捨てスマホを拾った
森上サナオ
捨てスマホを拾った
捨てスマホを拾った。
初めはひ弱なアラームを鳴らすくらいしか出来なかったのが、徐々に成長していく姿が微笑ましかった。写真を撮ったり、音楽を流したり、拾ったスマホと一緒にあちこちに行った。そこでの思い出を、スマホは写真や動画に残していった。
だが、スマホが通信機能を身に付けた途端、通信局の人がやって来た。
通信機能がある以上、通信料を払え、払えないなら里親に出すか局が預かると言ってきた。
局に預けるのは嫌だった。毎年何台もの持ち主のいない捨てスマホが廃棄処分になっているという話を聞いていたからだ。
しかし、高額な通信料など払えなかった。
悩んだ挙げ句、里親に出すことにした。きちんと通信料を払える良い持ち主の里子になれることを祈った。通信局の人に里親に出す意志を告げると、データを初期化するように言われた。
里親に出す前にはデータを初期化するのが通例なのだそうだ。そうしておかないと、次の持ち主が悪意ある人物だった場合、個人情報が流出するおそれがある。それを防ぐためにも、スマホのデータは全て消去しなければならないのだそうだ。
辛い決断だった。スマホと行ったあちこちの記憶が蘇る。スマホのメモリに刻まれた記録は、私の分身でもあるのだ。自分の一部を切り捨てるような思いがした。
『データを初期化しますか?』という表示の「はい」を押すだけのことに、ずいぶんと時間がかかり、涙まで流れた。
初期化されたスマホは綺麗にクリーニングされ、箱詰めされ、見知らぬ里親の元へと送り届けられた。里親が誰なのかは知らされない。
あれから、気付けば人が持っているスマホを目で追うようになった。あのスマホと同じモデルだと、ひょっとしたらと思ってじっと見つめる。でも、既にデータを初期化して、新しい里親のデータを詰め込んだスマホは、たとえ私が使っていたあのスマホだったとしてももう見分けはつかない。
あたらしいスマホを買おうかと悩む。それとも、自分も里親になって、捨てスマホの持ち主になろうかとも考える。でも、それが誰かの記憶や思い出を消去した上に成り立つものかもしれないと思うと、なかなか手を出せなかった。
捨てスマホを拾った 森上サナオ @morikamisanao
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