ソーホー

マロッシマロッシ

第1話 ソーホーが俺に適用された

 俺の名前は戸田雅彦。35歳。結構サラリーマン…というか、とある世界的企業のエースとして頑張ってた。中々の一流大学を卒業して入社後すぐに頭角を現した。世界を股に掛けて、デカい案件をバンバンもぎ取り、出世街道まっしぐらだったが、気付かぬうちに敵を作り過ぎたのかもしれない……。


 誰に自己紹介してんだか……目の前では、豚頭の化け物数匹が棍棒を一斉に振るい、1発で何十人もの人々を細かい肉片に変えて殴り削ぎ、血濡れた細切れ肉が降り注いでいる。俺は直撃を免れたが風圧に吹き飛ばれて、まともな思考が出来ない。自己紹介は、辞世の句とか走馬灯の始まりみたいな? まぁ、何でも良いや。何で俺がこんな目に遭ってるかというとだ……。


 科学の事はよく分からんが、俺が10代の頃にどっかの学者さんが、何もない空間に特殊な飛翔体を光の何倍もの速さで打つけると、異世界の扉が開いた。最初はとんでもキテレツ研究だったのに、気候変動や食糧と資源不足に人口増加etc……ありとあらゆる問題をどうにか出来るかもしれないと、世界の首脳陣は諸手を挙げて異世界に食い付いた。


 広大な肥沃な土地に、見た事もない資源として活用できる鉱石……幾つかの事業を異世界に移管して、地球の問題は解決に向かうかに見えた。しかし、正に世の中そんなに甘くない事態が発生。


 小説やアニメで見た様な化け物と現地の複数にのぼる国家、その国民に遭遇。一般人が知らない内に交渉決裂、戦争開始。あちらさんはパッと見た感じ、中世ヨーロッパみたいな建築様式に囲まれた環境だったので、地球側の楽勝だと思われたが、異世界の魔法は強かった……。


 ニュースで見たが、火球は戦闘機やヘリを撃ち落とし、透明な刃は戦車を容易に切り裂いていた。ミサイルや銃弾をバリアー的な何かで防いでいて、科学の結晶と良い勝負をしていた。


 マズかったのは、あちらさんも空間に穴を開けて、地球に来る方法を見つけた事。一騎当千の騎士や魔法使いはもちろんの事、何と化け物まで送って来やがった。地球の至る所で、一般人が化け物に襲われる事態となった。


 数年間、地球と異世界は戦い、互いに疲弊しきったところで講和が成立。お陰で、俺が社会に出る時は、とんでもない世界的不況だったよ。


 俺が必死こいて働いていた時も、世界のお偉いさんと頭の良い科学者は、異世界の活用と研究を諦めていなかった様で……。


 会社をクビになる3年前。世界連合は、Send to AnotherWorld法…通称SAW法を成立させた。日本人はアクセントの抑揚を外して、ソーホーと呼んでいる。


 最初は軍隊や科学者を調査名目で、異世界に送る法律だったが、徐々に内容が変化していった。


 この時、世界は未曾有の不景気。異世界開拓団と称し、犯罪者や失業者を何の保証もなく異世界の未開拓地に送る法律へと、いつの間にか変容した。


 我が母国もクソッタレで、各国と同様に人材を異世界へ送った。犯罪者だけならまだしも、失業して半年以内に職にありつけない者や、年金を払いたくない政府は、無作為に選んだ老人なんかも送った。ついでに、ニートや引きこもり、登校拒否児なんかにも魔の手が伸びた。その所為かソーホーは、人生の落伍者が異世界送りにされる言葉になった。


 落伍者になりたくない…! 俺は、その一心で懸命に働いた。秒単位に近いスケジュールで飛行機に飛び乗り、仕事や契約が得られるならば、何処にでも出向いた。流石に麻薬なんかは取り扱わなかったが、会社の利益になるならと、武器や紛争地域にあるレアメタルに、地球で死んだ化け物の遺体なんかをバンバン取り引きしていた。


 ……思えば、それがいけなかったかもしれない。原因はこれだと断定は出来ないが、嫉妬は買っただろうし、自分の足下や周囲をまるで見ていなかった。


 日本では、取り引きが禁止されている科学兵器を俺がテロリストを仲介して、他国に売った書類と写真を持ち、話した事もない上司が取締役会で公開。俺は弁明の機会を与えられずに、アッサリと会社を解雇された。


「きっと、色々と知り過ぎてしまったのだろうな……」


 自宅の机で、結論めいた事を呟いたのは覚えている。それから、どうしたっけか……? ああ、そうだ。警察が捕まえに来ると思って2、3ヶ月はボーっとしてたか……。


 警察は治安維持に忙しく、俺を捕まえる暇はないみたいだった。なので、必死に仕事を探したが、当然の様に成果はナシ。前の職場からの妨害も酷いモンだった。


 クビになって半年後。職安からの帰り道に、俺は黒い布を顔に被せられて拉致された。俺にソーホーが適用されたのだった。










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