チャリでコケたら、人の命を救った件

ティアンズ

 

「チャリでコケたら、人の命を救いました」

──そんな話、信じられます?

なになに?猛スピードで人に突っ込みそうになったのを避けた?

いやいや、そんな分かりやすい話じゃないんです。

これは、「そんなことある?」って思えるような、でも、ちゃんとあった“本当の話”。


あれは確か──2012年頃。

俺は職場の同僚たちと飲み会をすることになった。

それなりに人数も集まることになり、個人的にも楽しみにしてた。


当日、俺は自転車で向かった。

何でだろうね、ちょっとナメてたんだと思う。

これから起こることを見れば、それがどれだけ危ないことだったか、もしかしたら他人を巻き込んでいたかもしれなかったと、容易に想像出来ると思うので、本当に同じようなことはしないでください。

お願いしますね。


飲み会はめっちゃ楽しかった。

普段あまり話さない人と話して、「この人意外と面白いじゃん」って思ったり、仕事の愚痴で盛り上がったり。


その時間はあっという間に過ぎ、会計をして、みんなで店の前で駄弁ってた。

日本人ってさ、飲み会のあと、何で店の前で駄弁るんだろうね。

遺伝子情報にでも入ってるのかな。


そのとき、同僚の女子が、「ちょっとチャリ貸して」って言うから、「いいよー」って言って貸してあげた。

その子は自転車で駐車場をぐるぐる回りながら、「チャリ久しぶりに乗ったー!」って、嬉しそうだった。

俺は、「楽しいな。平和だな。いいなぁ」ってほわほわしながら思ってたんだと思う。




目を開けると、家の天井。

途轍もない違和感を感じる。

(あれ?居酒屋の駐車場のあと……思い出せない)


右のこめかみには何故か冷えピタが貼ってあって、それに手をやると、明らかに腫れているような瘤があるのが分かった。それに、右肘、右手の小指側の側面、右膝の右側面、ふくらはぎが異様に痛い。掛け布団の中で触ってみると、擦り傷のようなザラザラした感覚があった。ちょっとしたパニックになってると、俺が起きたことに気づいた妻が、リビングから来た。


「起きた?よかった……大丈夫?」

「ねぇ。俺、何があったの?」

「知らないよ……遅くに“転んじゃった”って言って血だらけで帰って来たんだよ?」

「……は?そうなの?何時くらいに?」

「確か、1時くらいかな」


店の前で駄弁ってたのは23時半。そのときに時計を見たから覚えてる。ってことは、家に帰るまでに1時間半くらいかかって帰ったのか?普段なら15分で帰れる道を?

すると妻が、「頭打ってるみたいだから、病院行こう?」と心配そうに言った。


……そう言われたとき、正直、めちゃくちゃダルかった。でも、この瘤は、放っておいていいレベルじゃないのは理解できた。


「うん……行くわ」

俺は着替えて、妻と一緒に外に出た。


そのとき、チラッと自宅マンションの駐輪場を見ると、俺の自転車が停めてあった。

“自分偉い!”と思った半面、ちょっとゾッとした。


近所の脳神経外科に着き、レントゲンを撮るために部屋で待っていると、急に吐き気が襲ってきて、その場で吐いてしまった。頭を打ったせいなのか、二日酔いなのかは分からない。しばらくトイレに篭って吐き続けた。

何とか治まって、レントゲンを撮ったあと、診察へ。右半身の傷の中で一番痛かったのが、膝の傷だった。

それを先生に見せると、「これ、ばい菌入ったらまずいから、洗っておこう」

そう言って、歯ブラシを取り出した。


……いやいや、ちょっと待て。

まさか、それで……?


ゴシゴシ


ぐううぁぁぁぁぁ!!


あからさまなくらい歯を食いしばって、眉間にシワを寄せて、ただ耐えた。頭より、膝のほうが数倍痛かった。


やっと処置が終わってホッとしたところで、レントゲン写真が届く。

先生がちらっと目を通して、「あー、これ。この小さい点、分かる?──脳挫傷だね」


「はぁ……」


「ここからの処置はウチじゃ出来ないから、紹介状書くね。大学病院でまた診てもらってね」


「はい……」


紹介状をもらった俺は、そのまま妻と一緒に大学病院へ向かった。


手続きを終えて、診察へ向かう。

先生がカルテを見ながら、「怪我をしたときの状況を教えてください」と言った。


「たぶん、自転車に乗ってて転びました。覚えてないんです」と答えると、


「……飲酒運転したね?」


と直球を投げてきた。

何だよこの人、エスパーですか?サイコメトリー能力でもある?

俺は、これは言い訳出来ないと思って、

「はい……」と答えるしかなかった。


「本当のこと書いたら保険降りないから、単なる事故ってことで出しておくね。でも、もう飲んだら乗っちゃダメだよ?」


「はい、すみません……」

先生、グッジョブ!!……って、いやいや、飲酒運転はダメですから。


診断結果は、脳神経外科と同じく、脳挫傷。ただ、軽度だったから、一週間の入院で経過を見ることになった。そのまますぐ入院することになり、6人で1室の部屋へ案内された。即点滴を打たれ、ベッドでゴロゴロしてた。

まさかこの入院が、命を救うきっかけになるなんて、思いもしなかった──それがわかるのは、もう少し後のことだ。



深夜。

突然、“とみこおおお!”と叫ぶ同室のおじいちゃん。それに呼応するように唸る別のおじいちゃん。

“ミッドナイト・バズセッション”がここに爆誕した。

(何だよここ……精神病棟か?)


一向に止まない声に、俺はいつの間にかオーディエンスにされていた。


***


「はい、ご飯ですよー」そんな声が聞こえる。俺は寝てたみたいだ。点けられた電気の明るさで、瞼は強引に開かれた。時計を見ると、朝6時。はえーよ。寝起き朝食チャレンジかっての。目をしぱしぱさせながら質素な飯を食べ、ぼんやりとベッドに寝そべった。


……あぁ、暇だ。テレビは有料、点滴は邪魔、部屋はジジイのバズセッション。地獄のワンオペイベント、絶賛開催中だった。


時間が経つと、お見舞いの人や看護師たちがひっきりなしに部屋に入ってくる。いろんな人の話に聞き耳をたてていると、どうやらこの部屋は、脳梗塞や脳卒中で入院してる人の部屋らしい。そりゃ、若い人なんていない訳だ。

すると、俺の元に義母がやって来た。


「病院から1週間分の服持ってきてって言われたから持って来たよ。服に名前書いてって言われたから、タグに書いてきたからね」

「すみません、ありがとうございます」

当時の俺は、俗に言う“マスオさん”状態だったから、義母が来たってわけ。

彼女が早々に帰ったあと、何か妙に嫌な予感がした。


……服に名前書いた?

俺は袋に入った服を、一枚一枚確認していく。


すると──


おいおい、マジかよ。気に入ってたヒステリックグラマーのTシャツのタグに、思いっきり名前書いてあんじゃねーかよ!!

いや、服は服よ?でもさ、自分の持ってる好きな服ランキングってみんなあるじゃん?

書く前に聞いて欲しかったな……。

まぁ、俺が勝手に怪我したのが悪いし……。

でも、これだけは許せねぇ!

と、しばらくは頭の中でそれの繰り返しだった。


そんなこんなで一週間が経って、退院の日になった。妻が迎えに来て、ロビーでそれなりの金額を払う。なかなか痛い。保険金が降りるとはいえ、それまでの期間ちょっとキツいな……。


家までの帰路で、妻がふと、

「あなたが入院してね、いいことがあったんだよ?」と少し笑顔で言った。


「は? 俺は全然いいこと無かったけど」

正直、何言ってんだこいつ、って思った。


「この前、おばあちゃんとお見舞いに来たじゃない?」


「うん」


「おばあちゃんね、ずっと腰が痛いって言ってたでしょ?整形外科も行ったけど、原因が分からなくて……」


「それで?」


「せっかくだから、お見舞いのついでに診てもらおうって言ったの。それでね、CTとか撮ったら、大きい脈瘤が見つかって──」


「……は?」


「先生が見た瞬間、『即手術しましょう』って言って、その日に手術。これが摘出した脈瘤だよ」

妻は携帯を出して、写真を見せてきた。


「うわっ、グロいな」


「先生が言うには、あと数日……下手したらすぐに破裂してもおかしくなかったって」


「ふーん。いいことあったってそういうことか」


「おばあちゃんも、『タカが入院してなかったら死んでたね。生き延びたわ』って笑ってた」


「そっか……」


たまたまよ、たまたま。“俺のお陰”だなんて、だいそれた気持ちはひとつも無かった。助言したのは妻だし。

でも、結局のところ、自転車でコケたバカな俺が、結果的に命を救った。それを“誇れない”のが、俺なんだと思う。こんなことでも命が繋がったなら、よかった……のか?

まぁ、少なくとも、ヒスのTシャツには名前書かないでほしかったけどね。根に持つからね、俺は。


数日後、何気無く買った馬券。

三連単が当たり、30万の払い戻し。

……やっぱり、俺はいいことをしたらしい。

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