グロック
二円三円
グロック
ある治安の悪い街の入り組んだ細道を男が歩いていた。
年齢は五十程だろうか、何かに追われているかのように周囲に注意を払いながら歩いていた。
男の右手には年季の入ったグロックがあり、男はそれが周りから見られないよう、ポケットに突っ込んでいた。
暫く歩くと、この街の雰囲気に合った、汚れた暗い家にたどり着いた。これが彼の住処であった。
「ただいま」
と彼なりの優しい声で言った。
「おかえりーー!!」
と奥から若く、元気な声が聞こえた。
彼には娘がいた。しかし、それは本当の子ではなく、孤児院から引き取った拾い子であった。
そんな娘も今年で十三だ。そんな育ち盛りの娘の為に男は食料を買いに行っていたのだ。
買い物袋の中身を覗き、娘が感嘆の声を上げる。
「うわー、沢山買ってきたね。あ!肉がある。やったー!
にしても奮発したね、いつも魚ばっかなのに」
「まあ、たまには良いだろ」
少しして彼らの夕食の時間になった。
今日の夕食は娘のリクエストで鶏肉が入ったカレーとなった。
カレーは娘の大好物であった。
テーブルにカレーを挟んで向かい合って座り、一口頬張った。
「おいしい!」
「あぁ、おいしいな」
彼らにとっては約三ヶ月ぶりの肉であった。
その味を噛み締めながら食べていると、娘が話しかけてきた。
「そう言えばさ、今日もだけど、出掛けるときに毎回あの銃持っていくよね。結構ボロボロだけど、何か大事なものなの?」
男はそのグロックを取り出し、深い溜め息をついて答えた。
「これか、大嫌いだよ、こんなもの」
「え、じゃあどうしてずっと持ち歩いてるのさ。護身用だったら新しいのを買えば良いじゃない。銃なんか安いんだから」
少し間を置いて、男が口を開いた。
「あれは、俺の父親のものだ」
間髪を入れずに娘が聞いてきた。
「なのに大嫌いなの?」
今度は答えるまで少し長く間が空いた。
「俺の父親はギャングの一員だった。
どうやらかなり大きなギャングだったようだが、幹部でもないただのメンバーには殆ど金は入らなかった。
そのせいで俺の家は貧乏だった」
「で、その父親がめっちゃ荒れてたの?」
「いや、そんなことは無い。
寒い日は一枚しか無い毛布を俺にかけてくれたし、食うものが無い日はなけなしの食料を全部俺にあげていた」
「いい父親じゃん、ますます何で大嫌いなのさ」
「俺の父親は、俺が十四の頃に死んだ。
何で死んだのかは、今でも分からない。
ただ、中々帰って来ない父親を待っていた俺に、黒服を着た男が父の死を伝えに来ただけだ。
それから俺は一人での生活を強いられた。
父親が遺してくれたのは一部屋分の広さしかないボロい家と、この銃だった」
娘は少し気まずそうに話を聞いていた。
恐らく話したくないであろうところに気安く入り込んでしまったことに後悔しているようだった。
「それからは、本当に地獄のような毎日だったよ。こんな銃があってもどうもならないに決まってる。
生きるために何でもしたさ。ここでは言えないようなこともな。
でも、この銃を見ると、これを遺した父親に少し感謝しちまう。 そんなわけ無いのにな。
だから、俺はこれが大嫌いなんだ」
説明を聞き、娘は暫くしてから話し始めた。
「ふーん...成る程。色々あったんだね...。
でも、少なくとも今は幸せでしょう?
私みたいな良い娘もいるし、拾い子だけど。
一日二食も食べれてるし」
気まずくなった空気を和ませるように、娘はニッコリとはにかみながら言った。
彼は、そんな娘の顔を見て、笑みが零れた。
そして、また話し始めた。
「そうだな、ほんの気まぐれで引き取ってきたと思っていたが。今思えば、俺はお前に自分を重ねていたのかもしてないな。
あの父親のようにはなるまいと、そういった思いでお前を引き取ったのかもしれない。
まぁ、それも叶わなかったがな。
一つ言えることは、お前は俺みたいになるなよ」
と、いつになく真剣な顔で彼は娘に言った。
娘にはその顔の意味も、意味深な発言も理解できなかった。
彼の真剣な顔が一瞬にして穏やかな顔に戻り、時計の方向を向いた。
時計は既に十一時を回っていた。
「さあ、長々と話しているうちにもう寝る時間だ。お前は若いから、もう寝てしまいなさい」
「えー、もう?。もうちょっと話したいー。
せっかく、珍しくよく話してくれたのに」
「まあまあ、この話は明日でも出来るから。
じゃあ、また明日ね」
娘を先に眠らせ、皿を洗い、彼も寝る準備をした。
娘の愛らしい寝顔を見、電気を消して布団に入り、眠りに落ちた。
......
ドアの叩く音が聞こえた。男が叫んでいる声が聞こえた。
少女の耳にはとても五月蝿かった。
少しして、聞き慣れた落ち着く声が聞こえた。そして、何かが破裂するようなけたたましい音が鳴った。
少女はようやくその音が自分の家から鳴っていると気付いた。
嫌な予感がし、急いで階段を降り、玄関の方へ目を向ける。
そこには柄の悪そうなスーツ姿の男達と、その足元に赤い液体を垂らしながら横たわっている父親の姿があった。
少女が五歳の頃に、養子として迎えてくれた父親だった。
少女にとっては唯一の家族であった。
スーツを着た男の一人が少女に向かって言った。
「あぁ、君、もしかしてこいつの家族か何か?
あちゃー、嫌なもの見せちゃったね。
いや、ね、こいつ俺等の組織から十一年前に逃げ出しちゃってさ。
何十人も殺しておいて、今更、真っ当に生きますなんてさ、そんな都合のいい話ないよね。
だからさ、殺すしか無かったんだよ。
ごめんね、なんか」
少女の父親は殺し屋だった。
幼くして父親を無くした子供が生き抜くには、どうしても引き金を引く必要があったようだ。
少女は、寝る前に父親が言ってきた言葉の意味を理解した。
それと同時に涙が零れてきた。
目の前にいる男達に酷い憤りを感じた。
この世の負の感情を全て濃縮したような憤りだった。
「 」
この世のものとは思えない程の絶叫が少女の口から発せられた。
少女自身も自分の声の気味悪さに驚いているように見えた。
しかし、それは少女だけではなかった。
スーツを着た男達が戸惑っているうちに、少女は昨晩、父親とカレーを食べたテーブルから年季の入ったグロックを手に取り、彼等に向けた。
もはや悩む余地は無かった。昨晩の父親の台詞が脳裏によぎったが、それは少女の激昂を止めるには至らなかった。
バンッ という重苦しい音が鳴り、少女は反動で後ろに転んだ。
着弾しているはずの方向へ目を向ける。
しかし、そこには、少女の望んだ光景は無かった。
スーツ姿の男達は誰一人として傷ついておらず、その前方に体の中心に二つの銃創がついた父親がいた。
少女は自分が父親を撃ったと理解するまで時間がかかった。
そして、ようやく理解したと同時に父親は倒れ込んだ。
少女は父親のもとに駆け寄り、何度も謝った。
遠くからはサイレンの音と、困惑している男達の声が聞こえた。
銃声を聞いた近隣住民が通報したらしかった。
父親の目は完全に閉じており、声が聞こえているかは分からなかった。
それでも少女は謝り続けた。
暫くして、警察が来た。
スーツ姿の男達はすでに退散したようだった。
父親は病院に連れていかれ、少女は警察に保護された。
その二時間後に父親の死亡が確認された。
失血死だった。
少女は父親を殺害した容疑をかけられたが、父親が指名手配されていたことで、正当防衛というとこになった。
ニュースには
"指名手配犯が誘拐した子供に銃殺された"
と報道された。
少女は警察の施設で暮らすこととなった。
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十四年後
彼女は今日も街の治安を守るために仕事に行く。
後ろには今年初めて出来た後輩がいる。
後輩が彼女に尋ねる。
「先輩、いつもその古臭い銃持ってますけど、そんなに大切な物なんですか?」
「あぁ、これか」
年季の入ったグロックを持ちながら彼女は言う。
「大嫌いさ、こんなもの」
グロック 二円三円 @Poriechilen
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