3 探索-1-

 二か月後月後。

 集まったのは十五人。

 ここに自分が加えられたことを、アナグマは誇りに思った。

 言われたとおり、おとなしくしていたのだ。

 その姿勢を認められ、ようやく探索に出ても問題はないと判断されたのである。

「俺たちは七番ゲートを出て西に向かう! 問題がなければ川沿いに下り、目的の実を回収する! 地形は頭にたたきこんだな!?」

 カイロウの声はよく通る。

 怒鳴るとも叫ぶともちがう、張り上げた声に緊張が走る。

 それもそのハズ。

 これから彼らが赴くのは、死と宝の山である地上だ。

 この地下世界では手に入らない、多くの恩恵が外には眠っている。

 きわめて稀だが、たった一度の収獲で巨万の富を築いた探検家もいるくらいだ。

 ただし危険も多い。

 古い格言にも、


”地上に出る者、必ず七難あり。七難を避くる者、一死あり。”


 とあるほどだ。

 七難とは負傷、病気、災害、迷道、飢餓、巨獣、慢心のこと。

 つまり地上ではケガや病気の危険がつきまとい、天変地異は避けられず、道に迷えば飢えに苦しむぞ、という戒めだ。

 最も恐ろしいのは巨獣だ。

 アナグマたちの数倍から数十倍の大きさを誇る巨大な獣たちは、嗜虐しぎゃくにして残忍である。

 もし出くわしてしまったら、まず助からない。

 巨体に似合わないスピードで空を飛び、地を駆け、執拗に追われるからだ。

 そして、それらよりもさらに恐ろしいものが慢心だ。

 わずかな気のゆるみが死に直結する。

「いいか? 分かっていると思うが、いま一度言っておく! ひとりで考えるな! ひとりで動くな! 命令に背くな!」

 だからカイロウに限らず、隊長や団長は口を酸っぱくしてこう言い続ける。

 格言は、”この七難を避けてもなお、死のおそれがつきまとう”とつなげている。

「では出発する!」

 カイロウを先頭に一行はゲートに向かう。

 アナグマは後列に配置された。

 隊員としての経験が浅いことがその理由だ。

 自己評価の高い彼はこの采配には不満だった。

 だが反発すれば”まだ頭が冷えていない”と、任務からはずされる可能性がある。

(今は我慢だ。隊長ならきっとオレの実力を認めてくれる。いつか――)

 最前線でカイロウと並んで隊を率いる自分を想像し、彼の頬は自然とゆるんだ。

「おいおい、なに笑ってンだよ? これからどこに行くか分かってンのか?」

 丸メガネをかけた、痩せぎすの男が意地悪そうな口調で言った。

 レンズの奥の目つきは鋭く、射抜くような光が覗く。

「もちろん、分かっていますよ」

 アナグマはこのギトーという男が苦手だった。

 計算高くて抜け目のない性質は見た目どおりだ。

 常に頭の中で策を練っているような、狡猾そうな風貌である。

 実際に話したことはほとんどなかったが、油断のならない相手だとアナグマは見ていた。

「気を抜くと――死ヌぜ? あそこはそういう世界だ」

「ええ、もちろん」

 言われるまでもないことだ。

 地上での経験では自分も負けていない、とアナグマは思っている。

 特にひとりあたりの収獲で考えれば、彼よりも多いかもしれない。

「まあまあ、ギトー君もそれくらいに。怖がらせてどうするよ」

 見かねて割って入ってきたのは大柄の男だった。

 こちらは対照的に柔和な顔つきである。

 力自慢の彼は他の隊員より多くの装備を携えている。

「隊長もおっしゃっていたように、ボクらはチームなんだ。常に隊長の指示に従い、仲間のために動く。それさえ忘れなきゃ戻って来られるさ」

 男は大笑した。

「おっと、初めましてだね。ボクはソブレロ。ケガで休んでたんだけど、今回から復帰したんだ。よろしく」

「アナグマです。よろしく」

 ギトーとの対比もあってか、ソブレロはきわめて好印象だった。

 純朴で裏表のなさそうな雰囲気がただよう。

 きっと隊長からの信頼も厚いのだろう、とアナグマは思った。

「甘いんだよ、オメーはよう。あっちはそんな生易しいモンじゃないンだぜ? ま、せいぜい置いていかれないように付いてくることだナ」

 甲高い笑い声をあげると、ギトーは速足で隊列の中ほどにまぎれてしまった。

「気を悪くしないでくれよ。彼はいつもああなんだ。わざわざあんな憎まれ口を叩かなくてもいいのにねえ」

「気にしてませんよ」

 アナグマは涼しい顔で言った。

 新入り扱いされたことで――事実そうだが――むしろ闘志が湧いてきたのだ。

 成果を挙げて、あのギトーにも実力を認めさせてやろう、と。

「まぁ、でもあれがギトー君のやり方なんだよ。新人の試金石にしちゃ意地悪じゃないかと思うけれどね」

 ため息まじりのその言葉の意味は、彼には分からなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る