第34話 今は嫉妬も養殖できる技術が確立されているんですよ

 身長がでっかい褐色美少女が入ってきてから、オラの村の神様の様子がおかしいだっぺよ。


『^^』


 笑ってるのに、目の奥が全然笑ってねえべ。

 アレ、怒ってるっぺ!


『エイ』

『ウィッス』

『あの子、どう思いますか』

『えっ、まあいいんじゃないっすかね。元気そうで。ソラのいうコンテンツに合わせるなら、元気っ娘+高身長って結構いい属性なんじゃないっすか? 褐色だし。セナノちゃんとは被らないと思うけど』

『…………そうですね。コンテンツ的には美味しいです』


 ソラは、見えていない事を良い事にミナコちゃんに顔を寄せて覗き込むように観察していた。


『……まあいいでしょう。今は可変TS怪奇恋愛コンテンツを楽しんでいるところです。何もしないならこちらも手は出しません』


 そんなコンテンツを上位存在が楽しむな。


『やっぱりこの子なんかあるの?』

『別に何もないですよ^^ でも、当分海には近づかない事ですね』

『海関係かぁ』


 絶対にさっき海眺めてた時の奴がらみである。

 俺は馬鹿じゃないから察することが出来るのだ。


 この子は海関係の異縁存在と繋がりがあり、なおかつ――。


『まあ最悪、天移ですね』


 ソラが不機嫌になるような存在である。

 それはもうヤバイという事だ。


 どうしよう、これでソラの海verみたいなの出てきたら。

 ……ま、それはないか! だってこんなコンテンツ上位存在が何体もいたら世界が終わるもんね! わはは!

 

『さて、気を取り直してコンテンツを堪能するとしましょうか。今の状況は、情報だけで見ればとても美味しいです^^』

『そうなんすか』


 俺は無知のふりをして問いかける。

 その間も俺は口に食べ物を運び続け、ソラと味覚を共有し続けていた。 


『エイの相棒である人間を主人公とした場合、エイとあの磯臭い人間とで取り合う構図が出来ますね。見てください、今も二人は仲がよさそうですよ?』


 言われてみてみれば、年が近い事もあってセナノちゃんとミナコちゃんは仲がよさそうだ。

 大河さんも交えて三人で真面目な話をしているようだが、セナノちゃんの表情は先ほどよりも柔らかい。

 というか、俺はこっちで飯を好き勝手に食ってて申し訳ない限りである。

 監督が食えって言うから……。


『エイ、ああやって自分以外の人間と仲良くしているところを見てどう思いますか?』

『仲が良くて何よりだね』

『いいえ、違います』


 はっきりとソラはそう告げる。

 そして先ほどの不機嫌が嘘かのように、それはそれは良い笑顔で言った。


『初めて出来た一番の親友……いずれそれ以上の関係になる人間が別の人間と仲良くしているんですよ? もっと感情を乱さないと!』

『エッ、それ以上の関係!?』

『おっと、これはまだ未来のお話です^^ それよりも! エイ、貴女のコンテンツはもうすでに始まっているのですよ。自覚を持ってください。あと、イカ刺食べたいです』

『ウィッス』


 俺はセナノちゃんに隠れてこっそりとイカ刺を注文する。

 それに合わせて小川さんも一緒に蕎麦をお代わりしていた。

 小川さんはせめて仕事を……。


「ここの蕎麦は二杯は余裕で入るんだよねー」

「確かに、ここのお料理はとっても美味しいです!」


 俺、食いしん坊の旅をしてるのかな。

 おかしいな、俺の予定だと今頃はセナノちゃんと一緒にかっこよく異縁存在を処理している筈なんだが。


『いいですか? この依頼を解決するまでに、二人の仲の良さにモニョってください。タイミングや方法は一任します^^ 』

『ウィッス』

『嫉妬や狂愛は、人間が作り出すコンテンツをより深く彩る感情であると私は学習しました』

『学習意欲が高いなぁ(適当)』

『エイ、今はまだ自覚はなくとも、やがて貴女のそれは嫉妬という名の大輪を咲かせることでしょう! わかりましたね?』

『はい。頑張ります』

『いいお返事! これから3日間の間に手に入る天移ポイントを10%増量します!』


 嫌なキャンペーン始まったんだけど。







 ミナコが蕎麦を食べ終える頃には昼の陽が真上に昇り、潮目村の通りは穏やかな白さに包まれていた。


 食堂を後にしたセナノ達は、村の中を進む。

 漁師たちは網を干し、子どもたちは防波堤で魚を追いかけていた。

 一見すれば平和そのものの港町――だが、その空の奥に、薄く漂う靄のような影があった。

 まるで、光そのものが海の上で何かを避けているように見える。

 セナノがそれに視線を向けてすぐ、前方から声が掛かった。


「……この道を抜けると、すぐ観測地点だよ!」


 先頭を歩くミナコは、長い脚で軽々と坂を登っていく。

 日焼けした背中は大きく頼もしいが、動きの端々に軽やかさもありまだ彼女が自分と同じ少女であることが分かった。


「灯らぬ社って、村の人たちにとってどんな場所なんですか?」


 エイが尋ねると、ミナコは少し首を傾げた。


「うーん、難しい質問だね……怖い場所ってわけでもないんだ」

「じゃあ、信仰の対象?」

「それも違う。昔から『そこにあるから近づくな』って言われてて。うちの村じゃ、あれは怒らせると神隠しに遭うって言われてるんだよ」

「成程。……その口ぶりだと、貴女はこの村の出身なの?」

「いいや?」


 その言葉に、セナノは首を傾げる。

 するとミナコはハッとしたように両手を振った。


「ごめんごめん。この村で過ごすうちに居心地がよくなってさ。身も心もこの村の人達とおんなじになってたよ。あははっ」

「ミナコは俺たちの中で一番村の人と仲が良いんです。おかげで余所者でも伸び伸びと活動をさせて貰っているという訳で」


 大河の言葉にセナノは内心で頷く。

 確かに、この無邪気で快活な少女は接していて気持ちが良い。

 既にセナノもミナコに対して好感触であった。


「去年の夏も山の上で逆さの社が見えたって話もあって。観測は間に合わなかったけど、数値に僅かな異常もあったんだ。その時は、海も黒く染まったとかで」


 ミナコは言葉を切り、海の方を振り返る。

 陽光が強いのに、不思議と波の輝きは鈍い気がした。


「子どもの頃はみんなであの山を神様の山って呼んでいたんだ。これは村の郷土資料館でいくらでも文献が見つかると思う」


 舗装の途切れた坂道を上ると、空気が徐々に乾いていく。

 セナノは前を歩くミナコの背を見上げながら、思考を整えた。


(この明るさの中で、すでに山の輪郭が歪んでる。つまり、結界は膨張の初期段階ね。昨日の失踪は、その境界のずれによるものの可能性もあるわ)


 視界の端で、エイが草花に触れていた。

 村の境界線を越えるあたりで指先に止まった蝶を観察しながらエイは呟く。


「セナノさん……この辺、空気が少し重いですね」

「へえ、感じ取れてるなんていい勘してるわね。それでいいわ。まだ結界の手前だから、気を抜かないで」


 坂を登りきると、古びた監視小屋が見えてきた。

 窓には黒い布が掛けられ、屋根には風向計と簡易測定機器が並んでいる。

 そこが、灯らぬ社の観測地点だった。


 セナノは軽く息をつき、背負っていたギターケースを背負い直す。


「ここから先があの神様の視線が下りる場所です。この先へ行くには、少しだけ覚悟が必要ですよ」


 その声は明るく響いたが、笑顔の奥には、長い年月この土地を護ってきた縁者としての疲労が確かに滲んでいた。


 昼の太陽はまだ高い。

 だが光はどこか白く濁り、風に混ざる潮の匂いが次第に鉄臭さを帯び始めていた。

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