第19話 狡猾な蛇のようにコンテンツを見定めましょう!

【縁理庁提出資料】


文書番号:EN-RPT-2025-0913-SURV

作成者:縁者補佐隊員(氏名伏せ)

提出経路:救難信号受信装置 → 転送 → 対縁災課 第二局


■ 状況報告(断片)


██マンション██階にて待機中。


隊長含む仲間は全員「窓に呑まれた」。姿は無い。声だけが廊下の窓に映る。


窓は数を増やしている。廊下の両側がすべて「蛇の眼」になった。

自分はまだ窓化していない。

手足に痣。影が細長く伸びる感覚あり。

声を出すと窓の中で誰かが繰り返す。自分の声が二重に響く。


救援を要請する。


だが、もし来るなら急げ。窓が部屋ごと飲み込む前に。


■ 付記


(文字が乱れている)

「……もし自分が窓になっていたら、その時は、ためらわずに、割れ」









「どう見てもまた厄介ごとね」


 セナノは手元の資料を見てそう呟く。


 縁者に休みはない。

 それも、学生の身分でA階位まで到達した天才ともなれば当然であった。


「ここね、私の試験会場は」


 朝食を手早く済ませたセナノは、そのままヘリに揺られて目的地まで送り届けられていた。

 朝日が昇り、東北の小さな町の輪郭を照らし出す。


 普段であれば通学通勤のために人々が歩くであろう街路樹が目立つ道は、不自然なまでに人がいなかった。

 異縁存在を対処するために、マンション内での不明のガス漏れ事件として措置がなされているためだ。


 マンション前には、見張りとして残された現地の縁者が二名いた。

 やや頭部が薄くなった瘦せぎすの中年と、まだ若さの面影がある恰幅の良い男。

 彼らは、今まさに朝食をとっているところである。


 セナノよりも年上ではあるが、彼らはどこか挙動不審で自分の背後にあるマンションを気味悪そうに見つめていた。


(ま、地方の縁者がビビるのも無理はないか。いつものとは訳が違うし)


 セナノは自分の存在に彼らが気が付くようにわざとらしくスニーカーの底でアスファルトを叩くように歩く。

 するとすぐに縁者の一人が気が付き、セナノを希望に満ちた表情で見た。

 が、セナノがまだ子供であるとわかった瞬間、すぐに彼らの顔は絶望に染まった。


 セナノはそれに気が付いていないふりをしながら笑顔でお辞儀をする。


「お疲れ様です。縁理庁からの依頼で処理に来ました。縁理学園二年、三鎌セナノです」


 その言葉に、中年の縁者は


「二年……まだ子供じゃないか。お嬢ちゃん、本当に大丈夫か?」

 

 中年の縁者は不安そうにそう問いかける。

 その言葉には、セナノに対する純粋な心配の気持ちが見え隠れしていた。


 が、セナノはそれが余計に気に食わなかった。

 しかし笑顔を張り付けてセナノは、首を縦に振る。


「大丈夫です! だって、私A階位ですから。それに、この任務を終えたらS階位になる予定なので」

「えっ、S!? そ、それはまた随分と凄い子が派遣されてきたな……」

「先輩、俺S階位なんて初めて見ましたよ。Aですら、隣町に一人しかいないのに」


(ふふん、そうでしょうそうでしょう! 私ったら、年上相手にこんな反応させちゃうくらいのエリートなんだから!)


 セナノは内心で胸を張り、ご満悦であった。

 しかしそれを表には出さない。彼女の中のエリートはそんな事で喜ばないからだ。


「では、改めて吉葉です。こっちの若いのは木場」

「どうも、よろしく三鎌さん」

「よろしくお願いします」

「それじゃあ早速で悪いんだけど、案内していいかな。この街にこんなもんが出来るとは思っていなくて気味が悪くてさ。迷宮なんて、若い頃に一度みたきりだったのに」

「俺は講習映像で一度だけっすね」


 吉葉と木場の二人に連れられて、セナノは立ち入り禁止のテープをくぐりマンション敷地内へと足を踏み入れた。


 足を踏み入れてすぐ、少し色あせた鉄製の遊具が目に入った。

 赤や黄色のペンキはところどころ剥げ落ち、滑り台の側面には長年の使用でできた擦り傷が走っていた。ブランコの鎖は風でわずかに軋み、揺れるたびにかすかな金属音を立てる。


「結構前に建てられたものですか?」

「ああ。80年代に建てられたもので、それなりに年季が入っている。だから、異縁存在も好むんだ。ネズミなんかと同じだね」


 外壁は白い塗装が陽射しに褪せ、ところどころに薄いひびが走っている。

 新しい建物のような光沢はないが、その分だけ街並みに馴染み、日常の景色の一部となっていた。

   

 初めて目にしたセナノでも、何故か無意識のうちに懐かしさを覚えてしまう。

 

(見たところは特に変化はないわね。迷宮内で収まっているって事は、まだいくらでも処理の方法はある。手土産として蒐集しようかしら)


 そんな事を考えながら、セナノは二人の後ろをついていく。

 

「問題の場所はここ、第三棟」

 

 吉葉は目的のマンションを前に立ち止まり、見上げながらそう言った。

 外観は他と何ら変わりはなさそうに見える。


「ここで異縁存在が確認され、すぐにチームが派遣された。いつも通りの季節ものだと思ったんだよ。三鎌さん、『影蛇ノ障子』って知ってるかい?」

「東北を中心に、6月から9月にかけて現れる異縁存在ですね。D級で、そこまで危険ではないかと。窓や障子に蛇の影が映るだけで実害は殆ど無いはずです」

「流石だね。その通り、この辺じゃもはや夏の風物詩だよ。年寄りなんかは奴らを見ても驚かず、市や俺達に報告もしない」


 吉葉は苦笑しながらエントランスを指さした。

 

「あそこから先が迷宮だ。気を付けてくれ。見た目は殆ど普通のマンションだから」

「殆ど……何か明確な違いが?」


 吉葉は近くを指さす。

 その先にあったのは、古びた枠にはめ込まれた薄汚れた窓だった。


「……窓?」

「異様なまでに窓が多い。これが何かしらの罠になっている可能性があるからね、窓にはあまり触れずに探索した方が良いかもしれない。……まあ、こんなおじさんに言われなくてもわかってるか」


 吉葉はそう言って人の良い笑顔を浮かべる。

 その隣では木場が申し訳なさそうに苦笑いを浮かべていた。


「では、後は頼むよ。何かあれば、この無線で話しかけてくれ」


 年季の入った無線を渡されたセナノは何かいいたげであったが、なんとか笑顔を取り繕って礼を言う。

 そして無線を懐に仕舞いこんだ。


「それじゃあ、行ってきます。午前中には片付くでしょうから」

「それは頼もしいねぇ。じゃあ、また会おう」

「気を付けて」


 吉葉と木場の二人は手を振る。

 二人に見送られて、セナノはエントランスへと足を踏み入れた。













【縁理庁初動報告書】


文書番号:EN-RPT-2025-0830-LOCAL

発信元:縁理庁 地方支局(██県██出張所)

宛先:対縁災課 第二局


■ 事案概要


発生日:西暦20██年8月■日


発生場所:██市郊外 マンション3棟


通報内容:住民より「窓に蛇の眼が浮かぶ」「隣室の家族が忽然と消えた」との通報あり。


■ 初動対応


地元縁者二名『吉葉』『木場』が調査のため現地に派遣された。


調査開始時刻:08/■ 22:15


入室場所:██階██号室(通報発生源)


■ 経過記録


22:17:二名とも無線で「蛇の影を確認」と報告。


22:19:通信が乱れ、断続的なノイズ。


22:20:最終通信。「窓の中に……」という音声が記録されているが、以後沈黙。


22:25:監視班が現場に急行。対象室は無人、窓枠のみ残存。室内に人影・遺体なし。


■ 結果


当該縁者二名は行方不明。現在も消息不明のまま。

現場調査により、窓ガラスの表面が「水面状に揺らいだ」痕跡を確認。

同室の壁面に、二名の名前をかすかに呼ぶ声が反響していたとの証言あり。


■ 初期評価


当初はC級異縁存在『影蛇ノ障子(EN-2819-JP)』の仕業と判断。


しかし窓の消失および人員の完全行方不明により、対象を正体不明の推定B級異縁存在と認定。

以後の調査にはB階位縁者の派遣を要請。


提出署名:██県██出張所 所長 ████

提出日:西暦20██年8月■日



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