももっと少なくて済んだ……」

 

「で、でも! サルスさんが見抜いて、一人で討伐したんでしょう?」

 

 勇者がサルスを励まそうとする。

 するとサルスは数舜遅れて理解する。

 

「あ、いえ、見抜いたのは私では――――

「話の腰を折って悪いが、道中に回してもらえるか?」

 

 すると望夢が割って入る。

 

「? えっと、あなたは?」

 

 勇者は不思議そうな顔を向けてくる。

 

 貴族同士の会話に、外国人で、特別な地位についている人物でもなさそうな望夢が割って入るのが意外だったのだろう。

 

「ああ、勇者殿。こちらは――――」

 

 軍務卿が紹介しようとするが、望夢は手で制す。

 

「お初に。

 軍務卿の推薦を受けて、サルスと一緒にフロンス砦の副司令官に着任することになった、ノゾム・アマサキだ。

 今回はサルスと同様、俺の手腕も評価してもらうことになる。

 どうぞよろしく」

「え…………」

 

 サルスを呼び捨てにしていること。

 外国人が副司令官という役職に就くこと。

 敬語抜きで話しかけられたこと。

 

 色々と予想していなかったことが一息に入ってきて、勇者が数秒固まる。

 しかし、また笑顔を浮かべて、望夢に手を差し出す。

 

「こ、こちらこそ初めまして。フェルディ・イグナヴァスです」

 

 望夢もその手を取り返し、握手する。

 

 そして握手の間、真正面からフェルディのことを観察する。

 

(こいつ…………)


「? ええと、僕の顔に何かついていますか?」

 

 無遠慮にじっと見つめられるので、フェルディが空いた手で自分の頬に触れる。

 

「いや、何も。どっちかと言えば、ついているのは俺の方だろうな」

 

 そういって望夢は、顔の左半分を隠す前髪を、指先でほんの一瞬払う。

 

 どす黒い紫に変色した火傷の跡が見え、フェルディの表情が曇る。

 

「そうか……あなたもあの戦いで傷を……」

 

 五年前の大戦で負った傷だと思ったのか、フェルディは望夢に憐れみの視線を送る。

 

 もちろん全然違うのだが、否定するのも面倒なので望夢は否定も肯定もしない。

 

「で、話を戻すが、今自己紹介の真っただ中でな。

 同じ馬車に乗ってもらう予定だし、再開の喜びは馬車の中でゆっくり語り合ってくれ」

 

「自己紹介?」

 

「ああ、一緒に行く連中のな」

 

 そういって望夢は、今なお膝を着いている人員たちを親指で指さす。

 

「すみません、お邪魔してしまいましたね」

 

 フェルディは事情を聴くと、素直に謝罪する。

 

「いいよ、気にしなくて。

 よし、それじゃみんな立って。

 続きから自己紹介……ん?」

 

 メイドたちの勇者を見る目を見て、望夢の言葉が途中で切れる。

 

 先ほどまでの緊張感はどこへやら、乙女の顔になっている者がほとんどだった。

 

(あー……なるほど)


 五年前の大戦で、二〇~三〇代の男が非常に少ないこの世界。

 

 大抵の女性は常に男日照りで、先ほどのセインスのように、若い男ならそれだけで恋愛対象になりえる。

 

 そこでこの勇者のご登場だ。

 

 幼さは抜けきらない容姿だが、美形と称して差し支えない。

 

 この国の貴族の出でもあるし、飢えた獣の前に現れた超絶上玉の輿なのだろう。

 

(さて、これはこれで助かる)


 望夢は素早く、メイドたちの様子を観察する。

 

 暗殺者もものすごい男日照りで飢えた獣だったらどうしようもないが、理性的であれば超の付く実力者が増えてやりづらくなったはずだ。

 

 苛立ちを表に出すまではいかなくとも、発情もとい喜びを面には出さないはずだ。

 

 そうしてメイド達の様子を観察し終えた望夢は、念の為護衛騎士達の方も確認する。

 

(うわ)


 鎧を身に着けた騎士達ですら、面には出さないが目がぎらついている。

 

 貴人の護衛について、名を上げる機会を持てることへの意欲もあるのだろうが、それだけではないように思えた。

 

 王城に務めることができる程の騎士達だ。

 ほとんどが下級でも貴族の出だろうに、望夢は呆れながら指示を出しなおす。

 

「やっぱり自己紹介はやめだ、正門を出たところに馬を用意してある。

 そこへ向かって、馬車の近くで待機だ」

 

 ええ!? と兵士たちの数名が声に出さずとも、表情に出す。

 

「え、どうして」

 

 サルスが疑問を口にする。

 後ろで雰囲気だけで『そうだそうだ!』と大合唱している騎士たちが目に入るが、望夢は無視する。

 

「騎士達だけに自己紹介の機会を与えると、勇者に自己紹介できなかったメイド達から総スカンを喰らいそうだ。

 かといって全員また自己紹介するのも時間がかかるし、これで打ち切り。

 はい、駆け足」

 

 望夢はパン! と手を打つと、騎士たちもこんなことで反抗するわけにはいかない。

 

 小さい怒りと大きめの落胆を抱えつつ、正門前に向かい、メイドたちもその後に続く。

 

(いいんですか? 観察時間増やさなくて)


 サルスが耳打ちする。

 

(大丈夫だ。

 メイドの観察はほぼできた。

 護衛はあまり観察できなかったが、そっちは問題ない。

 軍務卿が物騒なことしてなければな)


 そうして勇者の付き添いに来た軍務卿に視線を向ける。

 

 普通ならぶしつけな行為とされるが、軍務卿はその視線に気づいた上で特に何も言わない。

 

「それではまいりましょうか。正門前に我々の馬車も用意されています」

 

「ええ!」

 

 サルスが案内を買って出ると、フェルディが快い返事を返す。

 

 今回の行程は、望夢・サルス・フェルディ、状況によっては傍付きとしてカルトナかセインスのどちらか片方が馬車に乗り、他の人員は皆馬に乗って同行する。

 

 望夢達は城内の中庭から数分かけて、正門前まで歩く。

 

 中庭に馬車や馬を用意すればさっさと乗れるのだが、それらに乗ったまま王城の正門を潜れるのは王族かよほどの貴賓だけだ。

 

 その為、厩舎だけ正門広場の一角に設けられており、テレポートを用いず遠出する場合は大抵そこで乗馬することになる。

 

 正門を潜ると、すでに先に向かった人員は準備を終えていた。

 

 民衆を高揚させるため、今回の出発日やサルスが最前線基地の司令官に着任することは王都中に知れ渡っている。

 

 更には勇者も一緒だと付け加えられては、民衆達はもう居ても立っても居られない。

 

 正門広場には、先日のサルスの演説時に負けない人だかりができていた。

 

 五年前の大戦で、働き盛りの年代の男たちがほぼほぼ死に絶えたとはいえ、王都ともなるとそれでも圧倒されるほどの人数がまだいる。

 

「ま、これだけの人数が前向きになったって思えば十分か」

 

「ですね」

 

 一応衛兵たちに抑えられ、道の真ん中は馬車と同行者たちが通れる幅は確保されているが、左右はけが人が出るのではないか怖くなるほどの密集具合だ。

 

 このまま馬車が道なりに進めば、馬車に近い方ほど人が押し寄せて危険度も増すだろう。

 

 それを察した望夢は、サルスに合図する。

 

「事前に話した通りになったな。頼む」

 

「ええ」

 

 サルスは小さくうなずき、フェルディと軍務卿に向き直る。

 

「閣下。事前にお話しした通り、王都を出た辺りまでは私は飛行します」

 

「うむ。その方がよかろう」

 

 事前に話を聞いていた軍務卿は素直にうなずくが、フェルディが話を飲み込めずに質問する。

 

「空を、ですか?」

 

「安全のためにな。

 これだけ人数が多いと、一目聖女や勇者を見たい見物人が多すぎて、人雪崩が起きかねない。

 サルスが飛んで、誰でもその場で上さえ見れば見られるようにすれば、無理に馬車に近づこうとする人数を減らせる」

 

 この場では説明しないが、実際には他にも意図がある。

 

 馬車に押し寄せる見物人を減らせることで、不自然に馬車に押し寄せる人物が目立ちやすく、衛兵が止めやすくなるからだ。

 

 ないとは思うが、王城から王都西門までの間で、財務卿が見物人に紛れた暗殺者を送ってくる可能性はゼロではない。

 

 対策として、警備に就く衛兵たちの中にわざと財務卿の子飼いを紛れ込ませた。

 

 その状態で暗殺などしようものなら、現場にいた衛兵が財務卿とつながりがあることを理由に、財務卿の陰謀だとして逮捕させてもらう。

 

 もちろん財務卿の子飼いの衛兵の付近には、ギルドとレジスタンスに頼んで用意した見張りがいる。

 

 もし子飼いの衛兵が何かしようものなら、彼らが即座に捕縛する用意も整っている。

 

 さらにサルスが馬車の上空を飛び、上空からの監視も追加できれば十分だろう。

 

「なるほど……」

 

 望夢が表向きの理由を説明すると、フェルディは腕を組んで頷く。

 

「すまない。

 決して勇者を軽んじているわけじゃないんだが、せっかくこれだけの大人数が聖女を受け入れ、対魔族の戦争に意気込み始めている。

 ここでけが人が出たりして、つまらないことで躓きたくないんだ」

 

 望夢が小さく頭を下げる。

 

 聖女と持て囃されるサルスを見やすくして見物人の怪我を防ぐこの手は、勇者より聖女を目立つ位置に置くということだ。

 

「え? ……ああ、そういうことですか」

 

 と、フェルディは何のことかわからなかったようだが、数秒して笑う。

 

「そんなの気にしませんよ。

 この数年、教会の見世物になっていましたから。

 今更慣れっこです」

 

「助かる。じゃあ、俺達は先に乗ろう」

 

 自嘲気味の笑いなのが気にかかったが、望夢はそう言うと、今度はトリックスターの隠蔽スキルで気配を消す。

 

 目の前にいたフェルディは望夢の姿を見失うことはないが、いきなりスキルを使った望夢に驚く。

 

「事情は後で説明するが、俺の存在はあまり民衆に知られたくない。

 アンタが民衆に向けて手を振っている間、馬車の中でこっそりさせてもらう」

 

「は、はぁ……」

 

 予想していないことが次々に起こり、フェルディはそんな声を漏らすことしかできない。

 

 とりあえず望夢に続き、フェルディが馬車に乗る。

 

 中央にテーブルも設けられた、六人乗りの豪奢な馬車だが、民衆に姿を見せるためにフェルディは窓際に、身を隠す望夢ははす向かいの中央の席に座る。

 

「それでは出発します」

 

 天上越しに、上空からサルスの声が聞こえてくる。

 

 騎乗した騎士が、馬車の前方に四名、左右に二名、後方に二名対になって周囲に並び、さらにその後ろに計十名のメイドと運搬係、最後尾に残り二名の騎士が並ぶ。

 

 サルスの号令にしたがって、先頭の騎士がゆっくりと進みだす。

 

 王族が参加するわけではないし、正式なパレードではないので人員は少なめだ。

 

 だが民衆の士気高揚につなげるため、出来るだけ彼らの見物しやすいよう、進む速度は徒歩とほぼ同程度のゆっくりしたものだ。

 

 動き出した列を見て、見物人たちが色めき立つ。

 

 そしてすぐに、光翼を纏ったサルスが拡声魔法を用いて彼らに語り掛ける。

 

『エスティアの皆さん。

 私はこれから、魔族との戦争の最前線の砦、フロンス砦に向かいます。

 かの砦に司令官として着任し、魔族の斥侯部隊を討伐に向かいます』

 聖女が自ら最前線に向かうと聞き、見物人たちから大歓声が上がる。

 

『そして此度は、勇者殿も法国からご帰還いただき、私達と共に戦地に向かってくださいます』

 その言葉に合わせて、フェルディが窓から顔を出し手を振る。

 

 見物人の歓声がさらに一段大きくなる。

 

『決して無理に拝顔しようとしないでください! 勇者殿は今後も、勝利の知らせを持って度々帰ってきてくださいます』

(え)


 サルスの言葉に、フェルディが固まる。


 実際は今後勇者がどんな風に参戦するのかは全く決まっていないのだが、見物人を落ち着かせるため、そして既成事実を作ってしまいたいためか、サルスがそんなアナウンスをする。

 

 これを成長と言っていいのかはわからないが、やや図太くなったその言動に、望夢は小さく笑う。

 

 そうしてサルスが馬車の上空を旋回し、勇者が度々馬車の左右の窓を往復しながら見物人に手を振りながら、馬車はゆっくりと王都の西門に進んでいく。

 

 歩いているのと大差ない速度なので、左右に行ったり来たりのフェルディが、そのうち疲れてくる。

 

(西門より、南門の方が少し近くないですか?)


 反対側の窓へ移動する途中、中央の席にのんびり腰を下ろしている望夢に、フェルディが尋ねる。

 

(まだ朝早いからな。西門の方が、日陰になって周囲が暗い)

(? それが?)

 暗いと何がいいのか分からないフェルディが聞き返す。

 

(サルスの光翼が映えて見える。民衆への印象がより良くなる)

 予想だにしていない答えが返ってきて、フェルディが小さく目を見開く。

 

(たったそれだけの為に、と思うか?)

(えっと……まぁ、思っちゃいました……)


 望夢はそれを咎めるでもなく、小さくうなずいた。

 

(そう思うのが通常だろう。

 だが、そんなことと思うかもしれないが、そんなことすら今はやるしかない。

 たった数十人を戦争に対してより前向きにすることが、今後どこかで分かれ目になるかもしれない。

 塵に等しい努力であろうが、出来ることはすべてやるしかない。

 俺たちがこれから逆転勝利しようとしているのは、負け戦なんだからな)

(…………)


 望夢の刃物を連想させる鋭い目つき、佇まいを目にして、フェルディの心境も引き締まる思いだった。

 

 いくら世論が開戦に前向きになってくれて、希望が芽生え始めているのかもしれないとしても、自分がこれから行くのは死が生より遥かに多く蔓延る場所なのだ。

 

 幼さの抜けない、柔和なフェルディの表情にも険が宿る。

 

 だがそんなフェルディを見て、望夢は小さく笑う。

 

(真剣になるのはいいが、今は周りに元気を与える時だ。

 ほら、笑って顔見せてやりな)


 窓の方を、顎で指す。

 

(え、あ……はい)


 フェルディは毒気を抜かれ、若干間の抜けた表情のまま、反対側の窓に向かう。

 

 そうして馬車はやがて、日陰になっていて暗い西門に差し掛かった。

 

 サルスの光翼が放つ光が、日陰を照らし、美しさがより増して見える。

 

 だが戦場の闇は、こう容易く照らせるものではないだろう。

 

(さ、この世の地獄へ向かおうか)


 敗北の色が濃く漂う地へ、望夢達は踏み出した。

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