第14話 女帝
side紅蓮院リア《グレンインリア》
目の前に倒れたバカな四人組。
ホンマでしたら、今頃血まみれで病院送りにするはずやった。
「……拙者は影だって。なんなん、あれ。かっこよすぎるやろ……! ウチを抱きしめた力強い腕。あの厚い胸板。何よりも汗の香り」
ズキっと胸の辺りに痛みが走る。
「あんな男初めてどすな」
「姐さん、こんなところにおったんですか? こいつら組織、壊滅させました」
「ユナ、おおきにな」
「おや? 姐さんにしては珍しい。無傷で制圧したんですか?」
灰刃ユナ《はいばゆな》が、ガムを噛みながらニヤついていた。銀髪を高い位置で結び、ジャケットの袖を肘までまくっている。
目つきは悪い。笑い方も悪い。中身も悪い。喧嘩はメッポウ強い。
「そうどすな。処理も頼んでええやろか?」
「うっす」
「ウチは先に帰りますよって」
「はーい」
この辺の繁華街の裏を牛耳る。
そっとウチは自分の手を抱きしめた。
あの強い男の腕が触れた箇所。
「こんな初めてやわ」
アジトに戻れば、鉄骨むき出しの天井から、古い蛍光灯がぶら下がっている。
チカチカと、時々、死にかけたみたいに明滅する。
ここは、街はずれの廃工場。かつては何かを作っていたらしいが、今は鉄の匂いと油の跡だけが残された空っぽの箱や。
その一角に、古びたソファと机を並べてある。
この街の悪は大勢おる。統制なんて取れるもんやあらへん。
だから、ウチらが粛清するんや。
男を奪い合って、女どもが勝手に増長して、男を食い物にし始めた。だから、代わりに私たちが手綱を握っているだけだ。
本来なら、私もあいつらの側にいるはずやった。
紅蓮院家、そこそこ名の知れた京都の家柄。礼儀作法だの社交界だの、腐るほど叩き込まれて育ったわ。
「いずれは素晴らしい男性と結ばれて」
母さんの言葉に笑えた。
現実には、男は希少資源。金とコネと暴力のある女だけが、まず男に触れる権利を得る。私に用意されていたのは、母の都合のいい政略結婚相手やった。
そんなものが、私に釣り合う男なものか? だから、全部ぶち壊して出てきた。
ドレスを脱いで、革ジャンに袖を通して、紅蓮院の看板を捨てて、紅蓮女帝を名乗ることにした。
それが、今ここにいる理由や。
「姐さん、また昔を思い出してました?」
「別に」
短く返すと、ユナは肩をすくめた。
「帰ったのね」
「あんな仕事楽勝やん。それよりも元・お嬢様の感傷ってやつ?」
「その呼び方をするなら、今ここで鼻を折で」
「すんません、
口では謝っているが、顔はまったく反省していない。
こいつはそういう女だ。
「リア」
低い声が、もう一つ。机の端に腰かけて、タブレットをいじっていた深雪ルルカ《みゆきるるか》が、片目だけ上げた。
黒髪に白のメッシュ。薄く笑っているのか、いないのか分からない口元。
目だけが、いつも冷静に状況を測っている。
「この一週間で、男絡みのトラブル、合計三十二件。うち二十件は女同士の争いに巻き込まれた男」
「……増えとるね」
「そうね。男の数は減ってるのに、女の欲望は減らないから」
タブレットをくるりと回して、私の前に差し出す。
画面には、街の地図と、いくつもの赤い点。
「このエリアで動いてる男漁りグループは、少なくとも七つ。そのうち三つは、あんたが潰したところの残党」
ルルカの声は冷たいけれど、そこにはちゃんと焦りがある。
男は、奪われる側だ。
この街では、男が一人で歩くことは危険行為に等しい。
ナンパ。誘拐。囲い込み。自称保護団体を名乗る女たちもいるが、やっていることは大差ない。大人はズルい。良い人を演じて男を食い物にする。
だから、私たちが出てきた。
女たちを締め上げるために。男を守るために。
「で、その七つの内訳、聞きたい?」
「勝手に喋れ」
「はいはい。まず、路上ナンパ軽犯罪集団。これは
「聖蘭の連中か」
クスクス、キャッキャと男を囲う、頭の軽いギャルども。
あいつらはまだマシだ。嫌なら男が離れればいい。暴力で縛り付けていないだけ、救いがある。
「問題は、こっち」
ルルカが指で弾いた先に浮かぶのは、いくつかの印。
「男の専属契約と称して、実質的な監禁。暴力、脅し、金、家族……使えるものは何でも使って男を囲う女たち」
ユナがガムを噛む音が、ぴたりと止まった。
「ムカつくな」
「ムカつくわね」
ユナはソファから立ち上がり、指をボキボキ鳴らした。
「男は、好きで女のところ行って甘やかされてる分にはまだいい。無理やり飼おうとする女は、マジでぶっ潰す」
「同感」
私も、指先で革の手袋の縫い目をなぞる。
「男は、守られるべきだ」
それは、甘やかすとか、飾りにするとか、そういう意味じゃない。
弱いものを弄んでいい理由にはならないということだ。
男の肩を代わりに殴らせるための盾にするな。
男の心を、自分の所有物だと錯覚するな。
そういう女どもを、今まで腐るほど見てきた。
だからこそ、私たちは悪を名乗る。法の範囲内に収まる気はない。
「で、姐さん」
工場の入り口から、もう一人。
ウチと同じ赤髪で、ショート。
長い脚にダメージジーンズ。
片耳にだけ光るピアス。
見た目は完全に不良だが、こいつは案外、私の中で一番まともな女かもしれない。
「コーヒーとオニギリ、買ってきた。ブラックで良かったよな、姐さん」
「気が利くな」
「一応、副長だから」
蘭火は、机に缶コーヒーを並べる。
私の前にブラック。
ユナの前にエナジードリンク。
ルカの前に微糖の缶。
「お、わかってんじゃん」
「当然」
三人の顔を順番に眺めて、蘭火はふっと笑った。
「……で、どうするよ、女帝」
「何がだ」
「九十九だよ」
その名前が出た瞬間、場の空気が少しだけ変わった。
九十九高校。この街で一番有名な共学高校。
女のレベルも高いが、そこそこ男が通っていると聞く。
警備も厳重。
生徒会も軍隊並み。
下手な女が近づけば弾かれる。
「九十九のエリア内で動いてる男漁りも、最近は多い。ギャル高も、そこ狙ってるって話だ」
蘭火は、工場の壁に貼られている地図を指先で叩いた。
「九十九は守るスタンスだ。男を奪っていくタイプじゃない。ただ、奴らの縄張りを無視して動いてる連中が増えてる」
「……」
つまり、九十九が抱えている男たちが、狩り場になり始めているということだ。
聖域が、聖域でなくなりつつある。
「こっちから動くか?」
ユナがニヤリと笑う。
「九十九のエリアで勝手に暴れてる連中、まとめて制裁。ついでに、いい男いたら保護してくんのもアリだろ」
「三歩で殺人事件起こすみたいな言い回し、やめろ」
ルルカが呆れたように言う。
「それに、いい男って曖昧ね。ユナの基準だと、中性的で可愛い見た目でしょ」
「それで十分だろ?」
「リアはどう?」
ルカの視線が、私に向く。
何を聞かれているのか、わかっている。
男を見る基準。
……昔から、周りには条件のいい男しかいなかった。
肩書き。年収。家柄。用意された椅子の上で笑っている、つまらない男たち。
そんな男に囲まれて育って、私が何を思ったか。
つまらない。そうとしか思えなかった。
だけど、ウチは会ってしまった。
「影」
「なんやっ?」
「えっ?」
「姐さん?」
三人に疑問の視線を向けられる。
背筋を伸ばして、私を真正面から見る。
安全な場所からではなく、同じ高さから見下ろしてくる。
そういう男と、ウチは会った。
「今まで通りや。ウチらは悪や。相手があくどいことをするなら、ウチらが影から守る」
シノビが、ウチの隣にいてくれたら……。
次の更新予定
2025年12月6日 18:00
山奥育ちの真面目男子、祖父の教えに従って、貞操逆転世界で英雄を目指したらモテすぎた件 イコ @fhail
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