1 序章-2-
ドアが開くと、視界には無数の星がまたたく。
壁や天井に埋め込まれた鉱石が、さまざまな色に発光しているためだ。
満天の星のように輝くそれらは縦横に伸びた空洞をあまねく照らしている。
「ようこそ、我が家へ!」
先ほどまでの怯えきった様子はどこへ行ったか、ネロは両手を広げて叫んだ。
地中深くに広げられた城砦都市――と彼らは認識しているが、厳密には城壁で囲っているのではない。
始まりは小さな空洞。
それを太古の先祖が押し広げて村を作り、町へと育て、都市にまで発展させた。
いわば天然の要害のようなものだ。
人々はさらに細かく枝分かれした横穴に住居をかまえている。
「収獲はちゃんと持ってるな?」
アナグマの問いにネロは何度も頷いた。
「これだけあれば……あの人もきっとオレを認めてくれる……!」
二人は石段を降りた。
この都市は大きく三階層に分かれている。
下層部は面積の約半分を農地として活用している。
太陽の光が届かない地下世界では満足に作物が育たないため、栽培される品種は限られている。
人工的に太陽を作る研究も進んでいるが実用化には遠い。
残る半分は工業地区に充てられている。
鉱物や地上から持ち帰った物品を加工する職人が働いている。
こちらは盛んであり、新技術の研究開発が昼夜を分かたずおこなわれている。
建築家などの工民もこの地区に在中しており、地下都市は絶えず拡張している。
中層部は居住区だ。
身分や職業の区別はない。
横穴を掘って中をくり抜いただけの、昔ながらの家に住む者が多いが、中には平らな場所に木や石でくみ上げた住居を構える者もいる。
いずれであっても彼らの住まいが身を寄せ合うように密集しているのは、ひとえに結びつきの強さによる。
地震や飢饉を何度も経験しているおかげで、困ったときは助け合うという精神が遺伝子レベルで刻まれている。
「アナグマ、ネロ、帰還しました!」
扉の前でアナグマは声を張った。
そうする決まりはなかったが、ことさらに自分の存在感をアピールしたがる彼は決まってこのように報告している。
「おう、帰ったか……ん? そっちのキミは在庫係じゃなかったか? 調達部門になったのか?」
甲冑を着込んだ番兵がネロを見て訝しげに問う。
「聞いてくださいよ! ボクは嫌だって言ったのにアナグ――」
「ああ、ちょっと事情があってね! それより、ほら! 大収獲なんだ! 急いで精算しなきゃ」
泣きそうな声で訴えようとするネロの脇腹を肘で突くと、彼は道具袋を指さした。
「たいしたものだな。たった二人でこれだけ稼いでくるとは」
「だろ? オレだってやればできるんだ」
アナグマは得意になった。
規模の大小あれど調査団は七〇を超える。
その中でも一人あたりに換算してこれほどの成果を持ち帰ることができるのは、数えるほどしかない。
これならきっと一目置かれる存在になるハズだ。
彼は今から賞賛されたときの受け答えを考えていた。
二人はゲートをくぐると順路に沿って歩いた。
ここ上層部は層全体が巨大な基地となっており、この地下世界においてある意味、最も重要な機能を有している。
『兵団』と呼ばれるチームと、『調査団』と呼ばれるチームが組織されており、もって都市の治安維持や発展に寄与している。
前者は武力を持って行使することを認められている、いわば警察組織だ。
平時は都市の秩序と安全を守るために活動している。
武力といっても個人が携行する拳銃から大型の砲まで備えており、有事には軍隊としての顔も併せ持つ。
後者は地下世界の探査や、地上での調査および資源の採取などを主としておこなう。
この場合の資源とはエネルギー源というよりは食糧だ。
地下世界では食肉に適した生物は少なく、作物も育ちにくい環境とあって食糧問題は大きな課題だ。
そこで調査団が地上に出向き、果実や木の実、野菜を持ち帰るのである。
「おつかれさまでした」
帰還した者はまずゲート近くにある受付で、手続きを受ける決まりになっている。
戻ってきた時間やメンバー、持ち帰った成果を記録するためだ。
「アナグマさん、ネロさん、ですね。……確認できました」
もちろん出発時にも同様の手続きをしている。
「では成果物を台に乗せてください」
受付の女は淡々とした口調で指示した。
どうもこの女は苦手だ――と思いつつ、ネロは袋の中身をていねいに並べた。
大半は植物の種子だ。
種をそのまま食用にすることもあるが、品種改良のためのサンプルにもなるため需要がある。
その他は金属片や紙、木くずなど。
いずれも地下都市では手に入りにくい――というより加工が困難な――資源ばかりだ。
奥から数名の鑑定人が現れ、成果物を吟味する。
アナグマは平静を装ってはいるが、内心は落ち着かない。
多くの調査員にとってこの瞬間は期待と不安が入り混じる。
各分野の専門家が収獲を精査し、希少性や需要を基に価値を算定してポイント化する。
このポイントがそのまま調査団のパラメータとなるのだ。
「査定終わりました。あなたたちの今回の成果は一二六〇〇ポイントです」
女が記録用紙を差し出す。
「……ってすごいのか?」
ネロはきょとんとしている。
在庫係として内勤に従事していた彼はポイントに馴染みがなかった。
「ああ、充分な数字だ」
アナグマは深く頷いた。
トップクラスとはいかないまでも、たった二人でこの成績なら上出来だ。
用紙を受け取ったアナグマは記載事項を眺めた。
二人の名前が記されたその右側に、”所属 なし”と書かれてある。
文字どおり、どこの隊にも属していないという意味だ。
この表記は、”はみ出し者”や”個人事業者”などいろいろな解釈がされるが、一般にはあまり良い印象を与えない。
どこの隊にも属せない厄介者、と看做されるためだ。
だがこの烙印同然の表記が、今ばかりはアナグマにとっての強みだった。
(いつかここに――)
隊の名を記せるようになってやる。
彼は心に誓った。
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