二人の和解と剣聖の判断

 黄昏剣聖の登場で、

 決闘場を包んでいた荒れた空気が

 嘘みたいに静まり返った。


 観衆のざわめきは引き、

 乾いた風が場の中央を横切る。


(空気が……変わった……

 剣聖さんの一言で、ここまで静かになるなんて……)


 剣聖はゆっくり観衆を見渡した。

 その視線だけで、ざわつこうとする声が凍りつく。


「決闘とは、

 誰かを罵倒するためのものではない。

 誇りを守るためのものだ。

 誤解に踊らされる場ではないはずだ」


 その言葉は、

 剣ではなく“重み”そのものだった。


 観衆は押し黙り、

 決闘場全体が彼の言葉に従うように

 息をひそめる。


 剣聖が私を振り返った。


法の織り手ユリス・ファブリカ

 君は争いの糸を視ることができるのだろう?

 彼らの心を、今この場で確かめてみせよ」


「はい……!」


 私はふたりの剣士──

 少女の兄と跡取りの青年の前に立つ。


 二人は剣聖の登場と観衆の静寂に

 呑まれるように緊張していたけれど、

 互いの顔を向き合わせると、

 ほんの少しだけ……その表情が揺れた。


「──あの……」


 少女の兄が先に声を震わせる。


「俺は……あんたのこと、侮辱なんてしてない。

 そんなこと言うはずがない。

 なんでこんなことになったのか……

 本当に、分からなかったんだ」


「僕もだ……!」

 跡取りも堰を切ったように言葉を続けた。


「僕、あなたの強さも、心の真っ直ぐさも

 ずっと尊敬してた……!

 君が僕を馬鹿にするなんて思えなかった。

 でも……あの言葉を聞いて……

 信じられなくて……!」


 二人の声は、震えていた。

 怒りでも、恐怖でもない。

 ずっと抑え込んでいた“悲しみ”が滲んでいた。


(やっぱり……!

 この二人は、本当は争いたくなんてなかったんだ……!

 だれかの“作為”のせいで、心が引き裂かれてただけ……!)


 私は胸の星に触れ、

 そっと光に呼びかけた。


「……ふたりとも、手を」


 少女の兄と跡取りの青年は、

 互いに視線を合わせ──

 ゆっくり手を伸ばし、私の左右に手を置いた。


「じゃあ……

 少しだけ、見せてね。

 あなた達の


 私は深呼吸し、

 極力そっと星を灯す。


星の調和スターリー・ハルモニア……」


 星が青に染まり、

 二人の間に細い光の糸が生まれる。


 さっきまで荒れ狂っていた決闘場が、

 まるで湖の底みたいに静かになる。


 光が二人の心に触れ──

 波のように“揺らぎ”が伝わってくる。


(あ……これ……)


 二人の心は、驚くほど近かった。

 本当は、互いを信頼していた。

 本当は、誤解だと気づいてほしかった。

 本当は、友でありたいと願っていた。


 星の調和が描き出した感情は、

 ただひたすらに“すれ違い”だった。


「あなた達……

 本当はお互いのこと、今でも友達だよね?」


 その瞬間だった。


 二人の心が弾けるように、

 青い光の糸が強まった。


 少女の兄が跪き、

 跡取りが涙を落とす。


「俺は……お前みたいな友を失いたくなかった……!」

「僕もだ……! 僕もずっと……友でいたい……!」


 観衆は息を飲み、

 静まりかえった決闘場に

 ただ二人の声だけが響いていた。


 私は微笑んで、

 二人の手をそっと解く。


「ね。

 もう争う必要なんて、ないよ」


 二人は互いに歩み寄り、

 がっしりと抱き合った。


(よかった……

 これで誤解は晴れた……!)


 胸の星光が温かく灯る。


 だが──

 この和解を受け入れない“空気”があった。


「ふざけるな……!」


 低い声が、観衆の中から飛んだ。


 続けて、別の声が重なる。


「こんなの、決闘じゃない!」

「逃げるのか!」

「名誉を捨てるのか!」

「やれ! やれ!!」


 再び、煽るような怒号が渦を巻き始める。


(……まただ。

 この声……さっきから人を煽っている……

 ただの観衆の声じゃない!)


 観客席のどこかに“煽っている人物”がいる。

 その声が、空気を濁している。


「静まれ」


 その時。

 剣聖の声が、静寂を切り裂いた。


 怒号の波が、一瞬で凍りつく。


 剣聖は観衆を睨み、

 低く、それでいて揺るぎない声で言い放った。


「決闘とは、

 他者の歓声に踊らされるものではない。

 誇りとは、

 恐怖や圧力で曇るものではない」


 観衆の中の誰かが、

 小さく震えるのが見えた。


「この二人は、誤解を乗り越え、

 互いを認め合った。

 それこそが決闘の“本質”だ」


 決闘場の空気が、

 その言葉に押し寄せられるように落ち着いていく。


(剣聖さん……

 この人、本当にすごい……!

 “争いを止める言葉”の重みが違う……!)


 しかし──

 剣聖はふっと視線を横に流した。


「……だが、まだ問題は片付いていないようだな」


 その目は、観客席の一角を捉えていた。


 私も同じ方向を見る。


 そこには──

 人混みに紛れるように立つ、一人の男。


 顔の半分を布で覆い、

 視線だけをこちらへ向けている。


(あの影……

 さっき解析で見た“偽伝令の男”の気配にすごく似てる……!)


 私が目を向けた瞬間、

 その男はするりと観客席の奥へ消えた。


「待って──!」


 私は走り出そうとする。

 しかし剣聖が手で制した。


「追うのは後でよい。

 今は、二人の決闘を“正式に”終わらせねばならぬ」


 剣聖は二人の剣士を見やり、

 静かに言った。


「誇りは示した。

 和解は果たされた。

 私が立会人の代理となり、

 この決闘を“終結”と記す」


 二人は深く頭を下げ、

 観衆もだんだんと静かになり、

 決闘場はようやく本来の姿に戻りつつあった。


(ようやく……!

 争いが終わった……!

 でも、まだ“黒幕”は逃げてる……)


 胸の星光が、

 微かにざわめいた。


(あの男……

 必ず見つけないと……!)


 その時、剣聖が私に目を向けた。


法の織り手ユリス・ファブリカ

 君も、気づいているのだろう?」


「……はい。

 あの“煽り”……

 絶対に自然に生まれたものじゃないです」


 剣聖はゆっくり頷いた。


「これでようやく──

 “本当の決闘”に踏み込める」


 その言葉に、

 私は思わず星が揺れるのを感じた。


(本当の……決闘……?

 どういう意味……?)


 剣聖は静かに続けた。


「この街を乱す“影”──

 根は、もっと深い」


 その声音に、

 私はぞくりと背筋を震わせた。

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