青の街道と大橋のゆらぎ

新たな召命──青の街道へ

 夜と暁が和解した翌朝。

 泉のほとりに座り、私はほうっと息をついた。


(……終わったんだ……)


 胸の奥の星光が、ひとつ、やわらかく脈を打つ。


 私の「召命アクトゥス」──

 法の織り手ユリス・ファブリカ

 乱れた“法則”を修復する役目。


 夜と暁の雫がひとつになり、

 村の祈りが調和を取り戻した今、私はようやく次へ歩ける。


「さて……次の“乱れ”は……どこだろう?」


 星芒の解析ステラ・アナリシスを使おうとした瞬間だった。


 ――コォン……コォン……


(……え?)


 どこからか、小さな鐘の音がした。

 泉の光が揺れ、足元の水面に“青い道”のような模様が浮かび上がる。


 青い帯は北へ、長く、真っすぐに伸びていた。


「これ……道しるべ?」


 触れてみると、水の模様がふわりと温かくなる。


(……あ。これは女神様の“導き”だ)


『北へ進め。青の道が乱れている』


 耳元に、女神・ディアナ・オルディナの声がした気がした。


「青の道……? あの……街道のこと?」


 この国には、交易の中心を流れる大きな道がある。

 青の街道ヴィア・アズール──

 東西の都市を結び、数多くの商隊が行き交う生命線。


(そこに……“乱れた法則”がある?)


 道は生き物じゃない。

 けれど、道を巡る人々の関係や決まりもまた“法”の形。


 ならば、争いの気配があるのかもしれない。


「行くしか、ないよね」


 泉に向けて軽く手を振り、私は青と銀のローブを翻した。


「行ってきます、夜明けの雫ラクマ・アウロラ・ノクティス


 水面がやさしくきらめき、風が背中を押した。


   ◇ ◇ ◇


 青の街道に入るまで、半日ほど歩いた。

 かつてサピルス鉱山へ向かった時よりは道が明るく、安全そうだ。


 けれど──


(……なんだろ。空気が“張ってる”)


 草木も風も穏やかなはずなのに、

 道の雰囲気には、ぴんとした緊張が走っていた。


 そして街道の先──

 地平線の向こうに、巨大な影が見えた。


「あれって……橋?」


 光を反射して輝く“青い大橋”。

 街道と街道を結び、王国中の商隊が必ず通るという大動脈。


(そういえば……)


 この橋の近くには、

 アズラエ村という宿場村があったはず。


(まずはそこに行こっ)


   ◇ ◇ ◇


 アズラエへ近づくほど、人の声が増えてきた。

 けれど、笑い声はひとつもない。


 商人たちが橋の前で足止めを食らい、

 村人たちが困った顔で頭をかく。


「……あれ? 通行止め?」


 橋の前には、見慣れない木製の柵。

 兵士らしき人が左右に立ち、“誰も渡らせない”雰囲気を出していた。


(うわ……絶対なんかあったよね)


 私は村の入口に向かい、誰かに話を聞こうとした──その時。


「きみ、旅の人かい? 橋を渡る予定だったの?」


 背後から声がして振り向くと、

 可愛らしいエプロン姿の女の子がいた。

 年は私と同じか少し下くらい。


「あ、うん。通れないの?」


「今日は……というか、ずっと通れないよ。

 橋が“決裂中”だから」


「け、決裂!? 橋が!?」


「そう。壊れたわけじゃないんだけど……

 村長さんと領主様がずーっと揉めてて。

 橋の管理権やら、通行税やら、街道の整備責任やら、

 もういろいろ。

 だから橋は“閉鎖”ってことになってるの」


(あー……それ絶対、“法則の乱れ”だよね……)


「わたし、ミィアっていうの。案内してあげようか?」


「ありがとう。お願い!」


 ミィアは明るく笑い、私の手を引いた。


(村と領主の揉め事……

 橋の閉鎖……

 青の街道……

 そして“乱れた法則”)


(これは絶対、長くなるやつだ……)


   ◇ ◇ ◇


 ミィアに連れられ、村長の家へ向かう途中。


「ところでお姉さん、名前は?」


「あ、マオリっていうの」


「マオリ……? かわいい名前!」


「そ、そうかなっ。えへへ……」


「それに、そのローブ……

 まさか、召命持ち?」


「うん。私は……

 法の織り手ユリス・ファブリカ

 乱れた法則を直す役目なんだ」


「ほ、法の織り手!?

 き、聞いたことある……!!

 すごい! 本当にすごい人なんだ!!」


「い、いや、そんな……私はただの……

 清楚で、華奢で、可憐で、かわいらしいだけの普通の女の子で……」


「普通じゃないでしょ!?

 むしろ全部かわいいよ!!」


「え!? あ、ありがとぉ……!?」


(え、待ってミィアちゃん……

 この子ストレートに褒めてくる……!

 うれしい……けど……なんか恥ずかしい……っ)


 顔を赤くしつつ、私は歩く。


 その時、ミィアがぽつりと言った。


「マオリ……

 助けてくれるんだよね?

 この村を……この橋を……」


 その瞳は真剣だった。


「もちろん。

 “乱れ”があるなら、私が直すよ」


 胸に手を当てると、星光が優しく脈打つ。


(橋と街道の“調和”……

 これはきっと、

 星の調和スターリー・ハルモニアの出番だ)


「任せて。必ずなんとかするから」


 ミィアの顔がぱっと明るくなる。


(よし……次は村長さんだ)

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