第45話 共依存【成長性◎】

 青空に塗り替えられた世界で、決戦は行われようとしていた。


「エイ、どうして貴女がここにいるの!」


 灯らぬ社からの攻撃など頭から抜け落ちたセナノが慌てて駆け寄る。

 木漏れ日の下、エイは風に髪を揺らしながら静かにほほ笑んでいる。

 やがて彼女は静かに頭を下げた。


「……ごめんなさい、セナノさん」

「え?」

「私がもっときちんとしていれば灯らぬ社も、あの子の力も必要なかった。私が……もっと御空様と繋がっていればよかったんです」


 唐突な反省の言葉にセナノは固まる。

 

「な、なにを言っているの」

「だから」


 エイは顔を上げ、青空に相応しい笑顔を浮かべて言った。


「御空様ともっと深くつながってきました。これなら、もっとお役に立てますよね!」

「……繋がる?」

「はい。大丈夫ですよセナノさん。ここからは私がもっとお役に立ちます。……だから置いて行ったりしないでください」


 小さく吐き出された言葉は、飾り気のない純粋な欲望だった。


「エイ……」


 セナノの横を通り抜け、エイは一度ミナコを見る。

 その目はまるでこの空のように青い。


「……ここは私が片付けます。貴女の手出しは不要です」

「おお、怖い怖い。そんなにあの人間が好きになったのかな?」


 エイは何も言わず一人で灯らぬ社へと向かって歩く。

 この世界において、エイが近づく必要はない。

 これは、誰が異縁存在を狩るのかを示すための意思表示でしかなかった。


「エイ、私も一緒に――」


 振り返ったセナノは初めて灯らぬ社の姿を確認する。


 それは仏像だった。

 しかし、その構造は木や石ではない。

 すべてが人間の手で形作られていた。


 大小さまざまな手が折り重なり、

 子どもの細い指、老人の節くれだった指、女の白い指土に汚れた男の手――そのすべてが組み合わさり、肉の彫刻として仏の形を成していた。


(今まで取り込まれた人間を自身の器として使用しているの……!?)


 掌が重なり、指が絡み、

 それらがまるで曼荼羅のように積層して顔の輪郭を形づくっている。


 目にあたる部分は、合掌した二つの掌の隙間が空洞となっていた。

 その空洞は黒く深く底が見えない。


(罰を与えることで眷属にするのだとしたら、放っておけばおくほどに厄介な異縁存在に成長する……!)


 胸の前では十数本の腕が交差し、まるで何百もの祈りを同時に抱きしめているようだった。

 足元は蓮の台座を模している。だがそれすら、無数の手首が絡まり合って花の形を作っているだけだ。


 全身に亀裂のような指の溝が走りその奥で黒い闇が脈動していた。

 それこそが灯らぬ社の闇の源。


(……表面の手は全部鎧のようなもの。きっとあの中にある闇こそが本体)


 どれほど形が仏に近づけられようとも、そこに慈悲や救いの気配は一切ない。

 そこに在るのは、人々が恐怖から祈り続けた残滓が凝縮された祈りの墓標だった。


「エイ、私も戦うから一人で動くのは止めなさい」


 セナノはその危険性を理解し、すぐに舞を始めようとする。

 しかし振り返ったエイの青い瞳を見た瞬間、体がまるで動き方を忘れたかのようにその場にへたり込んでしまった。

 

「大丈夫です。私一人でもやれます」


 セナノは否定しようとするが、声を発することすらできない。

 エイの実力を疑う余地はない。

 しかし、あの苦悶の表情を一度見てしまえば任せる事など出来るわけがなかった。


(……っ、動かない。これも空澱大人の力!?)


 動こうと必死にもがくセナノと、完全に見物に徹して鳥居に体を預けたミナコを前に、決戦と言う名の蹂躙は始まった。


「では、始めます」


 戦いの開始を察知したのだろう。

 灯らぬ社の体から黒い何かが脈動しながらあふれ出し膨張していく。

 その闇は木々を飲み地面を擦り切り、セナノの視界すら黒く染めようとしていた。

 空澱大人に奪われた迷宮を取り戻そうとしているのだ。


 だが、それはあっけなく終わりを迎えた。


 エイが、一歩前に出ただけで黒い脈動が止まる。

 影の鼓動は無理矢理握り潰されたように沈黙した。


「セナノさんを傷つける者は許しませんよ」


 エイは静かに言った。

 表情はいつも通りの、どこか眠たげな優しい顔のまま。


 しかし、彼女の背後で揺れる黒い髪は、僅かに端に空の色を宿していた。

 青でも黒でもない、上層の裂け目のような蒼穹の色。


 灯らぬ社の本体は理解した。

 いや、理解を押しつけられた。


 自分が今この少女を通して見られているのだと。


「御空様、お願いします」


 エイがそっと手を伸ばす。

 灯らぬ社へと触れるわけではない。

 その指先で、山に沿って青空の輪郭を撫でただけだった。


 ――それだけで、灯らぬ社の闇が後退した。


 抵抗をする間もなく、概念が削られる。

 闇であるという定義が白紙に戻されるかのように、存在理由が蒼穹に消えていく。


「貴女は、この空の下には相応しくありません」


 エイが囁く。

 声は優しく、けれど拒絶の意思があった。

 その姿はまるで背後にある何かの代弁をしているかのようだ。


 灯らぬ社が悲鳴をあげようとした瞬間、音が消えた。


 世界から、灯らぬ社の声が削除された。


 闇が波打ち、折り畳まれ、圧縮されていく。

 抗う手も祈る指も全てが紙片のように丸められていく。


 空澱大人の観測は優しく、一方的で、冷たかった。

 その眼差しがあるかぎり、灯らぬ社は存在として反応できない。


 ――何をしても無駄なのだ。


 灯らぬ社の核が最後の膨張を試みた瞬間、エイが瞬きした。


 それだけで、闇が静かに破裂した。

 派手な音も、光もない。

 ただ、そこにあったはずの何かがが空白になる。


 まるで最初から存在しなかったように灯らぬ社は沈黙した。


「……ありがとうございます」


 エイが空を見上げると、上層の青に揺らめきが走った。


 灯らぬ社は祈る暇すら与えられず抵抗することもできず、ただ観測されて終わったのである。







 き、気持ちいいいいいいいいい!

 これだよこれぇ!

 この無双する感じがなろう系の主人公の醍醐味だよな!


 青空という監視の下で俺は完全に灯らぬ社に勝利した。

 見た目がくっそキモかったが大丈夫です。だってこっちは触る必要すらなかったからね!


 ちなみに具体的に何をしたのかはよくわからない。

 俺はソラの言葉に従って、見て瞬きしただけだ。


『お楽しみいただけましたか?』

『最高』


 この場に俺たち以外がいなかったからハイタッチをしていたところだぜ。

 花嫁の時もそうだったが、やっぱりこうして一方的に蹂躙するのは気持ちが良い。

 俺はまともな倫理感を持った人間だからこの力を前にしても冷静でいられるが、心の弱い人間なら力に溺れてしまうだろう。


『言ったでしょう? 灯らぬ社は雑魚であると。私とエイの前に敵なんていません^^』

『流石だぜソラ!』


 チート能力をセナノちゃんとミナコちゃんに存分に見せびらかし気分は最高、あの美味しいイチジクのおかげで体も絶好調。

 なーんも不満はないね!


 さ、ここからなろう系ムーブかましちゃおうかな~!

 強キャラ発言しちゃおうかな~!


『ではここでエイには依存の片鱗を見せて貰います』

『はい(スンッ)』


 クライアントを怒らせると力を没収されるから従うしかねえや。

 興奮を抑えて俺はソラの言葉に大人しく耳を傾ける。

 

『これだけの力を見せれば自分は捨てられないだろうと考えるエイを演じてください^^ こういう依存性は日常を蝕むように、です。私は多くの作品でそう学習しました』

『流石ソラ!』

『へへーん!』


 褒められてコンテンツも充実してソラは幸せ。

 俺は無双できてなろう系を味わえて幸せ。

 これがwin-winというものだ。

 やっぱり対等な関係を築いてこそやね。


『それじゃあ始めてください』

『はい!』

『良いお返事です! 4.4天移ポイント!』


 それはいらないです!!







 闇が消えたあと、世界は異様に明るかった。

 まるで奪われていた光が一度に流れ戻ってきたように、山の上には真昼の夏がそのまま広がっていた。

 本来であれば、今は夜だというのに。


 蝉の声がやけに遠い。

 風の匂いは潮の香りを運んでくるのに、肌に触れる空気はどこか冷たい。


 灯らぬ社の本体であった無数の手で形作られた仏はもうそこにはなかった。

 あるのは何かの建造物があった土台の石だけである。


 その前に立つエイの細い背中は、異質なほど静かだった。


 黒い髪が夏の風に揺れ、陽の光に透けるように揺らめいている。

 ゆっくりと、彼女はセナノの方へ振り返った。


 その瞬間――空の色が一度、濃くなったように見えた。


 (……嘘でしょ。まだ、


 セナノは喉の奥が冷たくなるのを感じた。


 灯らぬ社を圧倒しその存在構造さえ否定した空澱大人の気配が、まだエイの背後に残っている。

 空から覗き込んだ、あの上層の視線が銃口のようにセナノへと突き付けられていた。


 エイの瞳は元に戻り普段のままの無垢な色なのにその奥に一瞬だけ、深すぎる青が揺れる。

 夏の太陽を受けてきらめく海のようでいて底のない井戸を覗き込んだ時のような恐怖があった。


「セナノさん、終わりましたよ。お怪我はありませんか?」

「……っ、え、ええ」


 体の自由が効くことに気がついたセナノは立ち上がる。

 エイは小走りで近づくと、セナノの肩を掴んで顔を見上げた。


「私、倒しました。きちんと一人でできました」

「……ええ、見ていたわ」

「これからも絶対にお役に立ちます。だから、置いて行ったりしませんよね? ね? 友達でいてくれますよね?」

「……え?」

 

 その時、セナノは初めてエイの瞳の中に怯えの感情を見た。

 まるで叱られた子供の様に幼稚で幼い感情が、僅かに垣間見える。

 

 そこにセナノは無意識のうちに過去の自分を重ねていた。

 縁者になる前、幼い頃の自分が目の前にいるようで、セナノは無意識のうちにエイの頭を撫でる。


「セナノさん……」

「大丈夫、置いて行ったりしないわ。私達はこれからも一緒よ」

「……! はいっ」


 意識せずに口をついた言葉だった。

 セナノはまだ知らない。


 それがこれから先、二人を縛り付ける呪いの言葉になるという事を。










『一緒って言いましたね! そういうカプは愛故の悲劇で引き裂くことで輝きを増すんですよ!!!!』

『声でかいっすね』

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