名誉の影、そして星の裁き

 胸の星が、

 強く、強く脈打つ。


 そして──

 祠中が一面、青い光に包まれた。


 けれど、その青は

 街の広場に満ちていた

 穏やかな青とは違った。


 祠を満たした光は、

 星座が渦を巻いているみたいに鋭くて、

 夜の底へ突き刺さるような強さを帯びていた。


(これ……

 星の調和じゃない……

 もっと、深い……

 星の“底”の力……)


 祠の内部で闇と斬り結んでいた剣聖が、

 青光に照らされて振り返る。


「マオリ……!」


「剣聖さんっ!」


 私は駆け込んだ。

 祠の扉はひとりでに開き、

 光の道をつくっていた。


 剣聖の足元には、

 夜刃の影の残滓が裂け散ったように散乱している。

 しかし──奥の闇はまだ消えていなかった。


 黒い渦が祠の中心に集まり、

 そこから一つの“影の形”が姿を現す。


 その影は、

 人よりも大きく、

 重たく沈んだ気配を纏っていた。


 けれど私は、その影の“どこか”を

 すぐに悟った。


(……これ……

 怒りでも、憎しみでもない……

 もっと古い……

 もっと深い……)


 影はゆっくりと顔を上げる。

 輪郭のないのに、

 まるで誰かの“背中の線”だけが焼きついたような佇まい。


 剣聖が低く呟く。


「……これが、名誉の影か」


「名誉……?」


「この街が蓄えてきた“誇り”の裏側──

 傷つけられた誇り、

 果たされなかった決闘、

 交わされなかった和解……

 その積み重なりが形になったものだ」


 影は私たちを睨むわけでもなく、

 ただ静かに立っていた。


 しかし、祠の石壁には

 びしびし、と細かい亀裂が走りはじめていた。


(このままだと……

 祠が壊れちゃう……!)


 影は一歩、前へ出る。


 その瞬間──

 祠全体の空気が、

 ひとつの決闘広場みたいに張り詰めた。


 それは“怒り”でも“殺気”でもなかった。


 覚悟の気配だった。


(名誉の影……

 自分が積み重ねてきた“誇りと傷”を

 一つにして……

 私たちと向き合おうとしてる……?)


 影は、ゆっくりと腕を持ち上げた。

 闇が腕に沿って形を変え──

 黒い大剣のようなものを形づくっていく。


「……ッ!」


 胸の星が強く揺れた。


(来る……!

 でも……影の剣を受けたら……

 祠が……街が……!)


 剣聖が前に出ようとした瞬間──


「マオリ、下が──」


「だめっ!」


 私は剣聖の腕を掴んで止めた。


「これは……

 私が、やらなきゃ……!」


「マオリ……!」


「名誉の乱れなら……

 星の光が整えられる……!

 星が……そう言ってる……!」


 胸の星が熱を持ち、

 私の声に応えるように輝く。


 胸に手を当てて、

 息を吸い込む。


「……お願い。

 星のみんな……

 私に……“裁き”の光を……!」


 視界に星座が広がる。


 闇の剣が振り下ろされるより早く──

 私は叫んだ。


星の裁決スターリー・ディクリー──!!」


 祠の内部が一気に青く燃え上がる。


 星座が天井を走り、

 足元には星の紋章が広がり、

 影の剣を強烈な光が迎え撃つ。


 青い光がぶつかり合い、

 祠全体が揺れた。


 影が後退し、

 祠の中央で立ち止まる。


 祠の石が砕ける音が響く。


 でも──

 影は倒れない。


(やっぱり……

 ただの闇じゃない……!

 これは……)


 剣聖の声が届く。


「マオリ!

 裁決を続けながら集中しろ!

 影は“乱れ”そのもの……

 整える心が足りなければ押し負ける!」


「はい……っ!」


(整える……

 裁くだけじゃなく……

 名誉を……“結び直す”……!)


 私は影を見つめた。


 影の輪郭には、

 奪われた名誉、

 捻じれた誇り、

 果たされなかった約束たちの

 うずまいた感情が走っている。


 それは誰か一人のものじゃない。


 黄昏の街タスカ・ディーア

 長い間積み重なった“心の傷跡”だった。


「……泣いてる……?」


 思わず漏れた言葉に、

 剣聖が目を動かす。


「マオリ……?」


「この影……

 怒ってるんじゃなくて……

 泣いてる……

 誇りが……

 守られなくて……

 誰にも気づかれなくて……

 ずっと……!」


 胸が痛くなる。


(こんなの……

 放っておけない……!)


「……名誉の影さん……」


 私はそっと手を伸ばした。


「あなたの気持ち……

 もう、ひとりで背負わせない……。

 みんな……私が整えるよ……!」


 影が顔を上げる。


 その瞳のない“顔”が、

 ほんの少し揺れた気がした。


 私は深く息を吸い込む。


「整って──

 名誉の光……!!」


 胸の星が弾けるように光り、

 裁決の光へ、

 調和の光が重なった。


 青い光が祠全体を満たし、

 影を飲み込む勢いで広がっていく。


「うあああああ……!!」


 影が呻き声にも似た叫びを上げる。


 黒い刃が砕け、

 祠の床に崩れ落ちた。


 星光が祠中を包み──

 影は徐々に、その姿を薄くしていく。


(いける……

 “整って”いってる……!)


 最後の光が、

 影の胸に吸い込まれた。


 影は、

 ほんの一瞬、

 哀しそうな目をしたように見えた。


 そして──


 ふっと、

 祠の空気の中へ溶けるように

 消えていった。


 闇も怒号も、

 すべてが跡形なく。


 残ったのは、

 青い光と、静かな祠の空気だけ。


「……やった……?」


 私の声に応えるように、

 胸の星が静かに光を結んだ。


 剣聖が近づいてくる。


「マオリ……

 よくやった。

 名誉の影は──整えられた」


「剣聖さん……!」


 胸が熱くなる。


 でもその時、

 祠の奥で何かが微かに鳴った。


「……?」


「マオリ、油断するな。

 まだ、何か残っている」


 私は、胸に手を当てた。


(星が……

 まだ何かを見てる……?)


 青い光は静かに祠を照らしたまま──

 その奥の“まだ触れていない闇”へ

 細い糸のように伸びていく。

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