ゆがみの胎動と星の継ぎ目

 青い星光が街全体へ満ちてから──

 ほんの数秒後だった。


(……揺れてる……!)


 足元の大地が、

 祠のある方角から小さく震えた。


 街の人たちは驚きでざわめいたけれど、

 怒りや混乱の声はもうほとんどなかった。


「なんだ……今の揺れ……?」

「光が……また強くなって……?」

「マオリ殿……あれは……祠の方から……?」


 私は胸の星に手を押し当てた。


(剣聖さん……祠の中で戦ってる……!

 だいぶ……追い詰められてる……)


 星芒が震え、

 私の視界に星座の糸が走る。


 星芒の啓示ステラ・レヴェラ


 光の糸が示したのは──

 祠の深部に揺らめく、黒い“核”。


(あれ……

 街に眠っていた“ゆがみ”……)


「マオリさん……!」


 リヴィアが私の袖を掴んだ。


「祠が……光ってます……!」


 私は祠の方角を見上げる。


 遠くの闇の中で、

 祠の屋根が淡く脈打っていた。


 それは剣聖の剣気でも、

 夜刃の闇でもない。


(ゆがみが……

 星の光を“嫌がって”震えてる……)


 街の人たちの怒りが溶け始めたことで、

 逆に“深い恨みだけ”が剥き出しになった。


 星の調和は乱れを整えるけど、

 整うことで“残った異物”が浮かび上がる。


(これが……

 黄昏の街タスカ・ディーアが抱えていた……

 名誉の影……)


「マオリ殿……っ!」


 人ごみの向こうから、

 昼間から私たちを見守っていた騎士団の男が駆けてくる。


「祠の周囲に……大きな気配が……!

 剣聖様、おひとりで……!」


「剣聖さんは……

 私が光を絶やさないって信じてる……!」


 私は拳を握る。


(私の光が消えたら、

 ゆがみは祠から溢れ出す……)


「みんな……!」


 街の人たちが振り返る。


「お願い……!

 私の周りにいて……!

 光を……一緒に見てほしいの……!」


 人々は迷い、

 でも次々と頷いて集まった。


「光があると……安心するからよ……」

「この光に包まれていれば……大丈夫だろう」

「マオリ殿……信じております……!」


(……ありがとう……!)


 星が強く脈打ち、

 私は夜空を見上げて息を吸い込む。


「広がって……

 もっと……もっと……!」


 青い光が再び広がっていく。


 街の人たちの影がゆっくりと整い、

 怒りも恐れも溶けていく。


 でも──

 祠の影は、むしろ濃くなっていた。


   ◇


 祠の内部。


 剣聖は闇の刃を受け止めていた。


 黒い核が膨張し、

 祠の壁をきしませる。


「……街の調和が進んでいるな。

 素晴らしい光だ」


 影の男が低く笑う。


「だが、その光は──

 “ゆがみ”をも炙り出す」


「……分かったようなことを」


「分かるとも。

 名誉には、常に影が伴う。

 勝者と敗者。

正義と屈辱。

 その積み重ねが、

 街に“影”を作る」


 影の男が手を広げる。


「その影こそが──

 この街の真の姿だ」


「戯れ言を……!」


 剣聖の剣が闇に閃く。


 だが、

 黒い核はその剣撃を受けても倒れない。


「剣聖よ。

 星の子が光を広げるほど、

 古い恨みが剥き出しになる。

 その恨みは──

 星芒では消えん」


「……ならば、斬るまでだ!」


「斬れぬ」


 祠が軋み、

 黒い核から──

 街の誰かの声の残滓が漏れた。


『あいつだけが……名誉を取りやがって……!』

『俺だって……剣を学んだのに……!』

『勝者ばかり褒められて……!』

『いつか……壊してやる……!』


 剣聖の表情が揺れる。


「これが……!

 この街の……!」


「そうだ。

 それが“名誉の街”の代償だ」


 影の男は言う。


「勝利を讃える街は、

 敗者の想いを切り捨てる。

 その恨みが溜まり続け、

 こうして姿になっただけのこと」


「……っ……!」


「星の子がどれほど調和を広げても、

 この影は消えない。

 名誉が存在する限り、

 影は生まれ続ける」


 黒い核が脈を打つごとに、

 祠の内部が震えた。


「剣聖。

 今こそ問おう」


 影の男が、黒い闇を手のひらに集める。


「名誉とは、何だ?」


「名誉は……

 人が選び取る誇りだ……!」


「ならば──

 敗者の誇りはどこにある?」


 剣聖は言葉を詰まらせた。


   ◇


 私は広場で感じた。


(祠のゆがみ……

 “恨み”……

 星の調和じゃ……消えない……)


 星は争いや怒りを整えることはできる。


 でも──

 深い恨みは“歴史”だから。


 街全体が繰り返してきた

 勝者と敗者の積み重ね。


 星光では、消せない。


(どうすれば……

 どうすれば剣聖さんを……

 街を……救えるの……!?)


 青い光が震える。


 そのとき──

 胸の奥に、別の星座が浮かんだ。


(これは……

 私の……

 別のスキル……?)


 星の啓示の糸が示したのは──


 祠の奥。

 黒い核の中心。


(見なきゃ……

 この街が何を抱えてきたのか……

 知る必要がある……!)


 私は祠の方へ駆け出した。


「マオリさん!?

 どこへ!?」


「大丈夫……!

 私にしかできないことがあるの……!」


 星が光る。


(私は……

 法の織りユリス・ファブリカ……

 乱れた法則を……

 整えるために……来たんだから……!)


 青い光が私の背中を押した。

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