2 調査団-2-
ゲートをくぐるとネロが待っていた。
その顔は明らかに不機嫌そうである。
「怒られたぞ」
アナグマが理由を訊ねる前にネロが言った。
「誰に? 何を?」
「カイロウ隊長にだよ。”在庫係が外に出るな。専従業務外従事だ”ってさ。そんな言葉、初めて聞いたよ」
「ああ、オレのことか……」
「どうせ業務外のことをするなら、”後先考えない向こう見ずなヤツを止める仕事”をやれ、だそうだ。ボクもそう思うね」
ネロは批難がましい目を向けた。
「悪かった。今度おごるから機嫌をなおしてくれ」
「その前に隊長の機嫌をなおしてほしかったよ」
ふてくされたようにそう言い、彼は奥の建物を指さした。
「隊長が呼んでる。早く行ってこい。でないと職務怠慢でまたボクが怒られる」
この件を伝えるためだけにネロはゲートの近くで待っていたらしい。
アナグマはため息をひとつつくと、衣服を正した。
兵団と調査団が同居するここ上層部は、他の層に比べて区画が整理されている。
収穫物や物資の運搬を円滑にするため、というのが大きな理由だ。
当然、国内外に武威を示すという意味もある。
なのでここに来ると必然、身が引き締まる。
示された施設は調査団の寄宿舎だった。
隊員の多くは自宅から通勤するが、上級職や幹部クラスは事に備えて寄宿舎を利用している。
職務上、何年も家に帰らない者も多く、中にはそのまま帰らぬ人になることもある。
アナグマにもその覚悟はできていた――とは言い切れない。
彼はまだ、父のことを半分も理解できていないからだ。
「アナグマです」
ドアをひかえめにノックする。
「入れ。開いてるぞ」
アナグマは身を固くした。
話があるのならロビーでも会議室でもいいハズだ。
わざわざ部屋に呼び出すということは、よほど重要な内容にちがいない。
(とは思うけど……)
彼はネロを少しだけ疑った。
「適当にかけるといい。コーヒーでいいか?」
入室するなり、カイロウ隊長は静かな口調で言った。
「いえ、いえ……どうかお気遣いなく――」
アナグマは惑った。
老齢にさしかかったカイロウは、若い頃から柔和だった顔つきがさらに丸みを帯びている。
隊長といえば組織を律する立場のためか、いかつくて怒声を張り上げる荒っぽい者がほとんどだ。
隊員にナメられないようにと、やたら権威を振りかざす者もいる。
そんな中で、彼は温厚篤実を貫き続けた。
常に部下をいたわり、誰かがケガをすれば救護班より早く飛んできて手当てをする。
自分よりも他人を優先する――それが彼である。
今、カイロウのようなリーダーは他にはいない。
言葉は荒っぽいが、だからといって暴言を吐くワケではない。
むしろ職人気質の不器用な親切心のようなものが垣間見える。
だからアナグマには、そんな彼が怒る様子が想像できなかった。
「分かっているか?」
ただ、どうにも苦手なのは、この不器用さからくる口数の少なさだ。
極限までそぎ落とした言葉を聞くには、状況や前後の文脈を理解しなければならない。
「いえ…………少しは――」
出されたコーヒーにはまだ口をつけられない。
――カイロウの言わんとしていることを察するまでは。
「アナグマ、お前がこの隊に入ってどれくらいになる?」
「六日目です」
「長いと思うか?」
「いえ……」
「そうだ」
カイロウは白髭を二度撫でた。
「たった六日だ。何ができる?」
「なにも――」
「お前はあせり過ぎだ」
落胆するようにそう言ってから、彼は視線をテーブルに落とした。
「たった一杯のコーヒーには手もつけねえっていうのにな」
アナグマは慌ててカップを手に取った。
俺の淹れたコーヒーが飲めないのか、と迫られているのだと彼は想った。
――が、そうではなかったようだ。
カイロウは聞こえよがしにため息をついた。
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