勇者のいない異世界戦線  勇者では戦争はできない。だから兵士を育てることにした

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第一章 異世界戦線へ

第1話 召喚通告──“行けば救える、だから行ってはいけない”

 その日、俺の世界はとても静かだった。


 魔王も巨獣も、もういない。


 十年前に全部片づけた。


 王都の人間は俺を見ると、誰もが笑う。


 「英雄様」とか「救国の君」とか、そんな呼び方で。


 正直、照れくさい。


 ただ、平和は悪くない。


 家に帰れば、妻がいて、幼い娘がいる。


 この世界は、俺がようやく“守り切った”世界だ。


 ようやく、幸せになってもいい世界だ。


 ──だから、その知らせは残酷だった。


「異世界召喚の儀式、復元されました」


 王城の会議室。


 魔術師ギルドの長老が震える声で言った。


「……復元? 二度と起動しない失敗儀式だったはずだろ」


「伝承ではそうです。しかし――向こう側が、生きています」


 長老が机に置いたのは、黒焦げになった金属板。


 人間の技術を遥かに超えた、古代文明の遺物。


 そこに刻まれた文言。


『一週間に一人。世界を渡る。


 これは救援のための道である』


「……救援?」


「はい。向こうの世界は、“滅び”の最中です」


 滅び。


 その一言で、部屋の空気が変わった。


 長老は続ける。


「彼らは必死です。世界の外側に救いを求めている。


 そして、分析の結果……“英雄として呼ばれた人数”は、過去二百年で一人もいません」


「つまり……初めて、俺たちに繋がった?」


「はい。あなたを――“候補”として指名してきました」


 部屋が静まり返る。


 視線が俺に集まる。


 俺は、ただ息を吸った。


 向こうの世界の状況が投影される。


 空は赤く、地平線まで敵に侵食され、


 人類は数km四方の拠点で必死に抵抗している。


 兵士の半数は義肢。


 機械化外骨格を着ても敵に押し潰される。


 まるで、絶望の塊だ。


 だが――


 俺が行けば、一週間なら救える。


 魔力の瞬発力なら、俺は世界最強だ。


 大型魔獣を一撃で蒸発させる力がある。


 瞬間火力だけなら、戦局をひっくり返すことも可能だ。


 だが同時に、それは“致命的な罠”でもあった。


「……俺は行かない」


 そう言った瞬間、会議室にざわめきが走る。


「お、お待ちください!


 あなたほどの戦力が向こうへ行けば――」


「救えるだろうな。一週間だけなら」


「では、なぜ……?」


 俺は静かに言った。


「俺がいなくなったら、この世界が崩れる。」


 妻がいる。


 娘がいる。


 俺が守ってきた、この世界の柱は細い。


 魔王が消えても、平和は脆い。


「それに……戦争は広い空間での“総力戦”だ。


 俺の能力は、一対一なら最強でも、戦場全体を覆うほどの出力はない」


 瞬間最大火力は高いが、継続力がない。


 持久戦には向かない。


「向こうの絶望は……俺一人じゃどうにもならない。


 むしろ、俺が行ってしまうことで“間違った希望”になる」


 向こうの世界が俺に依存した瞬間、


 彼らは自力で立てなくなる。


「だから行かない。


 俺は行ける戦士を育てる。


 この世界に、まだ“伸びる余地のある”才能を見つけて、鍛えて……送る」


 長老が息を呑む。


「……誰を?」


「一人、心当たりがいる。


 風と火と資源変換を“微量ずつ”扱える少女だ」


 粉塵。


 微粒子。


 触媒点火。


 コスパ最強の“戦術級”能力者。


 総力戦ではなく、戦局の“穴”を塞ぐ役目ができる。


「俺じゃなくていい。


 世界を救うのに、英雄は一人いればいいわけじゃない」


 そう言い切ると、


 長老がゆっくり頭を下げた。


「……あなたは行かずして、救ってくださるのですね」


 俺は否定もしない。


 それが俺の役目だ。


 行く者と送る者。


 英雄と育成者。


 その境界を、俺は静かに受け入れた。


 帰り道。


 夜空を見上げながら、胸の奥に固い痛みが刺さった。


 もし、俺が行くべき世界なら、行ったかもしれない。


 だが、俺には守るべきものがある。


 明日から始まるのは――


“粉塵兵の育成”だった。


 送るために。


 救わせるために。


 俺が行かないからこそ、救える世界がある。


 そんな矛盾の中で、


 俺は静かに歩き出した。

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